【言葉にできない】
日常のふとした瞬間にあなたの不在を確かめて
わきあがるこの感情の名前を私は知らない
寂しさよりもっと深くて
悲しみよりもあたたかくて
痛みよりも柔らかで
言葉にならない
言葉にできない
きっと言葉にできないままでいいんだと思う
そのまんまのこの気持ちが
あなたを想うかたちだから
【君の目を見つめると】
会話の合間、君の目をじっと見つめてみる。
視線が交わると、次の瞬間にはその目は細まり、微笑みの形をしていた。
「なぁに、どうしたの、じっと見て」
君がまあるい声で問いかけてくる。
なんか、その瞬間が、堪らなくて。
「えへへ、好きだなあって思ってさ」
思っていたことをそのまま口にすると、君の頬は染まり、目尻もぽっと紅くなった。
「もう、やめて、ふいうち」
少し怒ったような言い方なのは、きっと照れ隠し。
そんなところも可愛い。
少し視線を彷徨わせた君は、また私と目を合わせてくれる。
君の目を見つめると、君は紅い目尻のまま微笑んで、
「わたしも好きよ」
と、口にした。
君の目の奥に、甘い煌めきが見えたような気がした。
【特別な存在】
とあるダンジョン近くの町でのこと。
「お前もう冒険者やめろ。才能ないよ」
傷だらけで帰ってきた私に、彼は言った。
「やだ。やめない」
と、私はいつも通りに返答する。彼はそれを聞いて、呆れたようにため息をついた。
彼と私は幼馴染だ。生まれた日も場所も一緒で、親同士が仲良しで、私達は小さい頃同じ景色を見て過ごした。
それが変わったのは、いつからだったか。
かたや私は低ランク冒険者。有象無象の1人。
対する彼は、次期勇者と目される期待の天才。
ダンジョンに潜る度に傷だらけで帰ってくる私に、彼は毎回「もうやめろ」と言う。
彼から見たら、私は羽虫同然の弱っちい存在なわけだから、言われても仕方ない。
実際、私くらいの実力で限界を感じて冒険者を辞めていった人を私自身数え切れないほど見てきた。
でも、私はやめない。やめたくない。
「なんでそんなに強情なわけ」
呆れた彼が訊いてくる。
私は彼の目をまっすぐに見つめる。
綺麗な青色。才能の輝きを秘めた美しい瞳。
ずっとずっと、憧れている瞳。
「まだ追いかけていたいの」
私は一言、そう答える。
私には才能がない。そんなのわかってる。
彼には絶対追いつけない。無理ってやつだ。それもわかってる。
でも、追いかけたいと、その背に手を伸ばすことをやめたくないと、思うことをやめられない。
ものの分別がつく前から、私はずっと彼を追いかけてきた。彼を追いかけることは、私の存在意義なのだ。
彼は「意味わかんねえ」と言いながら、お手上げのポーズをして、私に背を向け、去っていく。
私はその背中を、見えなくなるまで、じっと見ていた。
【伝えたい】
歌手を志したのは、単純に歌が好きだったからだ。
幼少期から、リズムに乗って、自分の身体で、自分の声で音楽を奏でるのが楽しくてしょうがなかった。
俺の歌う理由は“好き”、ただそれだけだった。。
歌手デビューしてもう5年。
気づいたら“好き”だけではなくなっていた。
“好き”は今も確かにある。むしろ、歌手になってもっと大きく膨らんだ。
でも、今は歌う理由はそれだけじゃない。“伝えたい”という気持ちが加わったのだ。
ステージに立つと見えるたくさんのお客さんの顔。
中には俺の歌を聴いて泣いてくれる人もいる。
ファンレターもたくさんもらうようになった。
俺の歌から感じるものがあって人生が変わったとか、俺の歌に救われたとか、そんなメッセージをもらう。
そうしたら、自然と伝えたい気持ちが湧いてくるのだ。
何かお客さんを応援できるような、人生を歩む中のたった一歩でいいから力を貸せるような、そんな歌を届けたい。
嬉しい時、楽しい時、イライラする時、悲しい時。俺の大切なファンのみんなに、俺は歌で寄り添いたいと思ってる。
その思いを歌で伝えたいんだ。
今日もステージに立つ。歓声に包まれる。
目の前には俺の歌を待っているたくさんのお客さん。
それぞれがそれぞれの人生を生きてる。
俺は俺の歌で、俺の“好き”で、伝えるから。
俺の歌を、聴いてくれ。
【誰もがみんな】
「僕もだよ」
その一言に頭をぶん殴られた心地がした。
だって、全然そういうふうに見えなかったから。
私が君に話した悲しみは、誰にも共感されない類のものだと思い込んでいたから。
何もよりも、見えない悲しみは最初からないものだと思い込んでいた自分に、衝撃を受けたから。
見れば、頷いた君の瞳は涙で潤んでいた。
私達は、涙に濡れた瞳で見つめ合っていた。
悲しみを抱えて生きているのは、君も一緒だった。
私は独りじゃなかった。
きっと、誰もがみんな、何らかの悲しみを胸に戦っているんだろう。
君の瞳を見て、そう思った。