香草

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12/7/2024, 10:37:04 AM

「逆さま」


栗色の髪をいつものようにくるんとさせて、ピンク色のリップを塗る。ほんのりチークを乗せてカラコンをつける。
そしてミサンガをつける。

高校に入学してから仲良くなったグループ。
青春らしい青春が始まったと思った。
グループの中心メンバーが言い出したのが始まりだった。

「うちらだけでミサンガつけようよ!」
「毎日つけてこようね!おそろいね!」

それ以来、ただでさえ息苦しい学校という世界の中で首輪を付けられたようだった。
一度ルールが決まった組織は仲間はずれを許さない。
ミサンガは左手につける。
班を決める時は必ず同じグループ同士で集まる。
カラオケで歌う順番…

明言されない、暗黙のルール。お互いの理解を前提とした超えてはいけない曖昧なライン。
それを守ってさえいれば弁当をみんなで囲んで食べたり、放課後買い食いしたり、理想的な青春が送れるのだ。
ただ、ふと思い出すのが中学の穏やかな時間。
ルールなんて何一つなかった自分の好きな人、好きなこと、好きなものだけで生きていた時代。

今じゃ自分の好きなものが分からない。
こんな面倒くさいルールから抜け出したいという思いがちらつく。

鏡の中の女子高生と目が合う。
頭に声が響く。

ミサンガ逆じゃない?

12/5/2024, 10:54:37 PM

ベッドに滑り込みスマホを見る。ブルーライトが目を焼くけれど触っていないと、世界に置いていかれそうで不安になる。
SNS、動画サイトを順番に巡っていく。私の好みを完全に理解したアルゴリズムの船に乗ってネットの海を駆け巡る。
私には夢もやりたいこともない。これまで特に頑張ってきたことも、得意と言えるようなものもない。
他人から評価されるリアルの世界において、私のような空っぽな人間は無価値だ。求められるのは現状を維持するために動き続ける歯車か金の卵を生むニワトリだ。
生産性のない人間は好きなものを動けなくなるまで貪り食うしかない。
なんて怠惰で最高な人生だろう。
あなたの活躍をお祈り申し上げます。この度は縁がなかったということで…。
世間からお前は無価値だという烙印を押されるたびに感情が消えていく。
好きなことだけで生きていけるほど世の中は甘くないらしいが、厳しかろうとなんだろうと好きなものに囲まれて生きていけるのなら幸せではないか。
誰に言うわけでもないが、言い訳をぶつぶつと考える。
分かってる。好きなものにしがみついていたとしても一寸先は闇だ。明日、明後日、来週、来月、1年後の不安が一生付きまとうのだ。
涙が溢れる。みんなと同じように足並みを揃えて普通に生きてきただけなのにどうして私だけこんなんなんだろう。
鳥の声が聞こえる。カーテンから光が漏れ出す。
涙が重すぎて瞼を閉じた。

12/4/2024, 4:00:20 PM

彼女が振り向いて顔を近づける。
絹のような黒髪がさらりとしなる。
「ねえ、今日一緒にかえろ!」
あ、これ夢だな。
彼女はいわゆる学年のアイドルで人気者だ。
こんな冴えない俺みたいなやつに話しかけるわけないし、ましてや一緒に帰るだなんてカップルみたいなことを提案してくるわけがない。その証拠に彼女以外の景色が水たまりに張った油のようにぼやけている。
あー現実だったら嬉しかったのに。

「おい、寝てるやつ誰だ。」
マッハで瞼を開ける。教壇の上からまっすぐ俺を見つめる先生。背筋の毛が逆立つ。
教室の全員に注目されて何も言えなくなってしまった俺を察したのかすぐに授業を再開させた。
前の席に座る彼女は身動き一つせずに下を向いている。今更になって顔が熱くなる。怒られたのも、授業中に寝ていたのも、寝てたのがバレたのも全部ダサくて恥ずかしい。
存在を消したくて必死に下を向いた。

チャイムが鳴り1日が終わる。
かえろー、部活行くぞー、どっか寄って帰る?みんなそれぞれの放課後に走り出す。俺は彼女をチラ見しながらカバンを取る。急に廊下が騒がしくなったと思いきや、違う色の学年バッチをつけた背の高い男が教室を覗き込んだ。
「あ、いた。帰るぞー。」
男は爽やかに笑った。あれは噂に聞いたことがあるバスケ部のエース。あんなやつと付き合っているやつがうちのクラスにいるのか。
「先輩!」
目の前の彼女が飛び跳ねるように席を立つ。
おい、マジかよ。
クラスの女子がキャーッと騒ぎ立て、男が口笛を吹いて囃し立てる。
あー夢だったらよかったのに。

12/3/2024, 1:02:26 PM

「久しぶりに来たね〜。」
昼のファミレスに溢れる幸せな空気に負けないように言った。
私たちはまだ幸せですよ、と周りにも自分にも言い聞かせるかのように。
「何にするー?やっぱりハンバーグ?好きだもんねー。この前食べたさあ、ハンバーグめっちゃ美味しかったよね。この前って言っても3ヶ月くらい前だけど。」
1秒でも今を続けたくて、ベラベラ喋り続ける。
目は合わせない。冷たい視線を感じるからだ。
その視線を遮りたくて、プラスチックのバカでかいメニュー表を顔の前に掲げる。
「私このパスタにしようかな。」「なあ、」
目が合ってしまった。空気を切り裂くように呼び鈴を鳴らす。
まださよならなんて言わないで。


※他アプリで書いていた話を編集しました

12/3/2024, 12:46:25 PM

人魚の夢は黒く青い。
ぷくぷくと泡を吐き出しながら寝息を立てる。
光が水底でゆらゆらと舞う。
いつか見かけた目に刺さるような色の小さい葉。
あの日は海底の洞窟まで光が強く届き、
黒と青しか存在しなかった世界が見たことない色で輝いた。そのとき頭上でゆらめく葉に気付いたのだ。
地上はこんなに美しい色で溢れているのかしら。
持ち帰ったひとひらは暗い水底だと色褪せて見えた。
人魚は強い光に憧れた。眠りから覚め瞼を上げる。
暗い暗い水底で弱々しくゆれる光ではなく、水面に上がったときに感じた肌を刺すような痛い光。
ひれを小刻みに震わせると水面に向かった。
水と空気の境界を突き破る。空気がずっしりとのしかかり、冬の白みがかった光が人魚をつつむ。
遠い景色の向こうに影が見える。
きっとあそこに行ったら私の見たい世界があるのだろう。
でも泳いで行く勇気がなく、光と闇の境界でぷかりぷかりと浮かぶばかり。

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