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5/11/2026, 2:25:33 PM

差し出されたアイスを受け取り、包装を剥ぐ。チョコレートでコーティングされたそれは、歯を立てるとパリパリと小気味よい音をさせ、舌の上で溶けていった。
夏である。暦の上では未だ春らしいが、気温は二五度を超え夏日を記録していた。立派に夏である。疑いようのない夏である。何が春だっていうのか。いい加減にしろ。悪態を冷たいアイスで飲み下し、私はようやく言葉を発した。
「アイスクリームはやっぱり最高だな」

5/10/2026, 2:58:52 PM

虫ピンに刺された白い翅が一等美しいと思った。もう宙を舞うことは出来ない翅が、額の中に均等に並べられている様が、世界中の何よりも美しいと感じた。
「その辺を飛んでいるモンシロチョウでもかい?」
「そりゃあモチロン」
胸を張って頷く。どんな蝶であろうとも、額の中で虫ピンに刺され、飾れている様が美しいのだから、希少性や、翅の紋様など、関係ないのだ。

5/9/2026, 3:11:39 PM

 まぶたの裏に張り付いている景色がある。
 それは、幼い時分に起こった凄惨な事件だった。母親だった女と、父親だった男が、うつ伏せになって倒れていた。白いブラウスと白いワイシャツが、酸化した血液によって汚れてしまっていた。それを見下ろしている姉は、丸い頬を紅潮させて、うっとりと目を細めている。こちらを振り向いて、

「もう、大丈夫。怪獣はもう死んでしまったわ」


 そっか、そうなんだ。姉が云うのなら間違いはないのだろう。私も目を細めた。舞い上がり、姉の側へと駆け寄った。手を伸ばした。

 その手が、姉に届くことはなかった。その景色が、どうしても忘れられないのだ。いつまでも、ずっと、まぶたの裏に焼きついて、

5/3/2026, 2:43:42 PM

指切りをした。足元にある、掘り起こされた土を見おろしながら、軽快な口ぶりで「嘘ついたら針千本のーます!」と唱える。離れた小指を恋しく思いながら、傍らに転がる麻袋を引きずって、穴へと落とす。
「一生ものの思い出だね」
「一生ものの約束だね」
見つめ合って、笑い合って、掘り返した土を元に戻していく。湿った土の匂いが、肺腑を満たす。

5/2/2026, 3:25:20 PM

 その優しさだけで救えると思っていたのだ。思い返せば傲慢にもほどがある。けれど、優しさで誰かを救えると微塵も疑わず、誰彼構わず手を差し伸べる彼のことを、信じていたのも事実だった。若さゆえに、その優しさだけで、きっと救われる人がいるはずだ、と。盲目に、愚直に、信じていたのだ。

 嗚呼、私はなんて愚かしかったのだろう。

 現実が少しでも見えていれば、彼のことを殴る勇気がほんの少しでも持つことができれば、彼が人間の醜さの中で息を引き取ることなどなかったというのに。彼の優しさに依存し、縋り、そして踏み躙ったのは、他ならぬ自分自身であった。その罪悪が、これからも私を苛むだろう。それで良いと思っている。だから、目の前の前で穏やかな笑みを浮かべる、君は消えてくれ。

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