唇を突き出すのが彼女の癖だった。キスをしてほしい、という可愛らしい合図を見てみぬふりをする。だって忙しい。繁忙期で、可愛らしい恋人にかまけている余裕はない。彼女との平穏な暮らしの為には金を稼がなければならない。不条理極まりないが、これも社会人となってしまったからには社会と会社に迎合する他はないのだ。
「ねえ」
とジャケットを控えめに引っ張ってくる彼女の薬指の根本で、先日渡したばかりの指輪が煌めいている。横目で彼女を見やれば、やはり艷やかな唇を突き出して、不満げにこちらを見上げていた。
「ちょっとだけ、それであたしも頑張れるから」
彼女だって繁忙期で疲労している。同じ量の仕事を熟しているのだから当然だ。
「トイレに行こう」
「いいの?」
「私もしたいから」
そういって彼女の顎のラインを指の背でなぞる。うっとりと目を細めた彼女が、うふふ、と笑う。
2/4/2024, 2:23:16 PM