小さな愛
幼い頃は、
ずっと君と一緒にいた。
嬉しいことも、楽しいことも、
一緒に体験して、
辛いことも、悲しいことも、
一緒に乗り越えて。
泣き虫だった君を護ろうと、
繋いだ君の手は、
少しずつ、大きくなって。
気が付けば、君は、
すっかり大人になって。
君の隣には、
俺の知らない男がいた。
ずっと子供の頃のままの俺。
すっかり大人になった君。
兄弟の様に一緒にいた、
柔らかい二人の時間は、
セピア色の記憶の彼方。
子供の頃のように、
ずっと君を護りたかった。
そのことに、
漸く気が付いたけど、
もう、戻れない。
せめて。兄として、
君の幸せを見守りたいから。
君を奪いたい衝動を、
心の泉の底に沈めて、
大人の振りをして、
君に微笑み掛けるんだ。
それでも、
どうしても、忘れられない。
小さかった君の手のひら。
優しい温もり。
そして、小さな愛。
空はこんなにも
私の知っている空は、
いつも人の憎悪が渦巻き、
薄暗い灰色の雲に、
覆われていました。
世の中は、
私の様な歪な人間を、
忌み嫌い、排除し、
青い空を見る自由さえ、
与えてはくれません。
貴方は、そんな私に、
救いの手を伸ばしてくれました。
私は少しずつ、
人間になろうとしていました。
ですが。
傷付いた私や貴方が、
生きていくには、
この世は、綺麗過ぎました。
だから。
私は貴方を連れて行きます。
私と貴方が、
生きることを赦される、
彼方の世界へ。
もう、これ以上、
人の憎悪の刃に、
傷付かなくていいように。
貴方の胸の音が止まるのを、
身体で感じながら、
貴方の呼吸を奪います。
そして、
何故か溢れる涙を堪えて、
天を仰ぎます。
最期に貴方と見た、
空はこんなにも、
高くて、青くて、
そして、とても残酷でした。
もうすぐ、私も。
貴方の元に…。
子供の頃の夢
お腹いっぱいご飯を食べたい。
温かい部屋で眠りたい。
優しく抱き締められたい。
幸せな子供には、
当たり前の願いさえ、
要らない子のボクには、
手の届かない、
綺羅星の様な願い事。
いつの間にか、
願う事さえ諦めた、
小さな夢の欠片たち。
何処かに無くしてしまったと、
思っていたのに。
闇の中で過ごしてきて、
何度も、生きる事さえ、
諦めそうになって。
人の悪意と憎悪の汚泥の中に
漸く見付けた、
僅かな、光。
その光に憧れて。
痩せた大地の中から、
芽を出そうと藻掻く
小さな若芽の様に、
ボクは必死に手を伸ばす。
小さな、小さな、光。
きっと。これは、
ボクが抱くことさえ、
許されなかった、
……子供の頃の夢。
どこにも行かないで
どこにも行かないで。
私の元に留まっていて。
そして、もう一度、
私に微笑み掛けて下さい。
暗い闇の中。
私の祈りの声だけが、
虚しく響きます。
人の悪意と差別の刃に、
傷付けられ、殺された、
あの日からずっと、
貴方の魂は、
あの世とこの世の間に揺蕩い、
貴方の身体は、
闇の中、人知れず、
静かに眠っています。
そんな貴方を、
私はずっと見守ってきました。
誰にも気付かれないように、
陽も射さない、地下の窖に隠れ、
貴方の目覚めを、
待ち続けてきました。
忙しない世の中が、
目紛しく移り変わっても、
私達の時間は、
何一つ変わること無く、
暗闇の中に留まっています。
遠い昔、貴方が私を、
社会の悪意の嵐から、
守ってくれたように、
残酷な時の流れから、
私が貴方を守ります。
だから……。
どこにも行かないで。
私の元に留まっていて。
そして、もう一度、
私に微笑み掛けて下さい。
私は、貴方の帰りを、
永遠に、待っています。
君の背中を追って
君の背中を追って、
必死に藻掻いてきた。
だけど、
君の背中には届かなかった。
ずっとずっと、
憧れだった、君。
君の隣に並びたくて、
必死に君を追い掛けた。
君の背中を追って、
がむしゃらに頑張ってきた。
だけど、
君の背中は、遠くなるばかり。
君は、誰よりも輝いてて。
部屋の隅が似合う俺とは、
住む世界が違うんだ。
君に届かない言い訳を、
何度も自分にいい聞かせる。
君の微笑みは、
俺の憧れだった。
でも、どんなに手を伸ばしても、
届かない。掴めない。
それが、切なくて苦しくて。
君の背中を追って、
走り続けてきた足が、
……止まる。
前を行く君の背中が、
よく見えないのは、
君と俺との距離が、
離れ過ぎたからなのかな?
それとも、
俺の目に浮かぶ、
涙の所為なのかな?
光ある未来に向けて、
歩き続ける君の背中を、
見えない俺の未来に探して、
視線だけは、どうしても、
君の背中を追ってしまうんだ。