「あっちぃー!溶ける!」
「まじ今日なんでこんな暑いんだよ!」
学校の帰り道。
今日は7月とは思えないほどの真夏日な上に風もなく、外は地獄のような暑さだった。
制服のシャツを仰いでも、ハンディファンを使っても意味をなさない。
「学校に戻りたい……。全然家つかないんだけど」
「耐えろ光輝。足を止めたら死ぬぞ」
そういう涼太こそ、今にも死にそうな顔をしていて笑えなかった。
「……あっ」
「なんだよ」
「み、水が……」
「みずぅ?」
視線を横にやると、いつも通る小川が流れている。
いつもは水がなくカラカラなのに、昨日雨が降ったからか、少しだけ水が流れていた。
「……なぁ、今同じこと思ってるよな」
「あぁ……!走れ!!」
残った力で2人で小川に向かってダッシュ。
川辺に着くと、荷物を捨て、靴を捨て、靴下も捨てて、狂ったように川に飛び込んだ。
「水きもちー!!」
「涼しすぎる!自然最高!!」
まさにオアシス。
夏の川がこんなに気持ちいなんて、どうして今まで気づかなかったのだろう。
「光輝くらえっ!」
「ぶっ」
突然全身に飛んできた水。
してやったりと言う顔で笑う涼太の宣戦布告。
「やったなぁ!!」
「うわっ!」
間髪入れずに水をかけ返した。
それからはお互い楽しくなって、終わりのない仕返しが続いた。
真夏のようなギラギラの日差しに照らされて、水がキラキラと光っていたのが印象的だった。
お題『日差し』
私の部屋の窓は、隣の家のどこかの部屋の窓と面している。
今は誰も住んでいない家らしく、カーテンも何もない、真っ暗でシンとした部屋が見えるだ。
誰か引っ越してこないかなぁと、小さい頃から思っていた。
長年の想いが届いたのか、中学生2年生になる春休み、その家の前に大きなトラックが止まっていて、人が出入りしているのが見えた。
お母さんに聞くと
「誰か越してくるみたいよ。きっと落ち着いたら挨拶に来るんじゃないかしら」
と言っていた。
どんな人が来るんだろう。歳の近い子だといいな。
私の部屋から見えるあの部屋は、誰の部屋になるんだろう。
初めての臨時にワクワクしていると、少しして、見知らぬ家族が挨拶に来た。
うちの両親と同じ年頃の夫婦と、元気いっぱいの小学生の女の子。
「隣に越してきました、高田です。こちら、よければご家族で召し上がってください」
「あら!ご丁寧にありがとうございます〜。ほら、あなたも挨拶しなさい」
「こ、こんにちは」
母に促され、恐る恐る頭を下げる。
「こんにちは。ふふっ、可愛らしい娘さんですね。家にも娘さんと同じくらいの上の子がいるのですが、人見知りで着いて来るのを嫌がってしまって……。また学校が始まったら、よければ仲良くしてやってください」
(歳の近い人見知りな子かぁ、仲良くなれるかな)
シャイな女の子を想像して、なんだか可愛らしいなぁと思った。
その日の夕方、部屋から向かいの部屋を覗いてみると、ピンク色のカーテンが取り付けられていた。
窓辺に可愛いうさぎのぬいぐるみの背も見える。
きっと妹さんか、例の人見知りの子の部屋だろう。
どうやって仲良くなったものかと頭を捻った末に、私も窓辺にぬいぐるみを置いてみることにした。
可愛いくまのぬいぐるみを、相手の部屋の方に向けて。
(気づいてくれるかな……)
と、ワクワクしていると、「夕食ができた」とお母さんに呼ばれ、慌ててリビングに駆け降りた。
***
「ふぅ、いいお湯だった〜」
夕食とお風呂を済ませ部屋に戻る。
そういえばと、窓の外を覗いてみと……。
「あっ……!」
窓越しに見えるのは、こちらに微笑む可愛いうさぎのぬいぐるみ。
「さっきは後ろを向いていたのに!」
隣の部屋の子が気づいてくれたのだと嬉しくなった。
まだあんまりよく知らないけど、あの部屋の主とはきっと仲良くだろう。
そう強く確信した日だった。
お題『窓越しに見えるのは』
「説明は以上となります。最後に、こちらのメガネをお渡しします」
赤いネクタイの男から差し出されたのは、一見、ごく普通のメガネ。
よく見ると、縁の部分にうっすらと赤い線が入っている。
「先程、説明させていただいたように、そちらのメガネをかけることで、貴方に結ばれている“赤い糸”が見えるようになります。繋がっている相手を探すも探すまいも貴方の自由です。それでは、良き運命を……」
そう言って、男は暗闇の中へ姿を消した。
この世界では、18歳になる日の前夜に、こうして赤いネクタイをつけた男がやって来る。
色々と難しい説明をされ、契約書にサインを書かされた後に渡されるメガネ。
このメガネは、世間では“赤いメガネ”と言われている。
まぁ、実際は赤色というわけではないんだけど。
さっきあの男が言っていたように「運命の相手が分かる」という代物なので、赤い糸にちなんでそう呼ばれているそうだ。
特殊な細工がされているようで、持ち主以外がかけても普通のメガネとして機能するだけで“赤い糸”は見えないらしい。
(こんなんで本当に運命の相手が分かるのかね……)
運命の相手が分かったところで、その人と結ばれなきゃいけない訳ではないけれど、どうにも気になってしまった。
「……ちょっとだけ、かけてみるか」
運命の相手が身近な人だったらどうしよう。
知らない人でもなんだか気まずいな。
そんな不安よりも、なんだかんだ好奇心が勝った。
メガネを恐る恐るかけてみると、一筋の赤い糸が左手の薬指から伸びているのが見えるようになった。
(これが、赤い糸……)
その赤い糸は、目で追えないずっと先まで伸びていて、どこまで続いてるのかも分からなかった。
そうなると、ますます相手が誰だか気になってしまった。
(明日からちょうど連休だし、顔だけでも見てみようか)
そう思った僕は、次の日の朝、始発のバス乗ってその糸を辿った。
***
「あともう少しで着くような気がするな……」
赤い糸を辿るにつれて、糸の張り具合も緩くなるものだから、それでおおよそ相手との距離を測ることができた。
地元を出発してからもう2日といったところだろうか。
正直、最初はここまでして知る気はなかったけれど、引き返すタイミングを逃して今に至る。
あと少しで辿り着けそうな手ごたえはあったが、もう日が暮れてきていたこともあって、その日はもう足を休めることにした。
次の日。
「ど、どういうことだ……!?」
朝起きると、赤い糸が昨晩に増して緩くなっていることに違和感を覚えた。
この糸の先に、何も繋がっていないかのように軽い感触。
まるで、糸が切れてしまったかのようだった。
自分の手元に残った赤い糸を恐る恐る巻き集めてみる。
どれだけ集めた頃だろうか。
数千メートルほどの、長いような短いような糸の端には、小さく折り畳まれた手紙が結びつけられていた。
その手紙には女の子の字でこう書いてあった。
「勝手に糸を切ってしまって、ごめんなさい。
私には、既に大切にしたい相手がいるのです。
貴方も、私のことは忘れて、幸せになってください」
それだけ書かれた送り主の名前も無い手紙。
悔しいとか勝手だとか、そんな事を思うよりも先に、そんなに大切な恋人がいる事を、会ってしまう前に気づけて良かったなと思った。
2人の幸せに水を差しちゃ悪い。
まぁ財布にはちょっと響いたけど。
赤いメガネは処分した。
ついでに、糸束と手紙はライターで跡形もなく燃やした。
灰になっていくそれらを、ただぼーっと見つめて。
それから数年後、俺にもついに恋人ができた。
あんな綺麗な手紙を書く、上品そうな赤い糸の相手とは違って、口を大きく開けて笑うわ、ごはんをモリモリ美味そうに食うわで、まぁ良いやつではある。
数年の交際の末、そんな彼女が妻になる日が来た。
「そういえば、お前の運命の相手って誰なんだ?会ったことあるの?」
「ちょっと、これから結婚って時になんてこと聞くの!」
「いや、だって気になるじゃん!その相手を選ばずに俺を選んでくれたんだろ」
「まぁ、そりゃそうだけど……。そういう貴方はどうなの?」
「俺?俺は……秘密」
「なにそれ!気になるじゃんー!」
あの時の事を話しても笑われそうだったのでなんとなく秘密にした。
「じゃあ私も秘密〜」
まぁ、お互いの運命の相手が誰であれ、今幸せなことには違いないし、どうでも良いんだけださ。
お題『赤い糸』
「入道雲って、でっかいかき氷みたいだよな」
「……ごめん、ちょっと分からない」
友達の翔は、どこかズレてるやつだった。
オリジナルの星座を作り出したり、太陽から逃げようと走り出したり、文房具を人と見立てて授業中におままごとをしだしたり。
僕らとは物の見方が違うんだなぁと思っていた。
まぁ、変わってるけど悪いやつではないので、なんだかんだ毎日一緒にいるんだけど。
「えー!よく見てみろって!ちょっと山盛りの氷みたいじゃん?」
「うーん、言われていればそうかも」
「だろ?あーあ、かき氷食べたくなってきちゃったなぁ」
「食いしん坊かよ」
そんな、自分じゃ気づかないようなことに気づく翔と一緒にいるのは少し楽しいなと思ってしまう僕も変わり者なんだろうか。
「じゃあ、今からミエばあちゃんのとこに買いに行く?」
「いいじゃん!いこいこ!」
そうして、入道雲を見ながら2人で食べたかき氷はいつもよりさらに美味しかった気がする。
お題『入道雲』
中学生の夏休み。
部活動が楽しくて仕方がなかった私は、1日中練習に打ち込んでいた。
運動部と同じく、私が所属していた吹奏楽部も大会が夏にあったため、この時期はいちばん部全体が盛り上がっていたと思う。
とは言っても、うちの中学は所謂弱小校の部類だったので、朝から昼までのみの練習時間だった。
昼以降も音楽室は開放されていたけれど、残って練習する人はほとんど居ない。
それでも、自分の演奏に自信がなかったのと、早く先輩たちみたいに上手くなりたいと思っていたので、私は、1人残って練習するのが日課になっていた。
「今日も残ってるのか〜。すごいなぁ」
事務作業で残っていた顧問が見回りに来てはそんな風に褒めてくれたのをよく覚えている。
正直、こうやって褒めてもらえるのは嬉しいしモチベーションになった。
だからこそ、コンクールで結果が残せないのが悔しかったけど、着々と演奏の幅が広がっていくのを実感できて楽しかった記憶がある。
そんな、夏の思い出が詰まった母校の音楽室に、今は教師として立っているなんて不思議なもんだ。
まぁ、私は副顧問だから、直接指導するのは、あの時私を褒めてくれた、今は上司の顧問だけれど。
「それじゃ、練習始めようか」
コンクールの結果がどうであれ、この夏が生徒たちにとっていい思い出になるといいな。
そんなことを考えながら、生徒たちの奏でるまっすぐな音に耳を傾けていた。
お題『夏』