イブの夜
寒い冬の夜、
凍える街灯が、
吐く息の白さを、照らしている。
家々には暖かな明かり。
その光はまるで、
物語の中の幸せな家族の様だ。
いつもより明るく厳かに、
教会から聞こえるのは、
救い主の生誕を祝う讃美歌か。
『神はその独り子をお与えになったほどに、
世を愛された。』
イブの夜、静かに鳴り響く、
教会の鐘はそう告げる。
だが、俺は知っている。
神の愛など、届かぬ場所があることを。
悪魔の微笑みさえ、
時に救いに思える事を。
俺の手は、真っ赤に染まっている。
裏切り、憎しみ、そして愛。
その血飛沫は、心まで侵食し、
魂さえ、黒く穢れてしまった。
神にも天使にも歯向かい、
悪魔さえ謀って生き抜いた。
そんな俺を、イブの夜は、
殊更忌み嫌うだろう。
ならば、イブの夜、
クリスマスキャロルに背を向け、
独り、冬の街を彷徨い歩こう。
こんな俺を赦してくれる、
居場所を求めて。
プレゼント
俺の手元には、
君の為に用意した、
2つのプレゼント。
ひとつは、
友達の君に贈るもの。
よくある友達へのプレゼント。
君に対する、この気持ちを、
ひた隠しにして選んだ、
精一杯の「普通」の贈り物。
もうひとつは、
ずっと心にしまっていた、
想いを伝える為のプレゼント。
君にこの気持ちを知って欲しくて、
初めて勇気を出して選んだ贈り物。
本当は、君に憧れていたんだ。
初めて君と会ったあの日から。
伝えたくて、でも言えなくて。
言葉にできない想いだけが、
ずっとずっと積み重なって、
静かに胸を締めつけてる。
クリスマスの夜に、
俺が君に渡せるのは、
「友達として」の、
プレゼントだけだろう。
本当の気持ちを込めた、
もうひとつの贈り物は、
きっと俺の手元に、
残ったままになるだろう。
数日後、俺の部屋には
一つだけ残されたプレゼント。
それは、
叶わなかった恋を静かに語る、
俺だけの…クリスマスの記憶。
ゆずの香り
冷たい、冬の夜。
街灯が雪に溶け込む様に、
白い吐息が空に漂います。
貴方の腕に抱き竦められた時、
ゆずの香りが、
ふわりと私を包みました。
貴方らしくない、ゆずの香りに、
胸の奥がチクリと疼きます。
貴方の向こうに、私ではない人の影。
『愛してる』
貴方の、その言葉を聞く度に、
甘い毒が、私を侵していきます。
それでも…。
ゆずの香りが、言葉よりも重く、
私に告げるのです。
貴方は私だけのものではない、と。
誰と過ごしたのですか?
それを、貴方に尋ねる事は、
私には出来なくて。
彼の腕の中で、胸の痛みを堪え、
無理矢理、微笑んで見せます。
分かっていた筈なのに。
私は、貴方にとって、
別れた恋人を忘れる為の、
抱き枕に過ぎない、と。
なのに、私は。
貴方から愛されたいと、
願ってしまったのです。
ゆずの香りに、
気付かない振りをして、
私は貴方の温もりに、
溺れて行きます。
明日の朝には、貴方の為に、
私の好きな紅茶を淹れましょう。
貴方を包む、ゆずの香りを、
打ち消すように。
大空
哀しい程高い大空に、
吹き抜ける冷たい風が、
容赦無く、頬を刺す。
遠くから聞こえる虎落笛の音が、
胸の奥で冷たく響く。
抜ける様な冬の空。
雲一つない、その蒼さは、
余りにも清らかで純粋過ぎて、
迷い、嫉妬、後悔、未練――
俺の醜い心をすべて照らし出す。
思わず大空から、
顔を背けてしまう自分が、
酷く惨めに思えた。
大空から見れば、
泥に塗れ、光を求める俺は、
酷くちっぽけで滑稽なものだろう。
それでも、大空に手を伸ばす。
ただ寒風が、その手から、
僅かな温もりさえ奪っていく。
もし、この酷く冷たい手を
お前に向けて差し出したら、
お前は、
この手を取ってくれるだろうか?
お前には、
俺と共に地上に縛られるより、
明るい大空に羽撃く方が、
よく似合っている。
だから、俺はただ、
冷たい風の中で、
お前の背の羽撃く光を、
見守るしか出来ないんだ。
ベルの音
静かな冬の夜、
雪の街に響くのは、
冷たい鐘の音。
貴方が眠る部屋の、
暗い窓を見上げれば、
薄暗く揺れる灯りが、
消え入りそうに震えています。
魂が穢れた私には、
貴方の笑顔は、眩し過ぎて。
凍えた手を、伸ばしたとしても、
その希望は、粉雪の様に、
指先で、溶けて消えてしまいます。
貴方の名前を呼んでも、
声は木枯らしにかき消され、
届かない想いだけが、
心の痛みとして、残ります。
遠く響く、哀しみの音が、
胸を締め付け、
心を裂いていきます。
それは救いではなく、
終焉を知らせる、ベルの音。
貴方の微笑みと温もりを、
手に出来たなら、と、
叶わぬ夢を見るだけの夜。
雪が降り続く中。
私は独り、
冬の冷たさに凍えながら、
終焉の響きを、
ただ、待ち続けるのです。