これを、と手渡された小さな箱に首を傾げた。小綺麗に包装されたそれは日常的に貰うには気張りすぎているし、記念日の贈り物としては控えめに見える。何より軽い。
「開けてみて」
促されて、リボンを引っ張る。するすると解けていったリボンを楽しげに見つめて、彼女はうふうふと笑う。包装紙を剥がし、姿を表したのは白い無表情な箱だった。さあさあ、と先を急かされるままに蓋を開ける。
「何も入ってないじゃん」
「そう、まだ何も入ってない」
「まだ?」
彼女は目を細めたまま、細い、しかして柔らかな腕を首に絡めてきて、まつげが触れ合いそうなほど顔を近づけてきた。
「これから一緒に入れていくの。嬉しいことも、楽しいことも、嫌なことも。たくさんの思い出を貴女と入れていくの」
彼女はそう云ってピンクに彩った唇を少しだけ突き出した。強請られている。可愛らしいおねだりに応えてあげたいが、それよりもまず彼女の意図を正しく組み取れているかどうかを確かめなければならない。
「ねえ」と自身の上着のポケットからベルベットに包まれた箱を取り出した。「もしかしてわかってた?」
「あら、私の気持ち、ちゃんと届いていたの?」
「もちろん」
また待ちぼうけだ。いくら待っても約束通りの時間に来やしない。駅前の時計塔の下で体を震わせること、かれこれニ時間ばかし経とうとしていた。「久しぶりに遊ぼうよ」と連絡をもらい、浮足立って今日を迎えたというのに何だこの虚しさは。寒さが身に沁みて涙が出そうになる。
涙を拭う方法を知らないのです。あなたの頬に流れる水滴を眺めて、ただ呆然と立ち尽くすことしか出来ないわたしをどうか笑ってください。それでその涙が止まるなら何よりと存じます。笑うことが出来ないというのなら、どうか叱ってください。どうか怒ってください。情けないと口汚く罵ってください。それであなたの雨が晴れるなら、それ以上の幸せはないはずなのです。どうか、どうか、寄り添うことしか出来ないわたしにだけは、あなたの想いを聞かせてほしいと願うのです。
ワン、とひと鳴き。
か細い鳴き声だった。言葉が交わらないことがどうしようもなく悔しくて、もどかしかった。伝えたいことがあるのに、声が出ない。徐々に落ちていく体温を取り戻したくて、毛布に来るんだ体を抱える。もっと一緒に居られるはず、と固くなる体にすがりつく。どこにも行かないで、ずっと傍に居て。漏れ出るのは嗚咽ばかりで、言葉にすらならなかった。
のぼりがけたたましい音を立てながら靡いている。北風が強くなるとは聞いていたが予想以上の靡き方に引かざるを得ない。え、これチャリで帰るの? マジ? 帰るまでに風の機嫌が直りますように、と祈りつつ仕事を熟すが、ごうごう、と外の風はここぞとばかりにイキリ散らかしている。気づかぬ間に紅葉を終えていた枯れ葉が、強風で舞い上がり窓にぶつかる。かさり、乾いた音をさせては落ちていく。何度も、何度も、ぶつかり、落ちる。木枯らし一番なんて優しい表現は改めた方が良い。強い北風が、台風がごとく駆けていく。ああ、いやだな。明日からコートを着なければならないなんて。
注いだ分だけ、分け与えた分だけ、返ってくる。自分にとって愛情とはそういうものだ。無償の愛なんてものは存在しない。どんな聖人であろうとも、人は少なからず見返りを求めてしまう生き物である。