鋭い眼差し
オレが過去の悪夢に囚われ、
自らを罰した夜も。
オレが闇に怯え、
孤独に閉じ籠もった夜も。
貴方の鋭い眼差しは、
静かにオレを見詰めてた。
貴方の鋭い眼差しを、
他人は、冷たいと恐れる。
だけど、オレは知ってる。
その冷たさの裏には、
優しさが隠れていることを。
甘い恋の語らいより。
優しい愛の囁きより。
貴方の鋭い眼差しは、
深く、静かに、
オレを満たしてくれる。
悪夢も闇も切り裂き、
貴方の眼差しが、オレを捉える。
鋭い眼差しに宿るのは、
強く研ぎ澄まされた、
貴方の…想い。
高く高く
街を独り歩く。
俺の隣は、空っぽ。
ただ、風が吹き抜ける。
ほんの少し前までは、
人見知りな俺を心配して、
貴方が、横に居てくれた。
その温もりが、
俺の支えだった。
なのに。貴方は。
こんな俺を、一人、
地上に置き去りにして、
俺には、何も告げずに、
天へと駆け上がって行った。
俺の心の中には、
今でも、貴方の笑顔で、
溢れているのに。
貴方は、もう、
この世の何処にも居ない。
泣き声が溢れない様に、
きつく口唇を噛み、
涙が溢れない様に、
そっと天を仰ぐ。
高く、そして蒼く、
果てしなく広がる空。
この広い空の何処かに、
貴方が居る、そんな気がして。
俺は、貴方に届く様に、
高く高く、手を伸ばすんだ。
だけど、
貴方には、届かない。
俺の手は、ただ、
虚空を掴むだけ。
子供のように
ずっと見詰めてきた、
近くて遠い貴方。
こんなに側に居るのに、
手の届かない二人の距離。
貴方の胸に顔を埋め、
子供の様に、
声を上げて泣けたなら。
貴方の首元に抱き付き、
子供の様に、
素直に甘えられたなら。
貴方の瞳を見詰めて、
子供の様に、
はっきり好きと言えたなら。
私はどんなに満たされるでしょう?
そんな願いは、
心の奥に仕舞い込み、
鍵を掛けて。
私は、ただ。
只の友人として、
静かに微笑むのです。
放課後
放課後の教室に、
私は独り佇む。
先程迄、子供達の元気な笑い声が、
響き渡っていたこの場所も、
今は時が止まったかのように、
ひっそりと静まり返っている。
夕日が教室に射し込む。
壁も机も私も、夕焼け色に染まる。
子供達は今頃、家に帰り、
家族と共に、温かく穏やかな時を、
過ごしているのだろう。
だが、私は独りきり。
この世の中から、
一人取り残されている。
…そんな気がした。
しかし、こんな未熟な私を、
子供達は『先生』と呼び、
慕ってくれている。
輝く瞳と無邪気な笑顔で、
笑い掛けてくれる。
だから、私は。
私を雁字搦めにする、
苦しい想い出も。悲しい過去も。
辛い別れの記憶も。死を望む衝動も。
全ての苦悩を笑顔で隠し、
子供達の前に立つ。
だが…本当は、
全てを捨てて、
過去から、逃げ出したい。
カッターナイフに手が伸びる。
ゆっくりと刃を自らに向ける。
冷たい銀の煌めきが、
私の首に近付く。
ふと、
子供達が下校したあとの、
私しか居ない放課後の教室に、
子供達の笑い声が聞こえた。
私は、静かに、
カッターナイフを下ろした。
『明日の授業の準備を、
しなければ。』
少しだけ震えた私の声が、
私しか居ない放課後の教室に、
静かに響いた。
カーテン
明かりの灯らない、
静かな部屋の中。
月明かりだけが、
私達を照らします。
この世の名残に、
二人きりの結婚式を挙げましょう。
私が身体に纏うのは、
ドレスの代わりの、
純白のシーツ。
私が頭から被るのは、
ベールの代わりの、
レースのカーテン。
お互いの指に嵌めるのは、
二人にしか見えない、
幻の指輪。
貴方が私の隣に、
居てくれるのなら、
私は幸せです。
煌びやかなドレスも、
華々しいブーケも、
祝福のライスシャワーも、
無くたって、構いません。
撓やかに厳かに。
そして…密かに。
愛を誓い合い、
誓いの口付を交わします。
病める時も。健やかなる時も。
富める時も。貧しき時も。
そして、
…死せる時も。
時が止まり、
冷たくて静かな闇が、
私と貴方を包みます。
握ったこの手は、
決して離しはしません。
そして、二人で、
そっと旅立ちましょう。
…永遠の眠りへと。