真夏の記憶
夏が来る度に、思い出す。
眩しい程に青い空と、
綿菓子の様な白い雲を、
憎々しく見上げた、
幼い日の記憶。
無遠慮に照り付ける太陽。
止め処なく流れる汗は、
何も持たないオレから、
容赦無く、体力を奪っていく。
華やかな街の裏にある、
吹き溜まりの様な、
街の片隅の荒屋が作る、
僅かな日陰に、身を沈める。
食べ物も、飲み水も、
身を隠す場所さえなく、
涼風の吹く、夜の訪れを、
ひたすら待ち続ける、
真夏の記憶。
太陽の照り付ける夏が、
キラキラした季節だと云うのは、
一部の恵まれた人間だけで、
そんな人間の踏み台になる、
多くの持たざる者は、
夏の暑さに苦しめられるだけ。
真夏の記憶。
乾きと飢えと痛みの、
苦しみの記憶。
そして、今年も、
傍若無人な夏がやってくる。
こぼれたアイスクリーム
夏の昼下がり。
一人きりで過ごす夏の、
寂しさを誤魔化すように、
アイスクリームを愉しむ。
欠けた心を忘れたくて、
アイスクリームの冷たさに、
酔った振りをする。
夏の陽射しに負けて、
溶けていくアイスクリーム。
透明に輝く硝子の器から、
こぼれたアイスクリームを、
指で掬い取る。
甘くて、冷たくて、
でも、少しだけ温くて。
柔らかく指に纏わりつく、
溶けかけのアイスクリーム。
甘い香りが、鼻腔を擽り、
私を誘惑する。
こぼれたアイスクリーム。
今でも忘れられない元恋人。
私の手から溢れ落ちた、
甘くて柔らかな、時間。
戻らない、過去。
そっと、指を舐める。
まるで、甘い想い出に、
口付けるように。
だけど。
ベタベタに甘い筈の、
蕩けたアイスクリームは、
何故か、ほんのり苦くて。
明日も、きっと。
暑い日になるだろう。
窓の外の青い空を見詰め、
まだ疼き続ける、
心の傷の痛みを誤魔化すように、
無理矢理、微笑んでみせる。
やさしさなんて
私は冷たい社会から、
傷付けられ、弾き出され
街の片隅の影の中で、
傷だらけの身体を隠して、
生きていました。
でも、貴方は、
こんな私に、
救いの手を差し伸べてくれました。
私には、いつもやさしくて。
傷だらけの私を、
醜い世の中から、
やさしく護ってくれました。
貴方のやさしさは、
とても温かくて。
居心地が良くて。
私は生まれて初めて、
幸せを感じました。
ですが。
気が付けば、私は、
貴方にとって、
特別な存在になりたいと、
願うように、なっていました。
貴方に恋い焦がれた、
私にとって、
博愛だけの、
やさしさなんて、
却って残酷なだけ。
だって、
私が欲しかったのは、
貴方の心に生まれる、
剥き出しの欲望、
なのですから。
だから、私は、
貴方の胸に、
銀色に輝く刃を、
突き立てました。
貴方から、
止め処なく流れだす、
生命の赤。
私の手も貴方の身体も、
朱に染まります。
貴方は、震える手で、
私をそっと抱き締め、
やさしく微笑んでくれました。
そう。
貴方は最期まで、
私に、やさしさをくれたのです。
崩れ落ちた貴方。
私は血に塗れた手で、
自らの胸に、刃を突き立て、
貴方の隣に斃れます。
私は…。
私が欲しかったのは…。
…貴方だったのに。
夢じゃない
世の中は、残酷で、
優しい人間を、
容赦無く傷付け、
様々な物を奪い取る。
身体の傷跡は、
消える事はなく、
心は血を流し続けて、
乾ききってしまった。
夢ならば良いのに、と、
目を瞑り、耳を塞ぐ。
布団を頭から被り、
朝を待つ。
早起きな朝日が、
容赦無く照り付け、
世の中を、そしてオレを、
目覚めさせる。
夜明けの街は、
何時もよりずっと静かで、
人の醜さが薄れ、
悲しい程、綺麗に見える。
本当に恐ろしいのは、
夢じゃない。
余りに残酷過ぎる、
…現実。
もうすぐ、
夢じゃない、現実が、
汚れきった社会が、
目を覚ます時間。