香草

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冬にマラソンをやるなんて一体誰が考えたのか。
体力をつけるためなのか、風邪をひきにくい体づくりのためなのか、もっと過ごしやすい季節でやればいいのに。
普段できるだけ省エネで生きるようにしている私にとっては地獄のようなイベントでしかない。
500メートルを5周。

みんな死んだような顔をしてスタートラインに並んだ。
陸上部が先頭でわんこのように嬉しそうにジャンプしている。
その中に真面目な顔でウォーミングアップをするあいつ。
あーあ、ダサいとこ見られたくなかったのになあ。

ピー!
先生のホイッスルを合図にみんな足を動かし始めた。
空に厚い雲が覆っている。今からでもいいから雨が降って中止にならないだろうか。

1周目
自分の足が土を踏み締めていくのを見る。
人間の足というのは不思議だ。かかとから着地してつま先で地面を蹴って…つま先といえばバレエだけどあれどうやって立ってんだろ…

2周目
走っていると心が無になるというが、私の頭の中はむしろ永遠に喋り続ける。
目に入るすべてから想像が広がる。
まだみんな団子になって走っているが陸上部は半周先にいて表情が見えない。

3周目
そろそろキツくなってきた。
足が重くなってリズムが崩れる。張り付いて後ろを走っていたクラスメイトがこれ見よがしに加速して追い越していった。
順位とかこだわってんの?こんなところまでマウント取ろうとしてるの?
人間の闇を煮詰めたような思考が巡る。
脳みそに酸素が回ってないからだ。そう言い訳した。

4周目
口から入る空気がトゲトゲしている。肺が痛い。
この世の全てに腹が立つ。
もうリタイアしようかな…
その時、後ろからリズム良い息遣いが聞こえてきた。
目の横からあいつが走り抜けていく。
少しだけ目が合う。
早い心臓が大きく飛び跳ねた。
陸上部に1周差をつけられた悔しさよりも隣を走れている嬉しさが勝った。

5周目
あいつの背中はまだ目の前にあるが、どんどん遠ざかっていく。
ただ少しでも近くにいたくて、足を早く動かした。
ねえ、気付いてよ。
心臓が耳の横にあるかのようにドクンドクンと音が鳴る。
いつもそうだ。君はいつも私の視線の先にいるくせに背中しか見えない。
加速の負荷で肺が爆発しそうだ。
足が軽くなる。


ゴールで足を止めると身体中の血液がエネルギーの行き場を失ったように高速で循環する。
座り込んでクラスメイトがゴールするのをただ見つめていた。
辛い思いをしていたのは同じなのに心の中で罵倒したことに心の中で謝罪する。
「最速タイムじゃない?」
突然頭上から話しかけられた。
顔を上げるとあいつがにやにやしてこちらを見ている。
「そう…かも?」
正直タイムなんてどうでもよくて覚えてない。
それよりこっち見ないでよ。前髪もメイクもボロボロなのに。
タオルで汗を拭くふりをして顔を隠す。
「頑張ったじゃん」

ああもう。
心臓の音で聞こえないよ。

2/9/2025, 3:03:44 PM