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4/19/2023, 2:30:37 PM

「無理だ」
「分かんないだろ。技術の進歩は目覚ましいって言うし、今だってフォアサイトは正確だ。誤差は〇.一%以下」

 ひとつ、ふたつ。
 モニタの中に現れたワイヤーフレームは二秒後に現れる敵機。
 照準を合わせてスイッチを押せば、ビームが貫くのは形のない未来像ではなく実体だ。現代の戦車乗りは、未来予測と実像を同時に見ることが求められる。

「フォアサイトは神懸かり的な未来予知じゃない。ビッグデータから、可能性の高い動きを予測してるに過ぎない」
「でも、莫大なデータが集積できれば、同じロジックで未来の予測が可能かも……別に本気で言ってるわけじゃないんだ。たとえ話だよ。本題はこれ『一年後の未来がすべて見えたら』あなたはどうする?」

 相棒の実に滑らかな軽口に、俺は思わずため息をこぼした。

「一年中、答え合わせし続けるなんてごめんだよ」
「『狙った未来、知りたい事実だけ見られるなら』?」

 正確な射撃が狙い澄まして敵機を刺し貫く。
 戦況は、ごくよろしかった。こんなふうにどうでもいい話ができるほど。フォアサイトの映像は正確に二秒後。それ以上先のことが見られるとしたら。

「この戦争が、ちゃんと終わってるかどうか」
「その頃には終戦して平和になって、結婚して嫁さんをもらってる、とか言われたりして」
「『フォアサイトでは、俺は来年には嫁さんをもらってる予定なんだ』?」
「新しい死亡フラグだ」

 相棒は笑った。
 戦闘は恐らく、あと十数分と言うところだろう。人間にも、その程度の予測はできる。

#もしも未来を見れるなら

4/18/2023, 11:30:07 PM

細い手がするりとカップを取って、紅茶の湯気の温かさを小さな鼻先で確かめ、少しだけ口にして美味しいと笑う。

おいしいわね、このお茶はなんというお茶?
ダージリンですね。今朝届いたばかりの新しい茶葉で、インドで作られたものです。

なんということのない会話。
まだ茶葉の名前も覚えていない、いとけない彼女の質問はこう続く。

へえ、じゃあこのお茶は、どんな色をしているの?

待ち受けていた私は手に持っていた辞典を開く。

小豆色……いや、褐色でしょうか。橙が濃く、鮮やかです。秋摘みの紅茶ですので、春のものより濃く、味が強くでるのです。

褐色、褐色。

彼女は口の中で言葉を繰り返し、思い出そうとするように目をまたたかせた。私の方に顔が向けられる。

それって、私の髪の色と同じ?
ええ、お嬢様の方が少し軽やかで色が薄いですが。
なら、私は今、じぶんとおなじ色の紅茶を飲んでいるのね!

大発見のように喜ぶ彼女のその目は、紅茶のカップを正確には覗き込んでいない。

そうだ、私の服は今日はどんな色? いつもとおなじ青色?

彼女の問いは矢継ぎ早に続く。
私は彼女の世界に少しでも彩りをつけるべく、辞典をめくった。

#無色の世界

4/17/2023, 1:02:39 PM

「2,000年だぞ」
「2,000年ですか」
「確かに桜の散る姿は美しい。残る桜も散る桜と歌われるように、桜の咲き誇る時間は短く、夏を前にしてすべての花は消えてゆく。
 しかし、桜は樹木。樹齢が2,000年に届くものもある。桜はすべて散るが、次の年には同じように咲き誇る……そう考えると、儚さを見出すのは何か違うような気がしてこないか? むしろ、1年にいちど大盛り上がりする、そう、パリピ的な感じさえする」
「死語じゃないですか、それは」
「桜よりも言語の方が儚い」

 俺は深いようで浅いことを言う先輩の横顔を見つめる。
 どういう流れでこんな話になったのかは忘れてしまったけれど、先輩にしては無理に捻り出した逆張り論理、という感じが否めない。
 そこを後輩としてどのように反応するべきかを目を泳がせて少しの間考えて、ふと思い出す。

「そういえば、この前ネットの記事で読んだんですけど、植物ってストレスを感じると悲鳴を上げるらしいですよ。超音波で」
「超音波?」
「トマトとか、実を収穫される時なんかに特に大きく声を上げるらしくて。
 樹木は一個の生命体ですけど、花も受粉して実になるわけですから、それに付随した小さい命かも知れないじゃないですか。
 そう思うと、桜が散る姿も儚く……」

 瞬間、脳裏に再生される散っていく桜の花たちの奏でる、超音波の大合唱。

「……ならないな、違いましたね」
「お、悲鳴を人間が聞けるように加工した音があるらしいぞ。聞いてみるか?」

 俺の返事を待たずに、先輩はスマートフォンでその音を再生する。ぷちぷちと泡の弾けるような音声は、なるほど断末魔のようにも聞こえる。
 カバンの中に、昼飯に買ったあんパンが入っているのを思い出して、俺は唇を曲げた。
 カバンの中には桜の死体が埋まっている、というわけだ。

#桜散る

4/16/2023, 10:46:33 AM

鶏が頸を落とされて、夜の祝いのために軒先に掲げられた。
看護婦に揺らされ叩かれて、赤ん坊がようやく泣き声を上げた。
幼い妹の手を掴んで引きながら、煙と火の匂いのする中を何時間も歩いた。
逃げ水の見える猛暑のなか、日陰の中に自販機を見つけてスポーツドリンクを買った。
のんびりと泳ぐ魚が触腕に触れて、あっという間に口の中へ引き摺り込まれた。
赤い夕日が落ちる最中、巣穴にネズミが逃げ込み、そのあとに狐が顔を押し込み、息を吹き込んだ。
溶けた氷がからりと音を立て、風鈴が涼やかに鳴った。
吹き荒ぶ雪から逃れて穴の中へ身を潜らせ、チョコレートを齧った。
チョークの粉が舞い散って、馬鹿にするような笑い声がけたたましく教室の中に響いた。
数秒前にビルだったものは今や瓦礫になって、全身が千切れたように痛んだ。

家のベッドで横になり、スマートフォンの画面を見ている。

#ここではない、どこかで

4/15/2023, 11:35:59 AM

頭のなかでは言葉が渦巻いていて、言いたいことがいくらでもあったのだ。

なのに、相手を傷つけないようにとか、正しく伝えようとか、自分の認識が間違っているかもしれないとか、そういうことを考えてゆくと、大量の言葉からどんどんと削ぎ落とされていって、気がつけば何も言えなくなっている。

黙ったまま、恨めしげに見つめることしかできない。
何か話さなければ伝わらないのに、削ってしまった言葉はもう戻ってこないのだった。

あなたは怪訝そうな顔をしてる。

#届かぬ思い

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