子供のように
ずっと見詰めてきた、
近くて遠い貴方。
こんなに側に居るのに、
手の届かない二人の距離。
貴方の胸に顔を埋め、
子供の様に、
声を上げて泣けたなら。
貴方の首元に抱き付き、
子供の様に、
素直に甘えられたなら。
貴方の瞳を見詰めて、
子供の様に、
はっきり好きと言えたなら。
私はどんなに満たされるでしょう?
そんな願いは、
心の奥に仕舞い込み、
鍵を掛けて。
私は、ただ。
只の友人として、
静かに微笑むのです。
放課後
放課後の教室に、
私は独り佇む。
先程迄、子供達の元気な笑い声が、
響き渡っていたこの場所も、
今は時が止まったかのように、
ひっそりと静まり返っている。
夕日が教室に射し込む。
壁も机も私も、夕焼け色に染まる。
子供達は今頃、家に帰り、
家族と共に、温かく穏やかな時を、
過ごしているのだろう。
だが、私は独りきり。
この世の中から、
一人取り残されている。
…そんな気がした。
しかし、こんな未熟な私を、
子供達は『先生』と呼び、
慕ってくれている。
輝く瞳と無邪気な笑顔で、
笑い掛けてくれる。
だから、私は。
私を雁字搦めにする、
苦しい想い出も。悲しい過去も。
辛い別れの記憶も。死を望む衝動も。
全ての苦悩を笑顔で隠し、
子供達の前に立つ。
だが…本当は、
全てを捨てて、
過去から、逃げ出したい。
カッターナイフに手が伸びる。
ゆっくりと刃を自らに向ける。
冷たい銀の煌めきが、
私の首に近付く。
ふと、
子供達が下校したあとの、
私しか居ない放課後の教室に、
子供達の笑い声が聞こえた。
私は、静かに、
カッターナイフを下ろした。
『明日の授業の準備を、
しなければ。』
少しだけ震えた私の声が、
私しか居ない放課後の教室に、
静かに響いた。
カーテン
明かりの灯らない、
静かな部屋の中。
月明かりだけが、
私達を照らします。
この世の名残に、
二人きりの結婚式を挙げましょう。
私が身体に纏うのは、
ドレスの代わりの、
純白のシーツ。
私が頭から被るのは、
ベールの代わりの、
レースのカーテン。
お互いの指に嵌めるのは、
二人にしか見えない、
幻の指輪。
貴方が私の隣に、
居てくれるのなら、
私は幸せです。
煌びやかなドレスも、
華々しいブーケも、
祝福のライスシャワーも、
無くたって、構いません。
撓やかに厳かに。
そして…密かに。
愛を誓い合い、
誓いの口付を交わします。
病める時も。健やかなる時も。
富める時も。貧しき時も。
そして、
…死せる時も。
時が止まり、
冷たくて静かな闇が、
私と貴方を包みます。
握ったこの手は、
決して離しはしません。
そして、二人で、
そっと旅立ちましょう。
…永遠の眠りへと。
涙の理由
これまでの想い出も。
今日というこの日も。
この瞬間さえも。
何時までも忘れないよ。
俺はそう言って、
微笑んでみせた。
いつもみたいに、
『さよなら』の代わりに、
口吻を交わして。
またね、と言い掛けた時。
不意に溢れた君の涙を、
俺は、拭えかったんだ。
その涙の理由が。
俺には、分からなくて。
分かりたくなくて。
何時かはこんな日が来ると、
感じてはいたけれど。
時が過ぎてしまえば。
どんなに鮮やかな想いも。
どんなに大切な思い出も。
黄昏の空に溶ける様に、
やがて消えてしまうのだから。
君は、そう言いながら、
泣き顔のまま微笑んだ。
涙の理由。
聞かせてよ。
俺はその言葉を飲み込んだ。
涙の理由。
そう、それはきっと。
蜂蜜色と薄浅葱。
ココロオドル
今日は朝から雨模様。
下ろしたての靴は、
すっかり泥だらけ。
お昼のサンドイッチは、
苦手なレタスがたっぷり。
コーヒーを溢して、
ワイシャツには茶色のシミ。
窓の外は、相変わらずの雨。
中々進まない仕事を前に、
溜息ばかりが増えていく。
帰り道。廊下で見かけた、
憧れの先輩の後姿。
手の届かない憧れの背中を、
ただ、黙って見詰める。
ふと、先輩が振り返り。
先輩の瞳が、
俺を捉えたんだ。
憧れの人と目が合った。
只、それだけで。
ココロオドル。