酸素
私はずっと闇の中にいました。
残酷な人間に、
傷付けられ、捨てられ。
そして、忘れられ。
一人きりで生きてきました。
そんな私を見つけてくれた、
私に手を差し伸べてくれた、
貴方は、私の光。
私の全てとなったのです。
きっと。
貴方は酸素。
いずれ貴方は、
自身を燃やし尽くし、
消えてしまうでしょう。
そして。
私にとって、貴方は酸素。
貴方が居なければ、
苦しんで、苦しんで、
死んでしまうのです。
だから。
貴方を私のものにします。
誰にも奪われないように。
私だけのものにする為に。
そして…。
貴方が、貴方自身を、
燃やし尽くしてしまわないように。
ほら。
貴方から流れ出る命は、
こんなにも鮮やかな赤。
酸素を運搬する赤血球の朱色。
酸素を燃やす燃える炎の紅色。
…貴方の生命の赤色。
それは…。
全て私のもの。
私だけの貴方。
そして。
私は貴方のもの。
だから、
私も貴方の元へ……。
だって。
貴方が傍に居なければ、
私は苦しくて、
死んでしまうのですから。
記憶の海
残酷な人の悪意に晒され、
罵詈雑言の刃に斬り付けられ、
世間から爪弾きにされ。
私の存在さえ赦してはくれず。
そんな社会で、
必死に生きているのは、
貴方にもう一度会いたいから。
懐かしい想い出の風景の中。
微笑む貴方は、
今の貴方より少しだけ幼くて。
そっと手を伸ばせば、
届きそうなのに。
貴方は私の憧れで、
迷い旅の中の道標。
なのに。
記憶の海に揺蕩う貴方は、
触れる事が叶わなくて。
それでも。
悪意と憎悪渦巻く世間から、
逃げ出すように、
心だけ、記憶の海に浮かべば、
愛おしい貴方が傍に居てくれる、
そんな気がして。
私は少しだけ、
救われる気がするのです。
俺はずっと、
闇の中を彷徨っている。
それは、覚める事のない悪夢。
絶望と憎悪が吹き荒ぶ嵐。
そんな中で、
必死に藻掻いているのは、
君にもう一度会いたいから。
懐かしい想い出の風景の中。
泣きじゃくる君は、
まだまだ、幼かった頃の君。
そっと頭を撫でてあげた、
優しくて温かい記憶。
君は俺の宝物で、
暗闇の中の一筋の光。
なのに。
記憶の海に揺蕩う君を、
抱き締める事は出来ない。
それでも。
終わりのない悪夢の中で、
藻掻き、縋るように、
心だけ、記憶の海に浮かべば、
愛おしい君が隣で笑っている、
そんな気がして。
俺はちょっとだけ、
救われる気がしたんだ。
未来への船
子供の頃、
君と作った笹舟。
どこまでも流れていく笹舟は、
未来への船…だって、
君も、俺も、そう信じてた。
小さい頃は、
泣き虫だった君だけど、
今ではすっかり大人になって。
それでも、君の笑顔は、
大人になっても変わらない。
子供の頃は、
いつも俺の背中に隠れてた、
少しだけ人見知りな君も、
今では仲間に囲まれて、
楽しそうに笑ってる。
大人になった君の隣には、
俺の知らない人がいて、
君に優しく微笑みかける。
そして君は、その彼に、
少し照れた顔で、
微笑み返すんだ。
子供の頃のままの関係では、
居られない。
分かってた筈なのに、
君の隣に立てないことが、
こんなに辛いなんて、
想いもしなかった。
だから、俺は
想い出の場所を訪れる。
隣に君はいないけれど、
川も森も空も、
独りぼっちになった俺を
優しく迎えてくれた。
笹の葉を手に取る。
出来上がったのは、
幼い頃にたくさん作った笹舟。
大人になった今でも、
作り方は、手が覚えてた。
そっと笹舟を流す。
君との懐かしい想い出に、
叶わなかった恋の欠片と、
この胸の痛みを乗せて。
きっと、この笹舟も、
未来への船、なんだから。
静かなる森へ
人が人を騙し、傷付け奪い合う、
そんな醜い世の中で生きていくには、
君の魂は清らか過ぎた。
醜悪な社会から逃げ出し、
独りきりで生きていた君に、
温もりを知って欲しいと、
人の世界に連れ戻したのは、
私の身勝手だったのかも知れない。
私を見つめる君の瞳は、
余りに澄み渡り、美しくて。
私に微笑みかける君の笑顔は、
余りに儚げで、優しくて。
私はそれを護りたいと思った。
しかし。人間の心は、
余りに暴力的で、残酷で、
何処か異端な君や私を、
排除しようと、
憎しみの刀で斬り付けた。
心無い人間の、誹謗の刃は、
君や私の上に、
雨霰のように降り注いだ。
その、嵐のような激しさに、
君の心に、闇が巣食った。
これ以上。
ここにいたら、
君は壊れてしまう。
君を護れなくて、すまない。と、
私は君の手をとり、
何度も謝罪を繰り返す。
木は、草は、花は。
私達を、責めたり貶めたりしない。
だから、森に行こう。
静かなる森へ。
他の人間には辿り着けない、
二人だけの、森へ。
深い深い、森の中。
私は君にそっと寄り添う。
君は私にそっと口付けてくれた。
二人を見守るのは森の木々だけ。
それで…十分だ。
さあ。二人で眠ろう。
静かなる森に抱かれ、
木々に見守られて。
おやすみ。
…愛しい君。