靴を脱いでコンクリートを踊る。
ふわふわして天使になったみたい。
ほら、みんなかわいいって言ってくれるの。
そしたらもっとふわふわしたくて甘いお酒を飲むの。
かわいいでしょ?
今日だけ触っていいよ。髪も首も胸もお尻も脚も、
ほら、幸せでしょ?
朝は嫌いなの。汚いところが丸見えになるから。
ずっと夜ならいいのに。そしたら誰かしら私のそばにいてくれるでしょ。
あなたもそうだと思っていたの。
みんな朝の光に照らされた私になんて興味ないと思ってた。
優しい言葉なんて夜だけのものだって。
気づいたらあなたのことばかり考えてるの。
少し長い黒髪から見える目がミステリアスで好き。ピアスの開いた唇もエッチで好き。
でもあなたはどれたけお金を出しても優しい言葉をくれるだけで他に何もくれないの。
特別扱いしてくれるのにそばにいてくれないの。
ねえもっともっともっともっともっと愛を注いでよ
30XX年6月30日
天気:くもりのち雨
温度:21°
今日は退院祝いにドーム街に行った。
人が多いところは嫌いだけど、車椅子だとみんな避けてくれるから楽だ。
露店がたくさん出ていたから何かのお祭りがあるのかと母親に聞いたら、ロボット革命記念日の前日だからと教えてくれた。
人間とほとんど同じ機能を持ったロボットのおかげで人間の生活はとても豊かになった。かつて蒸気機関が発明されて産業が活発化したことになぞらえて、ロボット革命と呼ぶらしい。
人間とほとんど同じと言っても人間のために生まれたロボットは人権を持たない。
人間のために生き、人間のために死ぬのか。
そう思うと、ちょっと心臓が痛くなった気がした。
僕の心臓はロボットから移植されたものだ。
人間のドナーになれるようロボットは特殊な心臓を持っている。生まれた頃から病院で暮らしていた僕は人間ドナーではなくロボットドナーを選んだ。
人間の心臓よりもロボットの心臓の方が安いからだ。
車椅子が縁石に乗り上げてしまったとき、1体のロボットが助けてくれた。ぼくと同じくらいの背丈で見た目も小学生くらいに見える。おそらくどこかの夫婦の愛玩ロボットだろう。
お礼を言うと、僕の目をじっとみつめてこう言った。
「人間は楽しい?」
僕に言ったのだろうか、
それとも僕に移植された“心臓”に言ったのだろうか。
まるで大人に憧れる小学生のように純粋な言い方だった。
そもそもこんな言葉、愛玩ロボットが学習しているはずがない。
薄ら寒さを覚えて、心臓がドクンドクンと飛び跳ねる。
「いいなあ」
そういうと彼はどこかへ消えてしまった。
ショーウィンドウに映る自分を見る。
ロボットと人間はほぼ同じ外見をしている。
僕の心臓はロボットの心臓だ。
ロボットにももし心があるなら、果たして僕は人間なのだろうか。
「別に優勝目指してたわけじゃねえし」
重い空気を入れ替えるつもりだった。
青春の最後の日がこんなに湿っぽいのは嫌だと思ったから。
空気は入れ替わるどころか止まってしまった。
「お前、3年間必死に優勝目指してやってきたわけじゃねえのか!?」
「さすがに空気読めよ!」
「俺ら一緒に頑張ってきたのに」
仲間からブーイングの嵐が巻き起こった。
いや、そうじゃなくて…
何を言っても嵐はおさまらない。
「てめえ!二度と顔見せるな!」
3年間の絆はあっけなく途切れてしまった。部室から追い出され、手持ち無沙汰で学校を出る。
思い出が走馬灯のようにぐるぐる頭を駆け巡る。部活は辛かった。やたらと体を痛めつけられて、根性論を叩き込まれた。のんびりと高校生活を過ごすつもりだった俺は早々に入る世界を間違えたことを悟った。
だが3年間も続けてきた理由はあいつらだった。
確かに俺は優勝とかどうでも良かった。たかが部活の大会で優勝したところで何になる。
ただ、あいつらが優勝したがってたから頑張ってただけだ。やっと終わったんだ。
ちょうど校門を出ようとするときに顧問と鉢合わせた。
「反省会は終わったのか?」
「いや…」
空気読めなくて追い出されました、なんて最後の最後に言えるわけない。
「試合終了の時のボール」
顧問の声が柔らかくなる。
「あそこで点を取っていたとしても、どうせ負けてた。お前なら分かってたよな?
いつも冷静に試合の盤面を見てたんだから。
どうして諦めなかった?」
ボールを捕らえた時に聞こえたタイムアップのブザーが甦る。
「1秒でも続けばいいと思って。」
優勝なんか目指してない。部活も早く辞めたかった。
けれどあいつらとの時間を1秒でも長く続けたかった。それだけの思いで体が動いていた。
顧問がいつもの説教の調子で言う。
「なんでもないフリをするな。3年間を無かったことにするな。お前の気持ちを素直に伝えてこい。」
涙がこぼれ落ちる。俺は部室に走った。
ボールに飛びついた時よりも早く体が動いた。
「仲間」「何でもないフリ」
パソコンの再生ボタンを押す。
心臓のドクンドクンという音が耳に届く。
ロードの円を見つめて深呼吸をする。
緊張で全ての感覚が研ぎ澄まされてるからか、見なくても父親が固唾を飲んでこちらを見つめている様子がわかる。
画面が切り替わり、一人の女性が映った。
「初めまして…だね。あなたのママです。」
堪えていた涙があふれだす。
ただ、その姿を焼き付けたくて、涙なんかで邪魔されないよう目を見開く。
「20歳のお誕生日おめでとう。どんなふうに成長してるのかな…。きっとママに似て美人なんだろうね。勉強も得意かな?もしかしたらパパに似て苦手かもね。彼氏とかもいるのかな。」
ふふっとはにかむ。
「あなたが元気でいてくれればママは幸せです。
生まれてきてくれてありがとう。直接言えなくてごめんね。改めて20歳おめでとう!」
ママが死んだのは自分のせいじゃないか。
20年間ぐるぐると渦巻いていた黒い感情が消えた。
会ったことない。話したこともない。他人のように遠い存在だけど、これほどまでに愛を感じたことがない。
父親が頭をなでる。
「ママに似て良かったな。」
アメリカ留学推薦の合格通知を握りしめる。
各大学の成績優秀者のみが参加できる長期プロジェクト。2週間後、私はそれに参加する。
「いつでも帰ってきていいからな。」
声が震えていたような気がした。
「隊長!SOSを検知しました!」
「うむ、場所はどこだ?」
「近くのアパートからです!」
「よし行くぞ!!」
怒号、食器が割れる音、女のすすり泣く声。
小学生くらいだろうか、部屋の片隅でうずくまる少年。昔買ってもらったであろうヒーロー人形を握りしめている。
時間を止める。
少年の背中に希望の粉を降り注ぐ。
悪者を倒せるわけではない。すべての人を助けられるわけでもない。
どうせいつか忘れ去られる存在だ。
ただ、絶望に堕ちる寸前に心の支えになるために。
少しでも希望の種となるように。
大丈夫。まだ諦めるな。
どんなに辛い状況でも希望を持ち続けろ。
ヒーローはいつもすぐそばにいる。