どこ?
静かに眠る貴方に、
私はそっと囁きかけます。
――お願いです。
目を開けて、私を見て下さい。
独り眠る貴方の瞼の裏に、
私は映っているのでしょうか?
触れれば、温かいのに、
呼びかけても、声は届かなくて。
指先でなぞる、頬の温もりは、
ゆっくりと、確実に、
私から遠ざかっていくのです。
ねえ、置いていかないで。
もしも、貴方が悪夢に囚われるなら、
私もそこへ行きたいのです。
貴方はまるで、
眠れる森の王子様。
何度、口付けても
魔法が解けることはなく、
ただ、夜が巡るばかり。
この世界に、
貴方がいないのなら、
私が生きる意味なんて、
どこにもないのに。
――貴方は、どこ?
私の声は、届いていますか?
もしも、
貴方の世界へ行けるのなら、
この身も、魂も、
全て悪魔に売り渡しても、
かまわないのに。
大好き
貴方は、憶えていますか?
私と貴方が出逢った、
あの日のことを。
朝の光のように優しい、
貴方の微笑みを見て。
あの瞬間、私は初めて、
この世界が、優しいものだと、
感じたのです。
それまでの私は、
ただ息をしているだけで、
生き方すら、知らなくて。
貴方に救われて、漸く、
「生きる」ということが、
赦されたのです。
貴方が、私を見てくれた。
人として、在ることを認めてくれた。
笑って、話しかけてくれた。
たった、それだけで、
私の全てが、変わったのです。
貴方は知らないでしょう。
私がどれほど、どれほど、
貴方を――大好きだったか。
貴方は、言ってくれましたね。
「君が大切だよ」と。
でも、私には、
それでは、足りなかったのです。
私は貴方を、
すべて、隅々まで、心の奥まで、
独り占めしたいと、
願ってしまいました。
あの男の影も、他の誰かの声も、
何も届かない場所へ、
貴方を連れていきたかったのです。
だから。
一緒に逝きましょう。
この苦しみに満ちた世界よりも、
あちらの方が、
きっと――優しいから。
怖がらなくていいのです。
私が、そばにいます。
貴方が寒くないように、
ちゃんと、抱き締めてあげます。
ふたりなら。
もう、誰にも邪魔されない筈。
もう二度と、貴方は、
他の誰かを見たりはしない筈。
さあ。目を閉じて。
私の手を、握ってください。
貴方の、最期の一呼吸を、
そっと掬い取り、
抱き締めましょう。
それこそが、
私と貴方の「永遠」になるのです。
貴方が――
大好きです。
叶わぬ夢
凍える夜に、独り。
記憶の海を彷徨う。
壊れた想い出は、
硝子の破片のように、
美しくも、冷たくて。
崩れ落ちた星の欠片を
そっと掌に掬ってみても、
指の隙間をすり抜け、
夜の闇へと溶けていく。
あの頃の光は遠すぎて、
どんなに手を伸ばしても、
決して、届かなくて。
想い出だけが胸を灼き、
じわりと痛みを残していく。
歩き慣れた筈の道も、
住み慣れたこの街も、
君が隣に居ない、
ただ、それだけで、
まるで作り物の景色みたいなんだ。
擦れ違う影に、
あの頃の君の面影を探しては、
何度も足を止めてしまう。
君が微笑んでくれる事は、
もう、ありはしないというのに。
赦されぬと知りながら、
それでも願ってしまう。
君の名を呼べば、
応えてくれる日々を、
もう一度だけ、と。
けれど――
叶わぬ夢ならば、
いっそ消えてしまえばいいのに。
それすら出来ずに、
私はただ、まだ。
君を想っているんだ。
花の香りと共に
夜の帳が降りるたび、
この身を蝕む痛みが募る。
風に運ばれる花の香りが、
遠い記憶を、そっと呼び覚ます。
許されぬ恋と知りながら、
お前に手を伸ばした、あの日。
その罪の重さに、
幾度押し潰されようとも、
それでも、尚、
お前の温もりを求め続けた。
俺はお前を、
罪人にしてしまった。
背徳の鎖はあまりに重く、
背負い続ける程の力もない。
闇に沈む後悔は、
静かに血を流しながら、
朽ち果てる花のように、
音もなく散りゆく。
もしも、運命が嘲笑うのなら、
いっそ、この世界ごと、
焼き尽くしてしまえ。
二度と朝が来ないように、
全てを灰へと還してくれ。
花の香りと共に、
ただ、お前の名だけを抱き締め、
独り、罪の全てを背負って、
静かに消えてゆこう。
願わくば。
お前に触れた罰が、
この身にのみ下されることを。
心のざわめき
夜の帳が降りるたびに、
言葉にならないざわめきが、
影のようにひたひたと、
忍び寄ってきます。
夜の空気が頬を撫で、
冷えた指先から、
命が零れ落ちます。
貴方が、何を求め、
何を望んでいたのか。
今となっては、
もう、分かりません。
――ただ酷く、
疲れてしまったのだ。
抑えきれずに溢れ落ちた、
貴方の独白が、
私の心をざわめかせます。
目を閉じれば、
闇が訪れる筈なのに、
耳の奥では、
尚も、ざわめきが響いて、
止まないのです。
僅かにこの手に残る、
貴方の温もりの記憶が、
最後の迷いを呼び覚まします。
それでも、
夜は深く、冷たく、
ただ穏やかな終わりへと、
私を誘うのです。
——独りきりで、逝くよ。
そう告げた貴方を、
私は許せなかったのです。
私以外の何者にも、
貴方を奪わせはしない。
たとえ、それが、
貴方自身であっても。
だから、
貴方の命は、私が、
この手で終わらせたのです。
…もう、二度と、
誰も触れられないように。
そして。
貴方の赤で染まる刃を、
この胸に向けます。
窓から差し込む月明かりに、
ぬるりと光る銀色が、
酷く美しく思えるのです。
私も、貴方の元へ逝きます。
心のざわめきが、消える前に。