雪を待つ
雪を待つ。これを越えれば春だから、と、信じていられる冷たい光。
手の冷たさはポケットで誤魔化して、じりじりする耳に耐えて、コンビニに入る。
ほぅ、と息を吐く。いらっしゃいませの声。暖を取りにきただけではないと言い訳するように、まっすぐ、なんとなく、あたたかい飲み物の棚を見る。別に、飲みたいものは無い。ガラス張りの外を見ても、雪は一向に降ってこない。雲の少ない、薄い色の空。風に揺れる街路樹の枝。
…模試の結果が、ダメだった。
入りたい大学。友達や家族。自分のやってきたこと。あともう少ししか時間がないのに。何がいけなかったのか。
雪が降れば良いのに、いっそ。雪が降ればいいのに。白く埋もれて仕舞えば良いのに。私だけがそこから芽吹かない春。
ペットボトルのレモネードを買って、コンビニから出る。ありがとうございましたの声。冷たい風に怯んでなんかいないと見栄を張って、足を止めずに出ていく。
はぁ、とため息をつく。レモネードをひとくち、ふたくち、冷めないうちに。
…あったかいや。
こんなに悪かった模試、今まであったっけ。
本番じゃなくてよかったや。…うん。
これを超えた春に、花を咲かせたいと思う。
セーター
網目の隙間に埋もれていたい。きっとそれがいちばん温い。
ぎゅっとし過ぎているわけでなく、かといって緩いわけではなく、丁度いい塩梅に、あったかくなるようにしてある。今ではきっと機械で作ってるこれらの始まりは手編みで、その隙間にはなにか、思いやりとか、そういう、物理的な温もり以外の何かがあるのではないかと……いいや、なんだかいい話ふうの、胡散臭い話になってきた。いちばん温いのは、布団だ。布だけで得られる温もりと安心感。あれに勝るものはない。欠点があるとすれば…
『 今日休み? カフェ行かん? 』
友からの連絡が目に入る。スマホに一言、返信する。
『今から起きるから1時間待って』
『おはよ。おっけー』
社会人になって数少ない、突如連絡し合える上に,急に出かけられる距離に居る友人。
布団は温いが、当然ながら外に出られない。
なので、セーターを着る。上着も追加。ホッカイロは…まぁ今日はいいだろう。
ホットコーヒーとスイーツと、友との雑談に浸る、日々の隙間。
私の日記帳
7月7日の次は、もう12月24日。
特別のある日に、さして自分が特別なわけではないのに、便乗するのだ。
特別な名前のある日は、なんでか、何かしようかなという気持ちになる。
誕生日も同じ。生まれた日だから祝うというけど、じゃあ毎日生きてるのは祝わないの? 生まれた日だから特別というのはよく分からない。でも便乗してケーキは食べる。
…そういう斜に構えた考えで、特別とは思わないものの、一般的には特別とされる日に、便乗して生きてきました。
親友が憂鬱そうにしていて、消えてしまうのではないかと思う日々が続きました。大学で出会ってかれこれ1年と少しの、私と似た、斜に構えた親友でした。私と似ているから、普通、ご飯に一緒に行ったり、遊んだりということは、あまり効果がないように思えました。
誕生日便乗ケーキ、私のはスフレ、彼女のはチーズタルトで、アパートに突撃しました。休日、インターホン、絶対これ狸寝入りだわ。
「ちわー、バースデーお届けに参りましたー」
30秒くらいして。
「なんて?」
部屋着のまんま、ガチャリと彼女。
「バースデー便乗ケーキだよ」
「あー。私のか。紅茶が無いや」
「あるよ、万全」
「ナイス」
散らかり気味のワンルーム。ちゃぶ台を囲んで、あのさ、と。
「便乗っつったけど、実はこれ、便乗じゃなくて」
チーズタルトを頬張る親友に、はじめてまともかもしれないバースデーを届ける。
「誕生してくれてありがと。あたしの誕生日も一緒にケーキ食べような」
もぐ、と親友は口を止めて、やがて少しにやっとして飲み込んだ。
「おっけー、わかった。それ目指して生きる。その次、今日から365日後は、私のな。次はフルーツタルト。忘れるなよ」
「多分忘れるわ」
帰り道に来年の日記帳を買って、365日後の今日に記す…フルーツタルト。
目が覚めると
平凡な天井、戦いのことを考えなくてもいい日々、知らないはずの生活をなぜか知っていた、あの目覚めの日から、はや3ヶ月。剣も魔法も使わないまま、僕の手は仕事のための鞄とか、生活のためのあれこれ、それにゲームのコントローラーをほぼ毎日握るようになった。
僕だけがこんな平和な生活をしていていいのかと、当初は焦りはしたが…このゲーム。剣と魔法の世界での冒険が描かれたこれこそが、僕のいた世界のようなのだ。セーブデータがひとつ。そこから始めると、まさに、あちらにいた時の僕の記憶と続いていた。世界観も、用語も、まさに。念のためひとつ最初からやってみているところだ。
これをクリアすれば、僕のいた世界も救われるのではないか。
…ふと、セーブデータの進行状況に追いつきかけた時、インターネットで検索をしてみた。 確実に,誰も死なせずに、進む方法があるなら、それをなぞればいいじゃないか。
いくつも攻略情報を見るうちに、時々おかしな書き込みがあることに気がついた。
「成されてしまえば、幸せな幻覚の中でお前は死ぬ」
変に心にひっかかって、気分が悪くなってきた。
スマホを置いて,もはや習慣になった動作でゲームをつける。ふと、元々あったセーブデータのほうを開いてみた。NPCの台詞や、状況で、元の自分の記憶と繋がる。これから、敵を…倒しに…。
………いや。
倒したはずではなかったか?
僕は…そう、勇者一行を、倒したはずだ。
我が主が望む世界の救済を阻む,無知で、純粋な、人どもを蹴散らすために、主の第一の剣として、勇者どもを…。
戻らなければ。
勇者側から何らかの術を受けてこんなぬるい世界に来てしまったのだろう。
であるならば。あの戦いの中で何があったのか知らねば。コントローラーを握る。
「我が主のために」
"敵"と僕の台詞が重なる。勇者一行を操作して、癪だが一旦"僕"は負ける。その後、イベントがある…僕は力を振り絞り、勇者たちを次元の狭間へ…。
…勇者たちが飛ばされた場所は、まさに、今、僕がいる世界。勇者たちは方法を探り、"敵"と入れ替わりに世界を脱出する方法を見つける…。
「なるほど」
そこまで分かればこっちのもの。僕はそのゲームで見た通りの方法を試しに、平穏な街へ繰り出した。
*
「ピースフルルート通常Pルートでは、敵が全員仲間になるまたは少なくとも死なずに別々に生きられます。
ただ、1週目では困難で、運ゲーです。というのも、主人公たちが元の世界に帰還した後、例のボス(バレ伏せ)が帰ってくるかが、まさかの確率です。帰還する前までの選択肢で多少は確率が上がります。賛否両論ありますが、ハピエン厨の自分はリセマラしました」
日差し
日差しが強い。
木漏れ日、なんて優しい言葉は、この木の下ですら似合わない。枝葉の影は黒々として、かろうじて時々吹く微風がそれを揺らす。
今日の最高気温は43度。夏が始まった。私のおばあちゃんが子供の頃には、35度くらいでも真夏日と言ったらしい。携帯除湿冷房を被らなくても大丈夫だったとか…ああ、そもそも無かったんだっけ。帽子とか、日傘? とかで日差しを避けるって言ってたかもしれない。
暑い。ちゃんと携帯冷房は被ってる。この暑さは、目の前のこの人のせい。同級生の彼に思いを寄せて早2年半。誰もいないだろうこの木の下、思いを告げて、携帯冷房の透明な板越しに視線を送る。早く返事をして。考えさせて、とかでもいいから、この気持ちに一区切りつけさせて…。
「…ごめん」
彼が申し訳なさそうに言う…そう、そっか…。
「その、冷房機、電源ついてないと思うんだけど、大丈夫?」
「えっ」
それから、近くのお店で一緒にカキ氷を食べて、付き合うことになりました。