【きっと忘れない】
私の中にいるあなたの、表情や声や仕草がおぼろげになっても、私はきっと忘れない。
あなたが私を愛してくれたこと。
私があなたを愛していること。
遠くへ逝ってしまったあなたを、思うことはやめたくない。
たまに名前を呼びたい。
返事は返ってこないってわかってる。
それでも、どこかであなたが聞いてくれてるって、信じたいから、私は呼ぶよ。
ねえ、あなた。
愛してくれてありがとう。
大好き。愛してるよ。
【なぜ泣くの?と聞かれたから】
「なぜ泣くの?」とあなたに聞かれたから、
私は「泣いてないわ」って答えたの。
だって、涙なんて一筋も出ちゃいないじゃない。
どうして泣いてるなんてあなたは思ったのかしら。
不思議で不愉快だわ。
そしたらあなたは「強がらないで。話聞くよ」って言ってきた。
はあ?何言ってるのかしら。
私、強がってなんかないわ。
だって、これっぽっちも悲しくないもの。
私は平気。平気なのよ。
だから、その心配そうな優しい顔をやめてよ。
頭を撫でるのもよして。
なぜだか寄りかかりたくなっちゃうから、お願いだから、やめて。
私、一人で立てる女でいたいのよ。
だから、ねえってば。
【泡になりたい】
あたしはブクブクのあわのおふろが大すき。
バシャバシャ手で水をたたけば、あわがいっぱいあらわれて、ふわふわと水の上をおよぐ。
おかあさんが、水の上のあわをこんもりすくって、あたしの手にのせてくれる。
あたしはそれをおもいっきりバッて上へなげてみた。そしたら、おっきなあわのかたまりはふわっとすぐに水の上におちて、そのあとに小さなあわがふわふわと空中をおどった。
ふわふわおよいで、ふわふわおどって。
あわってなんだかたのしそう。
「あたしもあわになってみたぁい!きっとたのしいよ!」
あたしがいったら、おかあさんはフフってわらって、
「確かに楽しいかもしれないわね。でもお母さん、あなたが泡になって人魚姫みたいに消えちゃったら悲しいわ」
って言って、あたしをぎゅってしてくれた。
そっか、あわになったらいつかきえちゃうんだ。
それはやだな。だって、こうやっておかあさんとぎゅってできなくなっちゃうもん。
「じゃああわになるのやめる!」
あたしがげんきにいうと、おかあさんはまたわらって、あわあわのあたしのあたまをやさしくなでてくれた。
【ただいま、夏。】
これをすると夏が始まったなって思うもの、みんなはあるんだろうか。
私にはある。
推しが毎年8月の最初の土日に同じ会場で開催してる野外ライブ。これに参加すると、夏が始まった感じがする。
今年もいつもの会場の前に立って「ただいま」って心の中で呟く。
入場して座席に座ると、吹き抜ける風と虫の声。野外ならではの、自然の演出。
始まったライブで、推しの歌はやっぱり最高で。会場は盛り上がってすごく熱くて。
今年もまたこの場所に、この熱い夏の日に帰ってきたんだって、思った。
ただいま、夏。
また暑くて熱い思い出を、たくさんちょうだいね。
【波にさらわれた手紙】
海水浴に来て、君が海の波と戯れてる様を見ていた。なんてキラキラして眩しいんだろう。
「君もこっちに来なよ!」
って、声をかけてくれるけれど、私は水着姿にも自信がないし、泳ぐのだって得意じゃないし、見てるだけで十分楽しいから、首を横に振った。
そんな私の様子に、君は少し残念そうな顔をするけれど、すぐに海と遊ぶのに戻っていく。
手持ち無沙汰だった私は、砂浜に穴を掘ったりお城を作ったりして遊んだ。そして、その影にひとつ、相合傘を描いてみる。大好きって気持ちを込めた、いわば君への手紙みたいなもの。
この位置じゃ、すぐに波にさらわれて消えてしまうだろう。
今はそれでよかった。私は君が好き。憧れてる。でも、住む世界が違うような、そんな隔たりも感じてる。今この気持ちを告げても、きっと君には届かないから。
案の定、私の描いた相合傘はあっという間に波にさらわれてしまった。私はそれをほんの少しだけ寂しく思いながら、顔を上げた。君が私に手を振っている。
手を振り返しながら私は、眩しく思って君を見ていた。