愛情
月明かりだけが静かに揺れる、
暗く、冷たい部屋。
硬い床に横たわる貴方。
その胸に広がる赤。
私の手に染まった、愛の証。
鼓動は弱く、呼吸は儚く。
貴方の温もりが、
少しずつ冷たさへと、
変わっていきます。
私はこの口唇で、
貴方の最期の一息さえ、
貴方から奪い取ります。
これも…私の愛情なのですから。
貴方を、愛しています。
静かに閉じた瞳に、
そっと囁きかけます。
もう、貴方を苦しませるものは、
何もないのです。
この汚れた世界から、
貴方を解き放つ為に、
私はこの手で、
貴方に永遠を捧げたのですから。
貴方の心も、記憶も、
全て私だけのもの。
他の誰かなんて、必要ありません。
貴方の嘗ての恋人なんて、
私達の物語には、
初めから、存在しないのです。
直ぐに、貴方の隣へ行きます。
だから、二人きりの世界で、
また微笑み合いましょう。
こんな私を…。
人は狂っていると言うでしょうか?
これは愛情ではないと言うでしょうか?
けれど、私は知っています。
これは…真実の愛情なのだと。
ですが、もう。
何も恐れることはないのです。
貴方の全ては、
私だけのもの、なのですから。
…永遠に。
微熱
貴方に触れるたび、
私の心は微熱に浮かされる。
身体は火照り、思考は霞み、
現実さえ揺らいでしまいそう。
赦されない恋と知りながら、
理性を振り切るほどに、
私は貴方に溺れてしまう。
貴方の瞳は、私を通り越して、
別の誰かを映しているのは、
知っている。
それでも、今は、
私だけを見て欲しい。
私も、過去の影や後悔の鎖、
心に残り続ける未練の残滓さえ、
全て忘れたふりをして、今は、
貴方だけを見ているから。
幻の恋に心を奪われ、
微熱に身体を支配されて、
貴方を求める渇望が止まらない。
貴方の指が私に触れるたび、
心の静寂が炎へと変わる。
その指先は、私を溶かし、
思考さえ、壊していく。
胸を刺すこの痛みでさえ、
貴方への愛しさへと変わる。
例え、この微熱が、
赦されない夢だとしても、
例え、この微熱が、
全てが幻であったとしても、
この瞬間、この真実が、
貴方を救う光になればいい。
貴方に触れるたび、
私の心は微熱に浮かされる。
そしてまた、微熱の中で、
私は貴方を愛し続ける。
太陽の下で
太陽の下で、
私は影となります。
光が強ければ強いほど、
闇の輪郭は濃く、黒く、鋭く、
際立つのです。
陽の光に晒されるのは、
私には余りに不釣り合いで。
眩し過ぎるその光は、
私の身体を黒く埋め尽くし、
私の心の闇を暴くのです。
太陽の光は心を突き刺します。
太陽の下で生きるには、
罪と血に塗れた私は、
余りに穢れ過ぎているのです。
愛しい貴方は、
私にとっては太陽なのです。
弾ける笑顔、輝く瞳。
その光は眩しすぎて、
手を伸ばす事さえ、
烏滸がましいのです。
貴方という太陽の下で、
私は、闇に覆われた影となり、
静かに存在するだけ、です。
ですが。
私はそれでいいのです。
もし、影が光を愛することを、
赦されるなら、
それだけで、
私は満たされるのですから。
貴方という太陽の下で、
私は今日も影として、
独り、立ち尽くすのです。
セーター
お気に入りの毛糸を買ってきて、
温かい部屋で、編み物をする。
朝晩はすっかり寒くなってきたから、
セーターを編もう。
せっかくだから、
大切な友達や、
お世話になっている先生にも、
俺の手編みのセーターを、
プレゼントしたい。
俺は慣れた手つきで、
セーターを編んでいく。
貴方に教えてもらった、編み物のやり方。
初めは不恰好だったけれど、
今ではもう、すっかり手慣れている。
貴方の隣で、編み物をする時間が、
大好きだった。
俺と貴方の間に流れる、
静かな時間。
ずっとずっと憧れていた、
愛しい貴方。
でも、もう。
貴方は居ない。
俺を置いて、
遠い天へと昇って行ってしまった。
貴方に逢いたい。
叶わぬ願いだと分かっていても、
毎日毎晩、願ってしまう。
貴方の居る天国は、
セーターなんて要らないほどに、
暖かな所だといいな。
編みかけのセーターに、
貴方の面影も求めて、顔を埋める。
貴方の居ない冬が、またやってくる。
そのことに、胸がチクリと痛む。
編みかけのセーターを握る手が、
僅かに震える。
貴方を想う心だけが、
この冷たい季節を温める。
落ちていく
貴方と私は、
夜が明ける頃には、静かに別れる、
夜明けと共に消えゆく関係。
この秘められた恋が、
救いへ向かう道ではないと知りながら、
それでも離れられないと、
心が叫ぶのです。
それは、逃れ難い、甘くて苦い依存。
私には、他に愛する人が居るのに。
それでも、貴方に引き寄せられてしまう。
貴方の存在は、
静かな業に蝕まれてゆきます。
夜の帳が降りると、
私は貴方の腕の中へと潜り込み、
まるで何かを取り戻すかのように、
弱く儚く震えるのです。
「また、会いに来てもいい?」
甘くて切ない声で問い掛ける、
貴方のその言葉に、
私は何度も解放され、
そして…同じだけ囚われているのです。
真実も幸福も、有りはしません。
私達が手にしているのは、
この脆い幻だけ。
だけど。だから。
ただ、この夜を、
ただ、この虚構を、
尽きることなく、
繰り返してしまうのです。
朝の光に追い立てられるように、
私の元を立ち去った、
貴方が残した、温もりの欠片を集め、
後悔を抱いて、眠りに落ちていく、のです。
私は。落ちていく。
落ちて、墜ちて、堕ちて…。
そしていつか、
私は…全てを失うのでしょう。
それでも、私は、
貴方を求めずにはいられないのです。