休日の朝、ゆらゆらと現実と夢の狭間を揺蕩いながら、布団に包まれているとき、私は幸せを感じる。
特に春の朝。春眠暁を覚えずとは良く言ったもので、ぽかぽかとした朝、心地よい眠りに身を委ねている時の、あの幸福感といったら、他にない。
ただ平日より長く寝て、二度寝なんかしてみちゃったりして、特に生産性もなく過ごしているだけなのに、それがとても幸せで。
平日の朝は仕事に向かうために『起きなきゃ』と義務感で一生懸命眠いのを耐えてなんとかして起きてる自分としては、そんな何でもない小さな幸せでも、すごく大切なのだ。
春のあたたかな陽射しの中、君と2人、土の道を歩く。目の前には一面の黄色。菜の花畑が広がっていた。
不意に風が吹けば、目の前の黄色がふわふわとそよいで波打つ。降り注ぐ陽射しにキラキラとして、少し眩しい。
「綺麗だね」
隣の君が、風になびく黒髪を手で抑えながら、溢すようにそう呟いた。
その横顔は穏やかに微笑んでいて、とても綺麗だ。『そう言う君のほうが綺麗だよ』なんて、この場には野暮でキザなセリフが頭に浮かんだけれど、それは口には出さずに飲み込んで、僕は静かに「うん」と頷いて、繋いだ手をきゅっと握る。それに君は僕の方を見てふっと笑って、それがとても眩しかった。
穏やかで眩しい世界に、君と2人だけになったみたいだ。
春爛漫。風がまた優しく世界を吹き抜けていった。
「食べる?」
そう言いながら、君は白地に七色の豆型の粒が舞う細長い箱を差し出してきた。ジェリービーンズだ。7つの色に7つの味、たしか、フルーツ風味が多かった記憶がある。
「うん」
私は反射的に頷いて、君が差し出す箱のそばに手のひらを差し出した。
君がシャカシャカと箱を振る。すると、中からコロンと水色のジェリービーンズが手のひらへ飛び出してきた。
「ありがと」
そう言って、口にその水色の粒を放り込む。歯で噛み潰すと、甘いような酸っぱいようなどこか炭酸を想起させるような何とも言えない味がした。ソーダ味だ。私は思わず眉を顰める。ソーダ味の菓子は苦手なのだ。これに入っているとは知らなかった。
「あれっ、ソーダ味苦手だったっけ。ごめん!」
君が顔の前で両手を合わせて眉を下げる。私は、君にその顔をさせているのが申し訳なくて、
「平気だよ」
ととっさに笑顔を作って、嘘をついてみせた。のだが。
私の顔を見て、しばらく君は耐えるような顔をしたかと思えば、ついに小さく吹き出した。
「……ふふっ、ごめん、人の顔を笑うとか失礼だってわかってるんだけど、あんまり下手くそな笑顔だったからつい。無理しないで吐き出してもいいよ。それか、お茶飲む?」
どうやら私は笑顔を作るのに失敗していたらしい。君は申し訳無さげにしながらも笑いを抑えられない様子で、自分のリュックからペットボトルのお茶を取り出して私に差し出している。
私はそれを断って、口に残ったソーダ味のジェリービーンズを、そのままゴクリと飲み込んだ。味は多少口の中に残っているが、しばらくしたら消えるだろう。それよりも。
「そんなに変な顔になってたかなあ」
私はひとりごちながら、両手で自分の頬をムニムニと上下に揉んだ。すると、また君から笑いの気配。
「もおっ、またおかしな顔になってるよっ」
君は手で口元を抑えながら、抑えきれない笑いを漏らしていた。
それを見て、私は、頬を上に持ち上げたところで止めて、君の方へ向き合った。そして、目元に力を込めて、三日月型にしてみせる。
「やだっ、わざわざ変顔しないでよー!」
私の狙い通り、ついに君はお腹を抱えて笑い出した。「笑いすぎて涙出てきた」なんて言っている。
その様子を見て、私も楽しくなって、一緒に笑った。
七色の中から偶然飛び出してきた水色のジェリービーンズ。苦手な味のそれが、君のこんな笑顔を見せてくれるとは。偶然もいい仕事してくれるじゃん、なんて思った、春の午後だった。
昨日書けなかった分と合わせて投稿します
(記憶)
真っ赤でまん丸な夕日が見えた。それは、淡い灰色を背景に沈んでいく。夕日にすーっとかかっている雲は黄金色に輝いていた。その風景はずっと見つめていたいほどに美しかった。
生まれてから今日まで、こんな夕日を何度見てきただろう。今日みたいな美しい夕日も、きっとたくさん見てきたのだと思う。それなのに私は、その全てをほとんど記憶していない。どんな色で、どんな形だったのか。そういうことはまるで覚えていない。
ただ、『夕日の綺麗な日があったこと』は確かに覚えている。何度となくその美しさに感動したことも、覚えている。風景そのものを記憶していなくても、感動の記憶が私にはある。そういう小さな感動の積み重ねが、私を今日まで生かしてきたとすら思える。
きっと、日々の些細な記憶が、今の私を作っているんだろう。
――――――――――――
(もう二度と)※工事中
初めてキミと喧嘩した。きっかけはたいしたことなかったのに、すごく大喧嘩になってしまって、キミは「あんたなんて大っ嫌い!!」と言い残して、家を飛び出していってしまった。
付き合って3年、同棲して1年、夢かと疑いたくなるほど穏やかで順風満帆な生活をしていたものだから、キミと喧嘩してしまったことも、「大っ嫌い」と言われたことも、全く飲み込めなくて、オレはしばらくキミが座っていた椅子をボーッと眺めていた。
そんなオレを正気に戻したのは、外から聞こえてきた轟音だった。雷だ。窓にはバタバタと雨粒が当たる音がする。雷雨が来たのだ。
キミは、着の身着のままで出ていってしまった。財布も持っていないし、スマホはテーブルの上だ。オレは喧嘩のことは一旦忘れて、キミのことが心配に
雲り 後日書きます