霜月 朔(創作)

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3/21/2025, 6:56:57 AM

手を繋いで



あのとき、貴方は、
手を繋いでくれましたね。
柔らかくて、暖かくて、
まるで、赦されたようでした。

貴方は、優しすぎました。
だから、私から、
少しずつ遠ざかっていくのが、
分かってしまったのです。
優しい人は、残酷です。
そういう風に出来ているのです。

貴方には、私の隣で、
私だけを見ていて欲しかったのです。
初めは…それだけだったのです。

なのに、
貴方の視線が、
他の誰かを捉える度に、
胸の中で、何かが蠢いて、
私は、視界に映る全てを、
壊してしまいたくなったのです。

貴方がくれた言葉を、
抱き締めながら、
一人で眠る夜は、
もう限界でした。

夢の中の貴方は、
優しすぎて。
でも現実は、
冷たすぎて。
貴方が傍にいない朝は、
凍えるように寒いのです。

あの日、貴方は、
世の中の不条理と人の悪意に、
傷付けられ、踏み付けられ、
汚れた襤褸切れの様な私を、
助けてくれました。

私にとっては、貴方の救いが、
世界の全てでした。
だから。
私の生きる意味は、
貴方、ただ一人なのです。

けれど、
貴方にとっての私は、
何だったのでしょうか。
私の心は、貴方で埋め尽くされ、
もう、とっくに壊れていたのに。

だから、最後に。
ひとつだけお願いです。
手を繋いで、ください。
私はもう、二度と、
貴方を離さないと誓いますから。

そして。
神でも、悪魔でも、
私たちを引き離せない場所へ、
行きましょう。
そして――
ふたりで一つの影になりましょう。

どうか、お願いです。
手を繋いでください。

――もうすぐ夜が来ます。
夜が明けることも、
月の昇ることさえ無い、
永遠みたいな夜が。

3/19/2025, 11:46:03 PM

どこ?
 



静かに眠る貴方に、
私はそっと囁きかけます。
――お願いです。
目を開けて、私を見て下さい。

独り眠る貴方の瞼の裏に、
私は映っているのでしょうか?

触れれば、温かいのに、
呼びかけても、声は届かなくて。
指先でなぞる、頬の温もりは、
ゆっくりと、確実に、
私から遠ざかっていくのです。

ねえ、置いていかないで。
もしも、貴方が悪夢に囚われるなら、
私もそこへ行きたいのです。

貴方はまるで、
眠れる森の王子様。
何度、口付けても
魔法が解けることはなく、
ただ、夜が巡るばかり。

この世界に、
貴方がいないのなら、
私が生きる意味なんて、
どこにもないのに。

――貴方は、どこ?
私の声は、届いていますか?

もしも、
貴方の世界へ行けるのなら、
この身も、魂も、
全て悪魔に売り渡しても、
かまわないのに。

3/19/2025, 8:35:41 AM

大好き


貴方は、憶えていますか?
私と貴方が出逢った、
あの日のことを。

朝の光のように優しい、
貴方の微笑みを見て。
あの瞬間、私は初めて、
この世界が、優しいものだと、
感じたのです。

それまでの私は、
ただ息をしているだけで、
生き方すら、知らなくて。
貴方に救われて、漸く、
「生きる」ということが、
赦されたのです。

貴方が、私を見てくれた。
人として、在ることを認めてくれた。
笑って、話しかけてくれた。
たった、それだけで、
私の全てが、変わったのです。

貴方は知らないでしょう。
私がどれほど、どれほど、
貴方を――大好きだったか。

貴方は、言ってくれましたね。
「君が大切だよ」と。
でも、私には、
それでは、足りなかったのです。

私は貴方を、
すべて、隅々まで、心の奥まで、
独り占めしたいと、
願ってしまいました。
あの男の影も、他の誰かの声も、
何も届かない場所へ、
貴方を連れていきたかったのです。

だから。
一緒に逝きましょう。
この苦しみに満ちた世界よりも、
あちらの方が、
きっと――優しいから。

怖がらなくていいのです。
私が、そばにいます。
貴方が寒くないように、
ちゃんと、抱き締めてあげます。

ふたりなら。
もう、誰にも邪魔されない筈。
もう二度と、貴方は、
他の誰かを見たりはしない筈。

さあ。目を閉じて。
私の手を、握ってください。

貴方の、最期の一呼吸を、
そっと掬い取り、
抱き締めましょう。
それこそが、
私と貴方の「永遠」になるのです。

貴方が――
大好きです。


3/18/2025, 9:01:52 AM

叶わぬ夢




凍える夜に、独り。
記憶の海を彷徨う。
壊れた想い出は、
硝子の破片のように、
美しくも、冷たくて。

崩れ落ちた星の欠片を
そっと掌に掬ってみても、
指の隙間をすり抜け、
夜の闇へと溶けていく。

あの頃の光は遠すぎて、
どんなに手を伸ばしても、
決して、届かなくて。
想い出だけが胸を灼き、
じわりと痛みを残していく。

歩き慣れた筈の道も、
住み慣れたこの街も、
君が隣に居ない、
ただ、それだけで、
まるで作り物の景色みたいなんだ。

擦れ違う影に、
あの頃の君の面影を探しては、
何度も足を止めてしまう。
君が微笑んでくれる事は、
もう、ありはしないというのに。

赦されぬと知りながら、
それでも願ってしまう。
君の名を呼べば、
応えてくれる日々を、
もう一度だけ、と。

けれど――
叶わぬ夢ならば、
いっそ消えてしまえばいいのに。
それすら出来ずに、
私はただ、まだ。
君を想っているんだ。

3/17/2025, 7:40:46 AM

花の香りと共に



夜の帳が降りるたび、
この身を蝕む痛みが募る。
風に運ばれる花の香りが、
遠い記憶を、そっと呼び覚ます。

許されぬ恋と知りながら、
お前に手を伸ばした、あの日。
その罪の重さに、
幾度押し潰されようとも、
それでも、尚、
お前の温もりを求め続けた。

俺はお前を、
罪人にしてしまった。
背徳の鎖はあまりに重く、
背負い続ける程の力もない。

闇に沈む後悔は、
静かに血を流しながら、
朽ち果てる花のように、
音もなく散りゆく。

もしも、運命が嘲笑うのなら、
いっそ、この世界ごと、
焼き尽くしてしまえ。
二度と朝が来ないように、
全てを灰へと還してくれ。

花の香りと共に、
ただ、お前の名だけを抱き締め、
独り、罪の全てを背負って、
静かに消えてゆこう。

願わくば。
お前に触れた罰が、
この身にのみ下されることを。

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