霜月 朔(創作)

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4/19/2025, 4:58:04 PM

影絵



ひとつ灯を灯せば、
君の輪郭が壁に映る。
影だけが真実のように、
静かに、私をなぞるのだ。

あの日の君は、
誰にも気づかれず、
誰にも触れられず、
泣くことさえ許されず、
まるで、風のように、
この世から零れ落ちていた。

「君はもう独りじゃない」
幾度も、そう囁いた。
だが、その言葉すら君には、
鎖にしかならなかったのだろう。

共に暮らした部屋は、
夜の棺のようだった。
恋も、愛も、
とうに遠ざけてしまっていた。
吐息すら重く、
目を閉じれば夢までも、
君の声色をしていた。

私は、君を救ったつもりだった。
打ち捨てられた心に、
せめて灯のある場所を、
与えたつもりだった。
ただ、それだけだった。

だが、君の想いは違った。
君は私を抱き締めた。
言葉よりも深く。
想いよりも痛く。
「貴方の全てになりたい」
そう小さく呟いた君の声は、
酷く悲しく、
そして…恐ろしかった。

そして、あの夜。
君は静かに笑って、
私の胸に刃を滑らせた。

赤に染まる部屋の中で、
私はようやく、
君の「好き」のかたちを知った。
それは、残酷で、酷く優しい、
ふたりきりの影絵だった。

壁には、
ひとつに重なる二つの影。
それは、血と涙で、
ゆるやかに、ゆるやかに、
溶けてゆく。

そして、私たちは、
ひとつの影となり、
同じ夜に溶けていった。

――どうか忘れないで欲しい。
これは、君が描いた、
私という影絵の、
終焉なのだということを。


4/19/2025, 8:53:23 AM

物語の始まり


貴方は、嘗てあの人と、
強く想い合っていて。
でも、貴方は、
その優し過ぎる心を、
無惨に傷付けられ。
怒りに駆られて、
あの人を傷付け、
逃げ出したと聞きました。

あの人は、貴方にとって、
思い出したくない過去。
今でも赦せない、憎き人。
私は、そんなあの人から、
貴方を護ろうと決めたのです。
嘗て、貴方が、
冷たい社会の差別の目や、
醜悪な言葉の刃から、
私を護ってくれたように。

だって、貴方は。
欠陥品だと決めつけられ、
世の中からはじき出されて、
孤独だった私を、救ってくれた、
唯一の優しい温もりなのですから。

なのに。あの人は、
あの人は、再び貴方に近付き、
貴方に微笑み掛け、語り掛け、
私達の仲間のような顔をして、
貴方を私から盗もうとしたのです。

ある夜。
貴方は、微笑んでいました。
まるで、今までの苦しみから、
解放されたような。
でも、何処か、
幸せそうな微笑みでした。

だから私は。
あの人を探しに行きました。
きっと、あの人が、
貴方に戯言を吹き込んで、
私から貴方を、
奪おうとしているのだと、
気付いたからです。

私は、あの人に言いました。
嘗て、アンハッピーエンドで、
止まってしまった物語の続きは、
描く必要はありません。
私達に近付かないで下さい、と。

しかし、あの人は、
私に言いました。
これから描くのは、
止まってしまった物語の続き、
ではなくて、
新たな物語の始まりなんだ、と。
嬉しそうに微笑むあの人を見て、
私の中の、張り詰めた何かが、
ぷつりと切れる音がしました。

だから、私は、
貴方を夜の森に誘いました。
そして、静かな森の中で、
蒼い月に照らされながら、
貴方を抱き締めます。
そして、私は、
貴方の首に手を掛け、
力を込めていきました。

次第に虚ろになる、
貴方の美しい瞳。
そこに映るのは、
ただ、私だけ。

静かに横たわる貴方に、
そっと口付け、
耳元で囁き掛けます。
私もすぐに、
貴方の元に行きますから、と。

そうです。これは、
終わりなどではなく、
私と貴方、二人きりの、
物語の始まり、なのです。


4/18/2025, 7:41:03 AM

静かな情熱



ひとつの火種を、
ずっと胸の奥に、隠してきた。
これは、決して——
燃やしてはならぬ炎だと、
何度も、自分に言い聞かせながら。

子供だった筈のお前は、
いつの間にか影を纏い、
目を伏せる理由を覚え、
俺の知らない夜を、
他の誰かの温もりに包まれながら、
生きるようになっていた。

それが、どうしようもなく、
苦しくて、羨ましくて——
ただ、情けなかった。

守ればいいと、思っていた。
風に攫われそうな、儚い背を。
風雨に晒されぬよう、抱きとめ、
孤独に凍える夜には、
その小さな手を握り締め、
ささやかな温もりを与えた。
そんな俺を——
お前は、兄のように、
慕ってくれたけれど。

俺は——
恋をしていた。
ずっと、ずっと。
けれど、俺に許されたのは、
『兄』の顔だけだった。

だけど。それを告げたところで、
お前の心に積み重ねてきた、
幼き日からの俺との想い出が、
壊れてしまうだけだと、
知っていたから。

この想いは、
静かな情熱として、
俺の中に埋めておくしかない。

だから。俺は、そっと願うんだ。
せめて、遠くから——
お前の幸せを、見守らせてくれと。

たとえ、もう二度と。
触れることさえ、赦されなくても。



4/17/2025, 7:10:16 AM

遠くの声



それは、静かな夜でした。
貴方から紡がれる言の葉は、
月の欠片とよく似ています。
あれほど美しくて、優しいのに、
もう、私には届きません。

罪に塗れた私の手は、
貴方の影ばかりを抱いて、
何も掴めず、何も失えず、
ただ、貴方を想っています。

もしも。
それが、罪だと言うのなら、
どうか。
私を罰してください。

貴方が笑うたびに、
私の世界は壊れました。
嬉しくて、苦しくて、憎らしくて、
なのに、愛おしくて堪らなかった。
矛盾ではありません。
ただの真実です。

私だけを見てくださった、
その冬の湖の様に静かな瞳が、
他の誰かに向いていた事を、
私は知っていました。
知っていながら、
気づかぬふりをして、
心の底では、
貴方を切り刻んでいたのです。

貴方の全てが欲しいとは、
言うつもりはありませんでした。
ですが。
誰にも渡さない、とは、
密かに、心に決めていました。

ですから…。
この結末は、
衝動でも偶然でもなく、
必然なのです。

あの日。貴方が私を、
救ってくださらなければ、
私はこんなにも、
醜くはならかったでしょう。
本当は、救いなどいらなかった。
ただ、貴方の隣が、
欲しかったのです。

どうして、そんなに綺麗なのですか。
どうして、そんなに優しいのですか。
どうして、どうして――
どうして、私では、駄目だったのですか。

耳を澄ませば、まだ聞こえるのです。
それは…遠くの声。
貴方の名前を呼ぶ…私の声。

そして、
貴方の心に刻まれた、最期の旋律。
二度とは刻まない、生命の律動。
ふたりで堕ちた、あの静寂の淵で、
ようやく貴方は、
鮮やかな朱を纏い、
私だけのものになりました。

やっと、永遠になれましたね――。

4/16/2025, 8:59:29 AM

春恋



春の始まりに咲いたのは、
お前の微笑みだった。

陽のあたる場所に立つ、
お前を見て、
胸が、チクリと痛んだ。
それが恋だと気付くには、
俺たちは、余りにも近すぎた。

柔らかな風に吹かれながら、
名を呼ぶことすら、
出来なかった。
隣に立てば、ただの友として、
同じ方向を見つめ、背を伸ばし、
ふと目が合えば、
微笑みで想いを誤魔化すだけ。

どうして、
俺ではなかったんだろう。
そう思うたびに、
何もかもが、薄墨に沈む。
春の光も、青い空も、
全てが、嘘に見えた。

『春恋』──
その響きは甘やかで、
俺の中の全てを、
静かに、緩やかに、壊してゆく。

息を殺して、想いを殺して。
笑顔の裏の、この気持ちが、
誰にも知られないように。

それでも、春は来る。
お前は、淡い光の中で微笑み、
俺は、黙って見送る。

ただ…これが。
お前が望む友情なのだと、
自分に言い聞かせながら、
またひとつ、春を見送るだけ。


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