霜月 朔(創作)

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1/28/2025, 5:16:13 PM

帽子かぶって


帽子を目深に被ります。
身を切る寒風を、
避けるように、
凍える空気の中、足早に。

でも、本当は。
木枯らしよりも、
ずっとずっと冷たい、
鋭い刃物のような、
人の冷ややかな視線から、
私を隠す為。

人の悪意ある視線は、
余所者の私を、
無遠慮に射抜き、
深く突き刺さります。
その冷たさに、
心は、静かに沈むのです。

富める者と貧しい者。
相容れぬ存在が、
この大きな街の裏で交差し、
軋轢を生み、争いを生み、
人と人は傷つけ合います。
虚栄の豊かさの影には、
痛みが潜んでいるのです。

だから私は、
深く帽子を被り、
人目を避けるように、
街を歩きます。

『帽子かぶって』
遠い夏の日の、
母の優しい声が、
耳に響きます。

幼いあの頃、
日差しを避けてくれた帽子は、
今や、人の敵意を防ぐ兜。
冷たい視線を躱し、
静かに心を守る、盾なのです。

1/28/2025, 7:32:44 AM

小さな勇気



ずっとずっと。
俺は、君を見ていた。
君には気付かれないように、
…そっと。

君と俺は親友。
それで満足だって、
自分に嘘を吐き続けて。
俺は君の隣で、
友達として、笑ってる。

君が誰かに微笑むたび、
俺の心には、
小さな波紋が広がって、
静かな湖面に、
小石を落としたみたいに、
心が騒つくんだ。

本当は君の視線を、
独り占めしたいんだ、って。
そんな想いを、押し殺し、
密かに唇を噛み締める。

俺の中の、小さな勇気を、
砂漠で砂金を求める様に、
一粒ずつ掻き集めて、
君に、この想いを伝えたい。
俺の身勝手だと、
分かっているけれど、
君の一番になりたい、って。

でも。
そんな、小さな勇気も、
君の、凛とした笑顔の前では、
繊細な氷の彫刻の様に、
儚く砕けて、溶けてしまうんだ。


1/27/2025, 6:32:20 AM

わぁ!



人の憎悪が黒く渦巻く、
この世の中で、
必死に生きてきて。

柔らかな心は、
石のように冷たく固まり、
感情の泉は、
枯れた井戸のように涸れ果て。

私は、今日も、
まるで人形のように、
何も映さぬ冷めた眼で、
世間を見つめます。

春の色鮮やかな花々にも、
夏の蒼い空に浮かぶ白い雲にも、
秋の紅く染まる木々にも、
冬の粉雪舞う街の景色にも、
最早、心は微塵も震えず、
ただ 日々を生きるのみ。

貴方の様に、
わぁ!
…だなんて、
ときめきに心を弾ませ、
素直に喜ぶことが出来たなら、
どれほど、幸せでしょうか。

どうか貴方は。
この黒く醜い、
悪意溢れる世界に、
その輝く瞳と柔らかな心を、
奪われることのないように。

煌めく満天の星の美しさに、
眼を輝かせている、
貴方の背中を見つめ、
私はそっと祈るのです。


1/26/2025, 5:49:36 AM


終わらない物語




貴方は、私の隣で、
静かに眠っています。

身動ぐことも、
鼓動を刻むことも、
呼吸をすることさえ、
ありません。

そっと、貴方の頬に触れます。
貴方の身体からは、
少しずつ、その温もりが、
失われていくのが分かります。

「もう、大丈夫」
そう語りかけながら、
愛しい貴方の口唇に、
小さなキスを落とします。

悪意渦巻くこの世界で、
苦しみ続けた貴方。
そんな貴方に、
私は、永遠の安らぎを、
与えてあげたのです。

私は、
最期の朱に染まる貴方を、
そっと抱き締めます。
「今から私も
貴方のもとへ逝きますから」
と、囁き微笑みかけます。

私は、
貴方に安らぎを与えた、
冷たくも美しい、
銀の刃を手に取ります。

何も怖くはありません。
私達が記していくのは、
終わらない物語、
なのですから。

1/25/2025, 6:18:47 AM

やさしい嘘


あの日、貴方は、
苦しそうな眼をして、
私の元を去っていった。
私を、傷付けないように。
…そう、願って。

だから、私は貴方を、
忘れようとしたけれど。
愛しい貴方の面影は、
壁に刻まれた傷の様に、
消えてはくれなかった。

それでも、私は、
ずっと、貴方を想っていた。
貴方だって、きっと、
気付いていた筈。

それなのに、貴方は、
人形みたいな、すまし顔で、
やさしい嘘を吐く。
『お前の事なんか、忘れた。』
…だ、なんて。

本当は、貴方も、
心で泣いていたのに、
その涙を隠して、
独りで、消えようとした。

『もうお前を、
愛してはいない。』
そんな、言葉さえも。
貴方のやさしい嘘だって、
分かっちゃったから。

貴方が紡ぐ、やさしい嘘は、
切ない程に脆くて、
残酷な程に優しい、
貴方の心、そのもので。

だけど、
私には、嘘は吐けない。
だから…言うね。

『それでも
貴方を…愛してる。』

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