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2/5/2024, 2:28:00 PM

どろり、とこぼれ落ちた。べちゃり、と地面に叩きつけられるように落ちたそれは、生臭くて、汚くて、なんだこの気持ちの悪いものはと蔑むように見下ろした。ちょうど心臓のあたりがぽっかりと空いていて、あれ、と首を傾げる。
ドロリ、とまた溢れ出す。びちゃびちゃと地面を汚して、足元にはすっかり黒い水たまりが出来ている。その水面に写るのは大嫌いな彼奴の姿だった。

2/4/2024, 2:23:16 PM

唇を突き出すのが彼女の癖だった。キスをしてほしい、という可愛らしい合図を見てみぬふりをする。だって忙しい。繁忙期で、可愛らしい恋人にかまけている余裕はない。彼女との平穏な暮らしの為には金を稼がなければならない。不条理極まりないが、これも社会人となってしまったからには社会と会社に迎合する他はないのだ。
「ねえ」
とジャケットを控えめに引っ張ってくる彼女の薬指の根本で、先日渡したばかりの指輪が煌めいている。横目で彼女を見やれば、やはり艷やかな唇を突き出して、不満げにこちらを見上げていた。
「ちょっとだけ、それであたしも頑張れるから」
彼女だって繁忙期で疲労している。同じ量の仕事を熟しているのだから当然だ。
「トイレに行こう」
「いいの?」
「私もしたいから」
そういって彼女の顎のラインを指の背でなぞる。うっとりと目を細めた彼女が、うふふ、と笑う。

2/3/2024, 4:31:13 PM

百年先も愛を誓った歌があったが、実際千年も生きてみれば人の命は儚いもので、瞬きをする間もなく死ぬのだ。築き上げた記憶は砂のように崩れ去り、「昔話」として語り継がれることなく己の中の片隅に仕舞われていく。果たして自身の隣でいつもニコニコと笑っていたものは何だったか。顔も、声も、匂いも、仕草も、忘れてしまった。
瞬きをしている合間に流行が変わり、欠伸をしている合間に世代が変わる。長く生きることは退屈であると思っていたが、目まぐるしく変わる景色は見ていて楽しい。しかし同じ景色を見て、笑いあえると信じた相手は一晩経たぬうちに老いて死んだ。
儚いものだ。
しみじみと思う。愛を誓ったならば同じぐらい生きてほしいものだが、無理難題、諸行無常、人という生き物は短命で、脆くて、それでいてただでさえ短い一生を死に急ぐのだからなかなかどうして面白い。

2/2/2024, 3:25:57 PM

「この花が好き」
そう云ったのは誰だっただろうか。母親だったか、それとも隣に住んでいた幼馴染だっただろうか、はたまたクラスが一緒だった影の薄い同級生だったか。小さな花弁が北風に吹かれて、今にも散ってしまいそうなか弱い見た目をしているが、以外にも図太いらしく花弁一つ土の上には落ちていない。耐寒性に優れた花ではあるが、花期は春頃だったように記憶している。
めずらしい。
しげしげと眺めて、はて、どうしてそんなことを知っているのかと不思議に思う。園芸に興味はないし、花に関心があるわけでもない。なのに、なぜ。
「花言葉って知ってる?」
ああ、そうだ。誰かがこの花を育てていたのだ。しかし、それが誰だったのか思い出せない。致命的だ。姿も、声も、覚えていない。だというのにこの花に感する記憶だけは一丁前に覚えている。

勿忘草、花言葉

調べてみるとすぐに検索結果が出てきた。あっ、

2/1/2024, 1:55:21 PM

キコキコ キコキコ
ぶらり ぶらり
夕暮れに一人 影を見下ろす
黄昏れた 草臥れた男の
「働きたくない」
という戯言を 嘲るようにカラスが鳴いた
ついた足で後退する
地面を蹴って 鎖を揺らす
ぐらり ぐらり
振り子のごとく
最高点にたどり着いたら
飛んでみようか
そんな勇気もないくせに
思考ばかりは一丁前の
くだらない人生を 嘲るようにカラスが鳴いた

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