君と僕
君の笑い声が、ふと風にまぎれると、
なんだか、胸の奥が、きゅっとなる。
そんなの、ただの偶然だって、
ボクはボクに言い聞かせる。
お前は誰にだって優しいから。
それがお前の“いつもの顔”なんだろ?
ボクだけじゃないって、
分かってるのに。
なのに、どうして。
嬉しくなっちゃうんだろ…。
お前とボク。
なり得ない…『君と僕』。
それ以上でも、それ以下でもない。
そんなこと、
ちゃんと分かってるつもり。
だけど、時々
「もしも」なんて、
ありえないことを、
考えちゃうんだ。
お前の真っ直ぐな瞳が、
誰かじゃなくて、ボクを見て、
微笑んでくれたらって。
……バカみたいだよな。
お前の事なんか、
好きじゃないのに。
ホントに、ぜんぜん、
そんなんじゃないのに。
ただ、お前が、
誰かのことを話すたび、
…なんでだろ。
胸がちくっとするんだ。
だけど、どうせボクなんて、
誰にも愛されるわけ、ないんだ。
こんなボクに、
誰も、目を向けるわけがない。
だから、今日もまた、
お前の隣で、
笑ってるふりをする。
友達なんて、そんなもんだろ?
『君と僕』じゃなくて、
…お前とボク。
それが、全てだったから。
夢へ!
貴方が微笑んだ夜のことを、
私は毎夜思い出します。
静かな灯りの下で、
貴方の指が、私に触れた、
あのささやかな記憶。
いつの間にか、
私の貴方への想いは、
恐ろしいほど大きくなり、
幼い崇拝も、儚い慕情も、
とうに踏み越えてしまったのです。
貴方に褒められるたび、
胸の奥底が冷たく疼きました。
私には渡してはくれない、
貴方の恋の言葉を、
私は心が引き裂かれるほど、
欲していたのです。
「私だけを見てください」
そう言葉にした、夜の果て。
貴方の眼差しが、
私だけを映してくれるなら、
もう他に、何もいらないと。
そう、願ったのに。
けれど、貴方は、
私と貴方が出逢う前の、
想い出に縋っていたのです。
そんな事、赦せる筈がありません。
私は、貴方に拾われて、
ようやく「人間」になれたのに。
だから。私は。
貴方の喉元に口付けながら、
そっと刃を沈めます。
この世界のどこにもない、
深い闇の底へと、
貴方と手を繋いで、
ただ、沈んでゆきたいのです。
…そう。
貴方と私だけの、
夢へ、と。
私の腕の中で、
貴方の鼓動が止まる瞬間。
貴方と私は永遠となるのです。
さあ。共にゆきましょう。
誰にも届かない、夢へ。
…夢へ!
元気かな
元気かな。
…なんて。
君に聞けたら、良かったのに。
今さら、そんな言葉、
風にまぎれて、消えてしまう。
君は、いつもそこにいる。
俺の隣に立って、
何も知らずに笑っている。
それが――堪らなく、悲しいんだ。
何ひとつ、奪えはしない。
声も。手も。心も。
未来も。身体も。運命も。
俺はただ、
ここで朽ちていく枯木のように、
空を見上げているだけ。
昼は、陽のふりをして。
夜は、夢のふりをして。
いつも、君の横顔ばかり、
追いかけていたけど。
触れないことが、
優しさになるなんて。
一体、誰が決めたんだろう。
それでも、俺は。
黙って、微笑み続けるんだ。
君が幸せでいられるのなら。
……そう、思って。
元気かな。
心の中で、何度も尋ねる。
幻の君からは、答えなんか、
返ってこないことも、
ちゃんと、わかってる。
紡げなかった言葉は、
解けて、空に舞って。
風に攫われ、消えてゆくけど。
それでも。
どうしても、言いたいんだ。
君に届かなくても、いい。
俺に、聞こえれば、それだけで。
元気かな。
……俺はまだ、ここにいるよ。
遠い約束
夜の底に降り積もるのは、
言えなかった言葉の欠片。
君の背中に投げかけた、
静かな視線だけが、
辛うじて、俺の存在を繋いでた。
ずっと憧れてた。
でも、俺は、
君の何にもなれなくて。
君と笑い合うふりをして、
静かに、目を逸らしてた。
言葉にしてはいけないものが、
あることは分かってた。
だから、俺は、
『親友』という透明な牢から、
逃げ出せないままでいる。
あの時、
伝えられなかった一言が、
今も、胸の奥で鈍く疼く。
ずっと、手が届かないままの、
…遠い約束。
流れていく季節は、
俺だけを置き去りにして巡る。
例え、この想いが消えても、
君には気付かれないような。
そんな曖昧な存在のままで。
それでも、
君が笑って居られるなら、
俺はこの痛みを、
誰にも渡さず、
抱き締めて眠るよ。
明けない夜に、
君の名を呼ぶことさえできずに。
ただ…独りきり。
フラワー
腐りきった社会の泥濘の中で、
誰にも気付かれることなく、
独り、咲いていた私を、
貴方はどうして、
摘んでくれたのですか。
貴方に出逢って、
私は初めて、
人の優しさを知りました。
私は初めて、
存在が赦された気がしました。
そして、ひとひらの夜に、
私は芽吹いたのです。
貴方の手のひらに、鼓動に、
あの……温もりに抱かれて。
“The flower that blooms in adversity is the rarest and most beautiful of all.”
貴方が私に教えてくれた言葉。
貴方は、覚えていますか。
その意味を、今なら理解できます。
私は貴方の陰でしか、
生きられないのに、
貴方は私を見詰めながら、
何処か遠い場所を見ていた。
それが、私には、
どうしようもなく、
耐えられなかったのです。
だから、ねえ――
今、ここに、
花を咲かせましょう。
貴方と私の血を吸って咲く、
真紅の花を。
誰にも踏まれぬように、
誰にも見つからぬように、
暗い、暗い森の奥で。
二人きりの土に、
埋めてしまいましょう。
これで永遠に、離れません。
静かで、穏やかで、優しい世界。
貴方が私だけを愛し、
私が貴方を壊す。
これ以上、幸福な世界があるでしょうか?
でも――安心して下さい。
私も、すぐ、そちらへ参りますから。
さあ、目を閉じて。
最期まで、優しく、愛おしい、
私だけの……貴方。