霜月 朔(創作)

Open App

物語の始まり


貴方は、嘗てあの人と、
強く想い合っていて。
でも、貴方は、
その優し過ぎる心を、
無惨に傷付けられ。
怒りに駆られて、
あの人を傷付け、
逃げ出したと聞きました。

あの人は、貴方にとって、
思い出したくない過去。
今でも赦せない、憎き人。
私は、そんなあの人から、
貴方を護ろうと決めたのです。
嘗て、貴方が、
冷たい社会の差別の目や、
醜悪な言葉の刃から、
私を護ってくれたように。

だって、貴方は。
欠陥品だと決めつけられ、
世の中からはじき出されて、
孤独だった私を、救ってくれた、
唯一の優しい温もりなのですから。

なのに。あの人は、
あの人は、再び貴方に近付き、
貴方に微笑み掛け、語り掛け、
私達の仲間のような顔をして、
貴方を私から盗もうとしたのです。

ある夜。
貴方は、微笑んでいました。
まるで、今までの苦しみから、
解放されたような。
でも、何処か、
幸せそうな微笑みでした。

だから私は。
あの人を探しに行きました。
きっと、あの人が、
貴方に戯言を吹き込んで、
私から貴方を、
奪おうとしているのだと、
気付いたからです。

私は、あの人に言いました。
嘗て、アンハッピーエンドで、
止まってしまった物語の続きは、
描く必要はありません。
私達に近付かないで下さい、と。

しかし、あの人は、
私に言いました。
これから描くのは、
止まってしまった物語の続き、
ではなくて、
新たな物語の始まりなんだ、と。
嬉しそうに微笑むあの人を見て、
私の中の、張り詰めた何かが、
ぷつりと切れる音がしました。

だから、私は、
貴方を夜の森に誘いました。
そして、静かな森の中で、
蒼い月に照らされながら、
貴方を抱き締めます。
そして、私は、
貴方の首に手を掛け、
力を込めていきました。

次第に虚ろになる、
貴方の美しい瞳。
そこに映るのは、
ただ、私だけ。

静かに横たわる貴方に、
そっと口付け、
耳元で囁き掛けます。
私もすぐに、
貴方の元に行きますから、と。

そうです。これは、
終わりなどではなく、
私と貴方、二人きりの、
物語の始まり、なのです。


4/19/2025, 8:53:23 AM