【きらめく街並み】
朝から降り続いていた雨が止んだ。
だんだんと雲が少なくなり、西の空にはやがて眩しい夕日が顔を出した。
空に残った雲は、黄金に染まる。
残った雨雫が、夕日を反射して煌めいた。
まるで街並み自体が輝きを放っているような、美しい光景だった。
それは昼と夜の狭間、数分の出来事だった。
【吹き抜ける風】
夏の日。わたしは草原に立ち、空を見上げる。
雲一つ無く、ギラギラと熱く燃える太陽と、青空が広がるばかりだ。
そう、空はただ青さを主張している。そこには何の影も無い。
わたしはかつて、あの空に浮かんでいた島の住人だった。
内戦が続き、島は地に落ち、現在は地上の観光名所となっている。
わたしは難民として地上の国に受け入れられて、こうして生きている。
草原を風が吹き抜けていく。陽の光に熱く焼かれた肌を、生暖かい風が撫ぜていく。
かつて島にいた頃は、地上に吹く風がどんなかなんて、想像もしなかった。想像しようとも思わなかった。そんな場所で、わたしは生きている。
たまにこうして故郷があったはずの空を見上げても、青空には何の影も無く。
何となくむなしさのようなものが胸に広がった。
この地上で、わたしは生きるしかないのだと、もう故郷は無いのだと、ここに立つと思い知らされる。
わたしはまた、かつての影を探しながら、夏の暑さに額を拭った。
【ささやかな約束】
ちっちゃいお手々の
ちっちゃい小指で
ぎゅってふたりは約束してた
「またあしたあそぼうね」
日常の中のささやかな約束
明日が来たらまた幼稚園で会える
帰り道だって一緒で
きっとまた遊べる
わかってた
わかってたけど
ふたり約束したかったの
小指をほどいて
バイバイって手をふった
ささやかな約束が
宝物みたいだった
【遠い足音】
学び舎の廊下を並んで歩いた。
俺達はあまりはしゃぐタイプではなかったから、ふたりの間にはいつも心地よい沈黙があって、足音だけが響いていた。その時間がとても愛おしかった。
あれから10年。俺達は今、別の道を歩んでいる。
もう2人分の足音が響くことはない。
だけど、あの頃の遠い足音を今も、俺は覚えている。あの頃の愛おしい気持ちを、確かに思い出せる。
それだけで、ひとりでだって歩いていけると、そう思えた。
【cloudy】
みんなの声が聞こえる。靄がかかったような意識の中、私を呼ぶ声が、聞こえる。
私はどうやら仰向けで寝ているらしい。
重たい瞼を必死に押し上げて、目を開く。
ボヤケた視界いっぱいにぐるりと囲むようにみんなの顔が並んでいて、その隙間から灰色の空が見えた。
「勇者様!」
「勇者!」
「勇者ちゃん!」
「勇者さま〜〜!」
みんなが私を呼ぶ。どうしてこんな状況になったんだっけ。頭の靄を払うように記憶を探る。ああ、そうだ。私たち、魔王と戦ってて。最後の一撃を入れようと、渾身の力で、もう身体が砕けたっていいって思いながら剣を振るったのは覚えてる。私は、生きてる。じゃあ、魔王は!?
慌てて起き上がると、目眩がした。頭を抱えながら辺りを見回す。魔王の姿は、どこにもない。
「ま、おう、は」
渇いた喉から声をしぼり出すと、仲間の1人が「勝ったんだよ!俺たちの勝ちだ!」と叫んだ。また、他の仲間が「勇者さまの剣で浄化されて消えちゃったんですよ〜〜!」と答えた。
勝った。勝ったのか。
あり得ないくらい強かった、あの男に。
私は実感が湧かなかった。だって、倒した記憶は私にはない。私の剣が最後、どんなふうに奴を斬り裂いたのか、その感触を、私は覚えていなかった。
でも、奴は消えたのだという。何の跡形もなく。何も残さず。さっきまで互いの信念をぶつけ合っていたはずのあの男は、もう、どこにもいない。
仲間たちは、魔王に勝利したことと、誰も欠けることなく生き残ったことに、喜びの声をあげている。みんな私の背中を叩き、英雄になったのだと笑う。
灰色の空の下、私だけが、勝利に酔えない。
ただ、身体が重い。こんな勝ち方だなんて、思わなかった。長い旅の終わりが、こんなふうだなんて、想像してなかった。
数日後、青空の下、王都で凱旋パレードが行われた。
民たちは皆、私たちを讃え、笑っていた。
それに応えるように貼り付けた笑顔を浮かべながらも、私の心はまだあの灰色の空に囚われていた。
私だけが、あの日消えた男に、思いを馳せていた。