不動の星を眺めながらホッキョクグマはため息をついた。
自身がじわじわと凍っていくような北極の世界で、彼は孤独を噛み締めていた。
ホッキョクグマは年々数を減らしている。元々群れることのない種族だが、出会う同族が最近明らかに少ない。
朝起きたら隣人が死んでいるということもザラだ。
厳しい自然界で生きていく運命にある限り、当たり前のことである。
彼は生まれつきの寂しがりだった。
群れで獲物を狩り、仲間とご飯の幸せを共有したかった。
父母揃って家族団欒を過ごしたかった。
彼は喉を枯らしたように鳴いた。
「いつか、友達ができますように。」
天帝は静かに彼を見守っていた。
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最近生活が忙しくペンを執る回数が少なくなりました。お題は確認するのですが、ストーリーを練る時間がなく…
そうしている間に、たくさんの素敵なお題を逃してしまったようです。
このアプリは毎年同じお題を出すという噂があるようですが、同じお題だったとしても、その時々によって違う解釈で書いていきたいので、なんとも惜しい気分です。
そこでインスタにこれまで逃してしまったお題で物語をアップしていこうと思います。
これまで書いた物語をアップすることもありますし、違う物語を書くこともあるかもしれませんし、
一般物書きの私の自己満足アカウントでしかありませんが、ご興味がありましたらぜひフォローしてください。
もしこのアプリで他SNSのフォロー促進がマナー違反でしたらご容赦ください。
ID: 0_.kotonoha._0
冬にマラソンをやるなんて一体誰が考えたのか。
体力をつけるためなのか、風邪をひきにくい体づくりのためなのか、もっと過ごしやすい季節でやればいいのに。
普段できるだけ省エネで生きるようにしている私にとっては地獄のようなイベントでしかない。
500メートルを5周。
みんな死んだような顔をしてスタートラインに並んだ。
陸上部が先頭でわんこのように嬉しそうにジャンプしている。
その中に真面目な顔でウォーミングアップをするあいつ。
あーあ、ダサいとこ見られたくなかったのになあ。
ピー!
先生のホイッスルを合図にみんな足を動かし始めた。
空に厚い雲が覆っている。今からでもいいから雨が降って中止にならないだろうか。
1周目
自分の足が土を踏み締めていくのを見る。
人間の足というのは不思議だ。かかとから着地してつま先で地面を蹴って…つま先といえばバレエだけどあれどうやって立ってんだろ…
2周目
走っていると心が無になるというが、私の頭の中はむしろ永遠に喋り続ける。
目に入るすべてから想像が広がる。
まだみんな団子になって走っているが陸上部は半周先にいて表情が見えない。
3周目
そろそろキツくなってきた。
足が重くなってリズムが崩れる。張り付いて後ろを走っていたクラスメイトがこれ見よがしに加速して追い越していった。
順位とかこだわってんの?こんなところまでマウント取ろうとしてるの?
人間の闇を煮詰めたような思考が巡る。
脳みそに酸素が回ってないからだ。そう言い訳した。
4周目
口から入る空気がトゲトゲしている。肺が痛い。
この世の全てに腹が立つ。
もうリタイアしようかな…
その時、後ろからリズム良い息遣いが聞こえてきた。
目の横からあいつが走り抜けていく。
少しだけ目が合う。
早い心臓が大きく飛び跳ねた。
陸上部に1周差をつけられた悔しさよりも隣を走れている嬉しさが勝った。
5周目
あいつの背中はまだ目の前にあるが、どんどん遠ざかっていく。
ただ少しでも近くにいたくて、足を早く動かした。
ねえ、気付いてよ。
心臓が耳の横にあるかのようにドクンドクンと音が鳴る。
いつもそうだ。君はいつも私の視線の先にいるくせに背中しか見えない。
加速の負荷で肺が爆発しそうだ。
足が軽くなる。
ゴールで足を止めると身体中の血液がエネルギーの行き場を失ったように高速で循環する。
座り込んでクラスメイトがゴールするのをただ見つめていた。
辛い思いをしていたのは同じなのに心の中で罵倒したことに心の中で謝罪する。
「最速タイムじゃない?」
突然頭上から話しかけられた。
顔を上げるとあいつがにやにやしてこちらを見ている。
「そう…かも?」
正直タイムなんてどうでもよくて覚えてない。
それよりこっち見ないでよ。前髪もメイクもボロボロなのに。
タオルで汗を拭くふりをして顔を隠す。
「頑張ったじゃん」
ああもう。
心臓の音で聞こえないよ。
「やさしくしないで」
最高の気分だった。
僕の心に春風が吹き荒れて、脳みそのシワというシワから花が咲きそうなほどだ。
あぁ、入学式からずっと憧れていた先輩と付き合えるんだ…
つい5秒前、僕の告白にゆっくり頷いた先輩は笑顔でこちらを見つめていた。
笑顔の奥で僕の反応を観察しているように見えたが、そんなことは今はどうでもいい。
入学式で新入生徒男子全員の視線を釘付けにさせた先輩が僕の彼女になった。
優越感、幸福感、これから始まるバラ色の学校生活。
「先輩!これからよろしくお願いします!」
腹筋に幸せブーストがかかって僕の声が響き渡った。
先輩は少し驚いたように笑った。
「うん。よろしくね。早速なんだけど、付き合うにあたってルールを作りたくて」
確かに。これから長く付き合っていくにはルールも必要だ。先のことまで見据えてくれるなんてさすが先輩だ。
「まず、デートはたくさん。行ってみたいところとかやりたいことがいっぱいあるの。」
願ってもないことだ。毎日先輩と一緒にいれるなんて幸せすぎて死んでしまう。
「2つ目に、写真をいっぱい撮って欲しいの。どんなタイミングでもいいからとにかくたくさん。」
女の子らしくていいじゃないか。先輩は美人だからどんなに寝起きですら絵になるだろう。
「最後のルールは私に優しくしないこと。」
頭の中をはてなが埋め尽くす。
優しくしないなんて無理だろ。
ずっと好きで大切にしたいのに、優しくしないなんてできないし、したくない。
そもそもなぜそんなことお願いするんだ。
「先輩、さすがにそれは」
「これだけはお願い。他のルールは破ってもいいけど、これだけは心からのお願い。」
いつになく、真剣な眼差しで僕の目を貫く。
ここで拒否すれば、交際を取り消すと言い出さんばかりの迫力に気圧されて渋々頷いた。
その日以来僕は文字通り青春を過ごした。
放課後は毎日先輩と一緒にいたし、スマホのフォルダは先輩で埋め尽くされた。
ずっとこの日々が続けばいいのに。
そう思っていた矢先に先輩が消えてしまった。
もともと体が弱かったらしい。大人になるまでは生きられないだろうと。
その時になって初めて彼女の意図を理解したのだ。
彼女はやりたいことをすべてやり切ったし、生きた証が僕のフォルダにある。この世に未練が生まれないように優しくしないでと頼んだ。
冬の空から雪が落ちる。冷たさも十分でないのに。
「帽子かぶって」
灰色のパーカーとサイズの合っていないジーンズ。
顔の2/3を覆うほどのマスク。
真っ黒なサングラスを手に取ったが、さすがに不審者すぎて目立つと思い、帽子を被った。
家という安全圏を一歩出ると、自分がどれだけ服を着ていても裸にされたような気分になる。
職業病か、誰もいないのに全ての方向から視線を感じて、無意識に背筋が伸びる。
迎えの車はどこだ…?
スマホを頼りに路地裏の怪しそうな車を探す。
不自然な遮光ガラスの車を見つけるとすぐに乗り込んだ。
「お疲れ様です。今日は…」
運転手はこちらをまったく見ずに淡々と手帳を読み上げる。
もし私が影武者だったらどうするのだろう。
ありえない妄想をしながら車の外を見る。
今日は桜が勘違いしそうなほど暖かい。
雲一つない青空だったが、遮光ガラスから見る青空は低く狭かった。
本当は高く鮮やかで美しいはずなのに、そう見えない。本当の空を知っているからこそ虚しい。
「聞いてますか?」
バックミラー越しに鋭い目が合った。
「あ、すみません。」
反射で謝ってしまった。ちゃんと聞いていたのに。そもそも読み上げるほどのスケジュールなんてほぼ無いに等しいだろう。
「今日は雑誌の撮影だけです。春のコーデ特集で名前は一応載せてもらえるそうですが、3コーデのみの撮影になります。」
だけ、のみ、限定的な表現が耳に障る。
冷めた目がまたこちらをのぞいて、ため息が聞こえてきた。
「日焼けだけはしないようにしてくださいね。」
太陽のようにまぶしい世界に憧れて飛び込んだ世界は、美しい神たちの戦場だった。
人間の私はそんなオリンポスの空気に馴染めなかったが、神への憧れを止められず山にしがみついた。
ただ、もう太陽が痛い。自分の惨めさが浮き彫りになって足を引っ張る。
私はすべての視線と光を避けるように帽子のつばを下げた。
「透明な涙」
天使の涙は宝石だ。
何年かに一度雨と共に落ちてきて、それはそれは高く売れるそうだ。
いつものように母の薬を作るために森へ薬草を取りに行った。
昔は優しい母だったが、腰を痛めてしまってからは怒りっぽく鬱々としている。
母が心配なのは本心だが、優しかった母の面影が薄れていくようで悲しい。
分厚い雲が空を覆って雨が降りそうだ。
急いで森を進んでいると森の奥からドスン、という地響きが聞こえてきた。
広い森だ。人なんて滅多に立ち入らない。大きな動物もいないはずだけど…
不安と興味が天秤に生まれ、興味が勝った。
森の奥は滝が流れていて小さな湖があった。
小さい頃は夏に母と水浴びをしたものだ。
ずいぶん長い間来ていなかったから木や藪がすっかり伸び切っている。
記憶を頼りに鋭い葉や枝を掻き分け進むと、目の端で大きな白い羽が見えた。
まさか…。自分を信じきれずに目を凝らす。
白い髪の毛。こちらを見つめる宝石を散りばめた少女の目。
本物の天使だ。
同じ年頃の少女のように見えるが、現実離れした美しさがこの世のものではないことを示している。
少女は恐怖で怯えているようだった。
ガラスのような瞳がふるえている。
弱いものを見た時、人間は2種類に分かれる。
ひとつは庇護欲が湧き、全力で守ろうとする者。
もうひとつは残虐なほどまでに支配しようとする者だ。
天使の目に溢れる宝石がきらきらと輝く。
「ねえ、怖くないわ。大丈夫。ここは寒いでしょ?私の家においでなさいよ。」
できる限りの猫撫で声を奏で、目線を低くして警戒心をほぐす。
天使は何も答えない。
早く帰らなきゃ。お母さんが心配してる。でもこの宝石を売れば何年も安心して暮らせる。いいお医者様に診てもらえるかもしれない。早く、はやく。
「どうして泣いているの?」
鈴のように響き渡る声だった。
「え?」
涙など流していない。むしろ警戒心を解くために微笑みを貼り付けていたはずだった。
「心が泣いてるよ」
いつのまにか天使の顔からは恐怖も宝石も消えていた。
湖が懐かしかったのだ。
滝の音とともに優しかった母の笑い声が聞こえてきた気がしたから。
水面に反射する光があの頃と変わらず眩しいから。
辛かった。
変わっていく母を見るのも、見ないふりをするのも。
母への愛が憎しみに変わっていくのも苦しかった。
いつも泣いていた。決して表には見えないように。透明にして。
雲間から光が漏れてきた。
天使は嬉しそうに見上げて羽を広げた。
白い羽は自由を象徴するように大きく眩しかった。
「優しい言葉をありがとう。」
そう言って天使は飛び立った。
きっと残虐な願いはすべてバレていただろう。
だが単純な感謝の言葉が、心の波を沈めていく。
波が引いた後のようにまっさらになった気分だ。
少しスッキリして家に帰ろうとした時、水面の輝きの中で違う輝きを見つけた。
天使の涙が湖に落ちたのだろう。
ガラスのように透明で美しい宝石だ。日にかざすと虹色に輝く。
天使の梯子からは青い空が顔を出していた。