夢を描け
静かな夜。
雨音に足音を隠して、
貴方の部屋を訪ねる。
貴方は私の事を、
求めはしないけれど、
拒みはしないから。
夜の闇に紛れて、
貴方に口付け、抱き締める。
私の温もりに抱かれて、
貴方は少しだけ、
仮面の下を覗かせるけれど、
私が告げる愛の言葉を、
貴方は見ない振りをする。
まるで、
存在しない約束を、
無言で突き返すように。
その溢れる吐息さえ、
飲み込んで。
そして、
熱を帯びた吐息の隙間に、
とても淋しげな瞳で、
私を見つめて、言うんだ。
『過去を捨て、夢を描け』
…と。
夢を描け、だなんて。
貴方だけには、
言われたく無かった。
だって。
どんなに、
貴方のいない、
未来を描こうとしても、
私には描けなかったんだから。
だから、私は、
何度も貴方を抱く。
言葉を飲み込んだまま、
乾いた口唇に、口唇を重ねる。
せめて、温もりだけでも、
私を望んでくれたなら。
貴方は拒まない。
でも、求めない。
私と愛し合った過去も。
私と戯れるだけの今も。
私と共にいる未来も。
私には…。
貴方の居ない夢なんて、
描けないのに。
届かない……
誰だろう。
努力はいつか叶うなんて、
残酷な事を言ったのは。
ずっとずっと、友達の顔して、
ずっとずっと、君を見ていた。
季節が何度巡っても、
君の笑顔は眩しくて。
俺の心は少しずつ、
黒い靄に覆われていったんだ。
近くにいられるだけで、
幸せなんだって、
自分に言い聞かせて。
胸の痛みに耐えて。
憧れが、友情が、
濁っていく。
そんな気がして、
必死に藻掻く。
灰色の悪夢の中で、
手を伸ばす。
輝く君の瞳に向けて。
だけど、
俺の手は、
何も掴めない。
ほら、ね。
届かない……
木漏れ日
貴方が木漏れ日が好きだと答えたので、
私は貴方を殺します。
暗く醜い世の中で、
誰にも気付かれる事なく、
絶望の汚泥に沈む私に、
貴方は、優しい手を差し伸べ、
光ある場所に導いてくれました。
私にとって、貴方は、
この世の全てでした。
貴方がいなければ、
私は、この世に存在しないのと、
同じことなのです。
…なのに。
初夏の痛い程眩しい太陽。
木陰から溢れるのは、
煌めく木漏れ日。
貴方は目を細め、
何処か淋しげな笑顔で、
木漏れ日を見つめていました。
その眼差しは、
憧れと愛おしさを混ぜたような、
私に向けられた事のない、
切ない色をしていました。
貴方は、私には隠していましたが、
貴方の、その視線の先を、
私は知っています。
それは、
貴方がずっと見つめていた背中。
そして、その背中もまた、
貴方の視線を渇望していることも。
木漏れ日は、
私には眩し過ぎるのに、
貴方は、木漏れ日に包まれ、
その光の欠片を、
悲しげに、でも、愛おしげに見つめて、
私だけを見てはくれないのです。
私は貴方に尋ねました。
『木漏れ日は好きですか』と。
貴方は私に答えました。
『好きだよ』と。
だから、私は。
貴方の胸に、刃を突き立てました。
刃を突き立てた瞬間、
漸く貴方の目が、
私を真っ直ぐに捉えてくれました。
その一瞬だけで、私は、
この世界に生まれてきた意味を、
知ったのです。
静かに横たわる貴方。
真っ赤に染まる地面。
全てが私のものとなった、
夢のように美しい貴方を、
木漏れ日がキラキラと照らします。
貴方が木漏れ日が好きだと答えたので、
私は貴方を殺しました。
間違っていると、
分かっていました。
ですが、
心が先に貴方を求めて、
私に刃を握らせたのです。
でも、大丈夫です。
もうすぐ私も、
貴方の傍に行きますから。
貴方の心を奪い続けた、
木漏れ日も、あの憎き人影もない、
貴方と私だけの世界で、
永遠に揺蕩いましょう。
ラブソング
表の街を行き交う人々は、
平和に浸りきって、
痛みを忘れてしまったのか。
人と人が触れ合い、求め合う。
そんな、幻を信じている。
しかし、
虚構で彩られた、
弱者の犠牲の上に積み上がった、
華やかな街の裏には、
声無き者の悲鳴が、谺する。
己の正義を振り翳し、
他人を傷付け、咎を重ねる、
この世を占める大勢から、
無き者とされた俺には、
華やかな生き様は、
似合いはしない。
愛も夢も信じられない俺には、
街のラブソングは甘過ぎて、
何も響きはしない。
人の心は、醜く残酷で、
人を愛する事は、
脆い夢に心を賭すに等しい。
…そう思って生きてきた。
だが。
こんな俺に、
手を伸ばしてくれた奴がいた。
太陽のように真っ直ぐな瞳で、
汚泥の中の俺を射抜いたんだ。
こんな俺には、
その手は、掴めない。
なのに、
その手を、拒めない。
世間から忘れられた、
薄汚れた街に、
古いラブソングが流れる。
俺は、初めて。
歌を聞いて、泣いた。
手紙を開くと