透明
恋人に会えないのが寂しくて。
その心の隙間を埋めるように、
貴方を求めました。
こんな私を、貴方は温めてくれました。
貴方が私の恋人だったらいいのに、と、
そんな自分勝手な事を思って、
藻掻く様に、貴方に手を伸ばしました。
そんな私の怯えて震える手を、
貴方は、優しく握って下さいました。
余りに不道徳な、二人の時間。
密やかな口付けの間を、
『愛している』という言葉が、
零れて、落ちていきました。
貴方の心の中に、私ではない、
別の誰かがいるのは、分かってました。
だけど、私は。
何も気付かない振りをして、
幻影の恋に溺れるのです。
このまま貴方と、
透明になってしまいたい。
私の恋人も、貴方の想い人もいない世界で、
貴方と二人、透明に溶け合ってしまえば、
私はもう、こんなにも泣かないで、
いいのでしょうから。
理想のあなた
憧れのあなた。
その姿に、密かに心をときめかせて。
でも、
貴方の事を、遠くから眺めてるだけで、
十分なんだって、自分に言い聞かせて。
だって。
俺が憧れてる貴方は、
強くて、優しくて、真面目で、
仕事が出来て。
そして、
…恋人と仲が良くって。
そんな貴方が、素敵だって思うから。
俺が心の中で、そっと。
理想のあなたを思い描けば、
何時でも凛々しい貴方の隣には、
優しく微笑んでる貴方の恋人がいるから。
貴方の隣に立てないことが、
悲しいとも、悔しいとも思えなくって。
俺は、今日も。
ただ。
…理想のあなたを見守るだけ。
突然の別れ
病気や寿命で人が亡くなる。
…これは仕方のないことだし。
事故や怪我でで人が亡くなる。
…これも避けようもない事もある。
戦争や飢えや疫病で人が亡くなる。
…悔しいけど、どうしようもない時もある。
だけど。
誰かに殺される。
それは、遠い世界の出来事だと思ってた。
先輩が殺された。
友達からそう聞いた時。
俺は全く信じられなかった。
だって、あんなに優しい先輩が、
誰かに殺されるなんて、ある訳ないって。
だけど。
先生まで、青ざめた顔をして、
先輩の訃報を告げた。
その瞬間。
俺の世界は暗転した。
突然の別れ。
受け入れられる筈もない。
だって、先輩は。
さっきまで、そこで笑ってたんだ。
俺と、下らない冗談を言ってたんだ。
俺は泣き叫んだ。
狂ったかと思われる程に。
だけど、幾ら泣いても叫んでも。
悲しみが癒える事は無かった。
あれから何年か経った。
俺は、至って普通に暮らしている。
だけど。俺は…。
未だに街中や人波の中に、
探してしまうんだ。
…未だ憧れ続けている、貴方の面影を。
恋物語
本屋へ行って、棚に並んでいる本を眺める。
そして、ふと。
人気の本を、何気なく手に取った。
何処か愛らしいカラーの装丁。
繊細で柔らかいイメージのタイトル。
ハッピーエンドの恋物語。
…読まなければ良かった。
幸せそうな物語の主人公とは対照的に、
俺の心は、どんよりとした灰色になる。
だって。
俺には、こんなハッピーエンドなんて、
訪れる筈もないから。
ずっと、ずっと、片想い。
君と俺は友達だけど、
君は俺を、恋愛対象としては、
見てはくれないだろうから。
俺が、現在進行形で書き綴っている恋物語は、
このまま、アンハッピーエンドなのかなって。
そう思うと。
ハッピーエンドの恋物語なんて、
もう、読みたくはないんだ。
真夜中
灯りの消えた暗い廊下を、
足音を殺し、一人歩いていきます。
遠慮がちに窓から差し込む、
青白い月明かりだけを頼りにして。
真夜中の静けさに、
まるで世界にたった一人で、
取り残された様な錯覚を感じ、
何処か不安になったにも拘らず、
灯りを灯そうとは、思いませんでした。
遠くから聞こえてくるのは、
夜行性の獣が獲物を求めている、
呻き声でしょうか?
それとも…。
真夜中は、
多くのものを闇で覆い隠します。
血生臭い行いも、犯罪行為も、
…人の醜さも。
真夜中の闇が、
私の過去の過ちも、後悔も、
叶う筈のない恋慕も、
いっそ、私自身さえ、
全て覆い隠してくれれば良いのに…と、
願わずにはいられませんでした。