「やさしくしないで」
最高の気分だった。
僕の心に春風が吹き荒れて、脳みそのシワというシワから花が咲きそうなほどだ。
あぁ、入学式からずっと憧れていた先輩と付き合えるんだ…
つい5秒前、僕の告白にゆっくり頷いた先輩は笑顔でこちらを見つめていた。
笑顔の奥で僕の反応を観察しているように見えたが、そんなことは今はどうでもいい。
入学式で新入生徒男子全員の視線を釘付けにさせた先輩が僕の彼女になった。
優越感、幸福感、これから始まるバラ色の学校生活。
「先輩!これからよろしくお願いします!」
腹筋に幸せブーストがかかって僕の声が響き渡った。
先輩は少し驚いたように笑った。
「うん。よろしくね。早速なんだけど、付き合うにあたってルールを作りたくて」
確かに。これから長く付き合っていくにはルールも必要だ。先のことまで見据えてくれるなんてさすが先輩だ。
「まず、デートはたくさん。行ってみたいところとかやりたいことがいっぱいあるの。」
願ってもないことだ。毎日先輩と一緒にいれるなんて幸せすぎて死んでしまう。
「2つ目に、写真をいっぱい撮って欲しいの。どんなタイミングでもいいからとにかくたくさん。」
女の子らしくていいじゃないか。先輩は美人だからどんなに寝起きですら絵になるだろう。
「最後のルールは私に優しくしないこと。」
頭の中をはてなが埋め尽くす。
優しくしないなんて無理だろ。
ずっと好きで大切にしたいのに、優しくしないなんてできないし、したくない。
そもそもなぜそんなことお願いするんだ。
「先輩、さすがにそれは」
「これだけはお願い。他のルールは破ってもいいけど、これだけは心からのお願い。」
いつになく、真剣な眼差しで僕の目を貫く。
ここで拒否すれば、交際を取り消すと言い出さんばかりの迫力に気圧されて渋々頷いた。
その日以来僕は文字通り青春を過ごした。
放課後は毎日先輩と一緒にいたし、スマホのフォルダは先輩で埋め尽くされた。
ずっとこの日々が続けばいいのに。
そう思っていた矢先に先輩が消えてしまった。
もともと体が弱かったらしい。大人になるまでは生きられないだろうと。
その時になって初めて彼女の意図を理解したのだ。
彼女はやりたいことをすべてやり切ったし、生きた証が僕のフォルダにある。この世に未練が生まれないように優しくしないでと頼んだ。
冬の空から雪が落ちる。冷たさも十分でないのに。
2/4/2025, 5:14:48 PM