中学生の夏休み。
部活動が楽しくて仕方がなかった私は、1日中練習に打ち込んでいた。
運動部と同じく、私が所属していた吹奏楽部も大会が夏にあったため、この時期はいちばん部全体が盛り上がっていたと思う。
とは言っても、うちの中学は所謂弱小校の部類だったので、朝から昼までのみの練習時間だった。
昼以降も音楽室は開放されていたけれど、残って練習する人はほとんど居ない。
それでも、自分の演奏に自信がなかったのと、早く先輩たちみたいに上手くなりたいと思っていたので、私は、1人残って練習するのが日課になっていた。
「今日も残ってるのか〜。すごいなぁ」
事務作業で残っていた顧問が見回りに来てはそんな風に褒めてくれたのをよく覚えている。
正直、こうやって褒めてもらえるのは嬉しいしモチベーションになった。
だからこそ、コンクールで結果が残せないのが悔しかったけど、着々と演奏の幅が広がっていくのを実感できて楽しかった記憶がある。
そんな、夏の思い出が詰まった母校の音楽室に、今は教師として立っているなんて不思議なもんだ。
まぁ、私は副顧問だから、直接指導するのは、あの時私を褒めてくれた、今は上司の顧問だけれど。
「それじゃ、練習始めようか」
コンクールの結果がどうであれ、この夏が生徒たちにとっていい思い出になるといいな。
そんなことを考えながら、生徒たちの奏でるまっすぐな音に耳を傾けていた。
お題『夏』
体育祭の競技の一つである、クラス対抗大縄跳び。
クラス全員で大きな縄を一斉に跳び、その回数を競うという競技だ。
他の競技は大して練習回数がないのに比べて、この大縄跳びだけは毎年、毎日のように練習させられる。
朝の朝礼の後と昼休み、毎日毎日跳んで、並び順を工夫したり掛け声を工夫したりして、次第に跳べる回数が増えていく。
体育祭前日の学年リハーサルでは、うちのクラスがいちばんだった。
「明日もこの調子で頑張ろう!」
「最高記録を目指そう!」
そうやってみんなで気合いを入れて、いざ本番。
50、51、52……
あと少し、60回を超えたら最高記録だ!
みんなもう足はヘロヘロだし、疲れ切ってたけど楽しそうだった。
それと同時に「今引っ掛かってしまったら」と走る緊張感。
57、58、59……
「60!」
跳び切ったはずだった。
しかし、60を数えたところで縄が止まった。
私の足元で。
(……あ)
頭が真っ白になった。
しばらくして、自分の足に縄が引っかかってしまったこと、そのせいで記録更新にならず、しかも他のクラスに負けてしまったことを理解した。
クラスメイトから刺さる、なんとも言えない視線。
(……あぁ、ここではないどこかに消えてしまいたい)
その後のことはよく覚えていない。
間も無くして競技終了のホイッスルが鳴って、優勝クラスの発表がされたと思う。
後で友達に「正直、足がしんどかったから、みんな誰か引っかからないかなって思ってたと思うし、気にしなくていいよ!」と言われた。
みんなも私を責めたりはしなかった。
それが逆に苦しかった。
あの時の浮遊しているような、沈んでいるような感覚は、多分ずっと忘れられないだろう。
お題『ここではないどこか』
君と最後に会った日のことは、正直、今ではぼんやりとしか思い出せない。
ある日、突然いなくなってしまったから。
明日もまた会えるんだろうと、当たり前に考えていたから。
放課後、毎日近所の野良猫たちに会いにいくのが日課だった。
最初こそ警戒されていたものの、毎日根気よく通って、猫じゃらしなんかも使っているうちに、撫でさせてくれるくらいに仲良くなっていた。
「おはよう〜!みんな今日もかわいいね!」
から始まって、猫じゃらしで遊んだり、ちょっとうたた寝したり。
そんなひと時が宝物だった。
「また明日!」
そう言って、いつものようにその日も別れたんだ。
次の日、同じように会いにいくと、数匹いる猫のうち、雉虎猫だけがいなかった。
その時は、偶然いない日なのだろう思った。
……思い込むことにした。
猫たちは気分屋なので、日によって誰かがいないことなんて、今まで何度もあったのだから。
それでも、心の中にぼんやりとした不穏な感情は残った。
それ以降、その猫に会えることはなかった。
猫じゃらしが好きで、いちばん最初に仲良くなってくれた子だった。
君と最後に会った日に戻れたなら、もっとできることがあったのかもしれない。
お題『君と最後に会った日』
花みたいに繊細で、可愛らしい女の子。
それが、彼女への第一印象だった。
実際、出会って間もない頃の彼女は本当にそんな感じで
普段は落ち着いているけど、時々花が咲いたようにぱっと笑うところとか
理不尽にもグッと堪えてたけど、実は隠れて泣いてる繊細なところとか
多分、そういうところに惹かれたんだと思う。
でも、それは彼女の本当一部に過ぎなかったのだと、後で知ることになる。
「私は、こんなことで折れませんよ」
八方塞がりでどうしようもなくなって、みんな諦めそうだった時、彼女はそう言った。
自分からそんなこと言うような子じゃなかったのに、いつも不安に揺れている瞳が、その時は熱く強く燃えているように見えて、目を奪われた。
普段は繊細で花みたいな彼女。
だけど、それと同じくらい強くなれる優しさを持った、俺の自慢の恋人だ。
お題『繊細な花』
好きな人に気持ちが言えなかった、高校最後の日から1年が経った。
卒業してからもしばらくその人のことは忘れられなかった。
けれど、大学に入学してすぐ、私のことを好きだと言う男の子が現れた。
彼のことはよく知らなかったけど、友達から初めて、お互いを知っていって、気づいたら私も好きになっていて。
正式に付き合い始めた頃には、高校の時好きだった彼のことは思い出さなくなっていた。
記念日にに彼が贈ってくれた、お揃いのネックレス。
嬉しくて一緒に写真を撮って、彼に便乗してインスタのストーリーに載せた。
少ししていいねの通知が来た。
「誰だろう?……えっ」
それは、高校の時に好きだった人からのいいねだった。
「どうかしたの?」
「う、ううん!なんでもない!」
彼氏にはなんとなくそのことは言えなかった。
このいいねにどういう意味が込められていたのか。
卒業してからはどうしているのか。
そんなことが頭に浮かんだけれど、それも今更なことだ。
あの日のことは心残りだけど、今は彼氏と一緒にいられて幸せだから。
もう忘れよう。
お題『1年後』
※2024/6/16『1年前』の別視点