「説明は以上となります。最後に、こちらのメガネをお渡しします」
赤いネクタイの男から差し出されたのは、一見、ごく普通のメガネ。
よく見ると、縁の部分にうっすらと赤い線が入っている。
「先程、説明させていただいたように、そちらのメガネをかけることで、貴方に結ばれている“赤い糸”が見えるようになります。繋がっている相手を探すも探すまいも貴方の自由です。それでは、良き運命を……」
そう言って、男は暗闇の中へ姿を消した。
この世界では、18歳になる日の前夜に、こうして赤いネクタイをつけた男がやって来る。
色々と難しい説明をされ、契約書にサインを書かされた後に渡されるメガネ。
このメガネは、世間では“赤いメガネ”と言われている。
まぁ、実際は赤色というわけではないんだけど。
さっきあの男が言っていたように「運命の相手が分かる」という代物なので、赤い糸にちなんでそう呼ばれているそうだ。
特殊な細工がされているようで、持ち主以外がかけても普通のメガネとして機能するだけで“赤い糸”は見えないらしい。
(こんなんで本当に運命の相手が分かるのかね……)
運命の相手が分かったところで、その人と結ばれなきゃいけない訳ではないけれど、どうにも気になってしまった。
「……ちょっとだけ、かけてみるか」
運命の相手が身近な人だったらどうしよう。
知らない人でもなんだか気まずいな。
そんな不安よりも、なんだかんだ好奇心が勝った。
メガネを恐る恐るかけてみると、一筋の赤い糸が左手の薬指から伸びているのが見えるようになった。
(これが、赤い糸……)
その赤い糸は、目で追えないずっと先まで伸びていて、どこまで続いてるのかも分からなかった。
そうなると、ますます相手が誰だか気になってしまった。
(明日からちょうど連休だし、顔だけでも見てみようか)
そう思った僕は、次の日の朝、始発のバス乗ってその糸を辿った。
***
「あともう少しで着くような気がするな……」
赤い糸を辿るにつれて、糸の張り具合も緩くなるものだから、それでおおよそ相手との距離を測ることができた。
地元を出発してからもう2日といったところだろうか。
正直、最初はここまでして知る気はなかったけれど、引き返すタイミングを逃して今に至る。
あと少しで辿り着けそうな手ごたえはあったが、もう日が暮れてきていたこともあって、その日はもう足を休めることにした。
次の日。
「ど、どういうことだ……!?」
朝起きると、赤い糸が昨晩に増して緩くなっていることに違和感を覚えた。
この糸の先に、何も繋がっていないかのように軽い感触。
まるで、糸が切れてしまったかのようだった。
自分の手元に残った赤い糸を恐る恐る巻き集めてみる。
どれだけ集めた頃だろうか。
数千メートルほどの、長いような短いような糸の端には、小さく折り畳まれた手紙が結びつけられていた。
その手紙には女の子の字でこう書いてあった。
「勝手に糸を切ってしまって、ごめんなさい。
私には、既に大切にしたい相手がいるのです。
貴方も、私のことは忘れて、幸せになってください」
それだけ書かれた送り主の名前も無い手紙。
悔しいとか勝手だとか、そんな事を思うよりも先に、そんなに大切な恋人がいる事を、会ってしまう前に気づけて良かったなと思った。
2人の幸せに水を差しちゃ悪い。
まぁ財布にはちょっと響いたけど。
赤いメガネは処分した。
ついでに、糸束と手紙はライターで跡形もなく燃やした。
灰になっていくそれらを、ただぼーっと見つめて。
それから数年後、俺にもついに恋人ができた。
あんな綺麗な手紙を書く、上品そうな赤い糸の相手とは違って、口を大きく開けて笑うわ、ごはんをモリモリ美味そうに食うわで、まぁ良いやつではある。
数年の交際の末、そんな彼女が妻になる日が来た。
「そういえば、お前の運命の相手って誰なんだ?会ったことあるの?」
「ちょっと、これから結婚って時になんてこと聞くの!」
「いや、だって気になるじゃん!その相手を選ばずに俺を選んでくれたんだろ」
「まぁ、そりゃそうだけど……。そういう貴方はどうなの?」
「俺?俺は……秘密」
「なにそれ!気になるじゃんー!」
あの時の事を話しても笑われそうだったのでなんとなく秘密にした。
「じゃあ私も秘密〜」
まぁ、お互いの運命の相手が誰であれ、今幸せなことには違いないし、どうでも良いんだけださ。
お題『赤い糸』
7/1/2024, 10:00:01 AM