多分、どれだけ静寂で孤独な空間の中だろうと、僕は端っこの方で三角座りをしているだろう。自分に自信が無いとか、引っ込み思案だとか、そういう類の言い訳を超えて、僕は本能的に物事の中心を避ける癖がある。決して誇らしい癖ではないし、何なら本当にそんな癖が自分にあるのかどうかすら、断言できやしない。
中心には必ず強い重力が発生していて、僕がそこで暮らそうとすると、重さで押し潰されてしまう。だけど僕以外の誰かが中心に立った時、重力は全く仕事を果たさず、むしろスポットライトが存在を際立たせてくれる。
中心に立てる人間を羨ましがったり嫉妬したりすることが出来れば、僕にも救いがあったかもしれないけど、実際は遠い存在だと割り切った尊敬の眼差しとか、アイドルに向けるような好意とかしか芽生えない。
静寂の中心に立てる人間が大好きだ。きっと僕とは違って、眩しくて美しくて清廉で信念があって、大きな壁にも立ち向かえるパワーに満ち溢れている。僕は、そのパワーに密かな好意を抱きつつ、名も無き「僕」として時間をやり過ごす。
完全無欠のスカイマン!
スカイマンは、青空のパワーを使って、悪い怪獣を片っ端から葬っていく正義のヒーローさ!
さあ、今日もスカイマンが怪獣をミンチにするぞ!
ん?
どうしたのスカイマン?
どうして泣いているの?
怪獣を倒したくない?
そっか。じゃあ、しょうがないね。
スカイマンは処分して、新しいヒーローを用意しよう。
その名も、コスモマン!
コスモマンは、宇宙の暗黒エネルギーを使って、怪獣をブラックホールに葬るのさ!
さあ、コスモマン!
最初の仕事だ!
スカイマンを仕留めよう!
夜空に浮かぶ月があまりに綺麗だったので、なんとなく手を振ってみたのだが、なんと月が手を振り返してくれた。月の側面にぶっとい腕が生えて、私に向けて、その腕を振ってくる。それからほどなくして、呆気にとられていた私の脳内に、野太い声が響いた。
「やあ、手を振ってくれてありがとう。君の名前を聞かせてくれ」
「え、あ、え、え、えぇ、あ、え」
私はコミュ障だったので、返事ができなかった。
「落ち着いて。いきなり話しかけて、動揺させてしまったね。すまない。今、君の脳内に直接語りかけているんだ。私は月だ」
「あ、え、あ、あああ、え、あ」
「ふふふ、落ち着いて。驚いちゃったね。ごめんね」
「あ、や、え、え、ええ、あ」
「うん、落ち着いてね。大丈夫だから、ね?」
「あ、え、あ、ええ、あ」
「落ち着いて、ほら、落ち着いて。あんまり落ち着いてっ言わない方がいいかな? 余計に落ち着かなくなるよね」
「あ、ああ、え、あ、え」
「ごめんね。そろそろ落ち着いてね。時間制限があるから。話す時間が無くなっちゃう」
「あ、ああ、ご、ごめんなさい」
「うん、大丈夫だよ。それじゃあ名前を教えてね」
「え、ああ、あ、あ、、ご、ごめ、あ、あ」
「うん、時間来ちゃう。せめて名前だけでも教えて」
「あ、ああ、あき、ああ、あ、あき」
「あきちゃん? あきって名前なの?」
「あ、いや、あ、ああ、いや、ごめ」
「ダメだ。時間来ちゃった。じゃあね」
月の声は聞こえなくなった。
それ以降、私は月を見るのが怖くなった。また話しかけられたらどうしよう。コミュ障で、ごめんなさい。
ずっと階段を登っていると、ここが何階建てだったか分からなくなったので、ふと、外を眺めたくなった。
随分昇ってきたので相当、高い位置にいるとは思う。ゴールはあと少しだと思う。
外を確認できる窓はないかと探したら、一つ扉を発見した。扉には注意書きで、こう書かれている。
――――この扉を開いてはならない。あなたは登り続けなければならない。
私は、その注意書きに酷く苛立ちを覚えた。ここには理由がないじゃないか。私が登り続けなければならない訳を書かないまま、どうして行動を指示してくるのか。
しかし、どうもその注意書きは黄色い板に太字で書かれており、無下にするには警告色が強すぎるものであった。
どうしたものかと悩んだ末、私は扉をノックしてみた。
「誰か入ってますか?」
返事があった。
「入っているのはお前だぞ」
さて、本日の授業ではペンギンについて学びますよォ! 田中くん! ペンギンには、ある大きな特徴があります! それは何でしょう!
あ、僕知ってますよ。ペンギンは鳥類だから翼があるのに、空を飛ぶことが出来ないってやつですよね。
ブブー! 不正解!
えっ? 違うんですか。
はい。田中くん、私が言おうとした答えを当ててしまったので不正解! くたばれ!
理不尽。
さて、田中くんのせいで今回の授業は、もうお終いです! 皆さん、田中くんに盛大な拍手をお願いします。
――――パチパチパチパチパチパチ
先生、僕、不登校になりますよ?