ミキミヤ

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8/6/2025, 8:02:33 AM

【泡になりたい】

あたしはブクブクのあわのおふろが大すき。
バシャバシャ手で水をたたけば、あわがいっぱいあらわれて、ふわふわと水の上をおよぐ。
おかあさんが、水の上のあわをこんもりすくって、あたしの手にのせてくれる。
あたしはそれをおもいっきりバッて上へなげてみた。そしたら、おっきなあわのかたまりはふわっとすぐに水の上におちて、そのあとに小さなあわがふわふわと空中をおどった。
ふわふわおよいで、ふわふわおどって。
あわってなんだかたのしそう。

「あたしもあわになってみたぁい!きっとたのしいよ!」
あたしがいったら、おかあさんはフフってわらって、
「確かに楽しいかもしれないわね。でもお母さん、あなたが泡になって人魚姫みたいに消えちゃったら悲しいわ」
って言って、あたしをぎゅってしてくれた。

そっか、あわになったらいつかきえちゃうんだ。
それはやだな。だって、こうやっておかあさんとぎゅってできなくなっちゃうもん。
「じゃああわになるのやめる!」
あたしがげんきにいうと、おかあさんはまたわらって、あわあわのあたしのあたまをやさしくなでてくれた。

8/4/2025, 12:50:09 PM

【ただいま、夏。】

これをすると夏が始まったなって思うもの、みんなはあるんだろうか。
私にはある。
推しが毎年8月の最初の土日に同じ会場で開催してる野外ライブ。これに参加すると、夏が始まった感じがする。


今年もいつもの会場の前に立って「ただいま」って心の中で呟く。
入場して座席に座ると、吹き抜ける風と虫の声。野外ならではの、自然の演出。
始まったライブで、推しの歌はやっぱり最高で。会場は盛り上がってすごく熱くて。
今年もまたこの場所に、この熱い夏の日に帰ってきたんだって、思った。

ただいま、夏。
また暑くて熱い思い出を、たくさんちょうだいね。

8/2/2025, 1:15:59 PM

【波にさらわれた手紙】

海水浴に来て、君が海の波と戯れてる様を見ていた。なんてキラキラして眩しいんだろう。
「君もこっちに来なよ!」
って、声をかけてくれるけれど、私は水着姿にも自信がないし、泳ぐのだって得意じゃないし、見てるだけで十分楽しいから、首を横に振った。
そんな私の様子に、君は少し残念そうな顔をするけれど、すぐに海と遊ぶのに戻っていく。

手持ち無沙汰だった私は、砂浜に穴を掘ったりお城を作ったりして遊んだ。そして、その影にひとつ、相合傘を描いてみる。大好きって気持ちを込めた、いわば君への手紙みたいなもの。

この位置じゃ、すぐに波にさらわれて消えてしまうだろう。
今はそれでよかった。私は君が好き。憧れてる。でも、住む世界が違うような、そんな隔たりも感じてる。今この気持ちを告げても、きっと君には届かないから。

案の定、私の描いた相合傘はあっという間に波にさらわれてしまった。私はそれをほんの少しだけ寂しく思いながら、顔を上げた。君が私に手を振っている。
手を振り返しながら私は、眩しく思って君を見ていた。

7/31/2025, 8:50:21 AM

【熱い鼓動】

思いっきり自転車を漕ぐ。モヤモヤして叫び出したい衝動も、全部足に乗せて自転車を漕ぐ。

長くがむしゃらに自転車を走らせた先、大きな川の土手で自転車を止めて、青々と茂る土手の緑に大の字に身体を投げ出した。

自転車を漕ぎ続けていたから、息は上がっているし、身体は熱い。その上、真上から照りつける太陽まで熱い。
あーあ、このまま溶けてなくなれたらいいのにな、なんて考えるけれど、そううまくいくなら人生だってもっとイージーモードのはずなのだ。

耳元で、ドクドクと音が聞こえる。自分の血潮の走る音。私の生を熱く主張する鼓動の音。
溶けそうに暑い中、この音を聞いていると、何だかすごく『生きてる』って感じがする。私の身体は生きてる。生き続けようと鼓動を鳴らし続けてる。
そう考えたら、胸が熱くなった。心の中でモヤモヤしてたものなんてクシャクシャに丸めて、何処かへ捨ててしまおう。私は生きてる。きっと明日も明後日も。だから、後悔とか過去のことに囚われてる暇なんかないんだ。

熱い鼓動の音を聞く。私を励ます勇気の音。私を生かしている音だ。

7/29/2025, 9:35:14 AM

【虹のはじまりを探して】※長いです

虹のはじまりには、特別にすごい妖精さんがいて、願いをひとつ叶えてくれるらしい――。

古くからぼくたちの村に伝わるお話。
お星さまになったおかあさんにまた会いたいぼくは、その願いを叶えるために、相棒の犬のチッポと一緒に旅に出た。
虹のはじまりを探して、雨雲の後を追いかける。
晴れた後に、綺麗な虹が出たら、そのはじまりを探して走る。
山あり谷あり、ぼくらの冒険は続く。
虹を追いかけても追いかけてもはじまりにはなかなかたどり着けなくて、苦しかった。だけど、その度にチッポがぼくを励ましてくれた。そばにいて、くるんと巻いた可愛いしっぽを振って、大丈夫だよって言ってくれてるみたいだった。だから、ぼくは頑張れた。

何度目の虹だっただろう。もう数え切れないほど追いかけた先で、ぼくはやっと虹のはじまりを見つけた。
なないろに輝くその綺麗な場所には、小さくて可愛らしい妖精さんがいた。
「あらあら、人間がここに来るなんて珍しい」
妖精さんは目を丸くして言った。
「あの、ぼく、お願いを叶えてもらいたくて、ここに来たんです」
ぼくがそう言うと、妖精さんはニコリと笑った。
「そうなのねそうなのね、あなたのお願いはなぁに?」
ぼくは、ゴクリとつばを飲み込んだ。そして、お願いを言った。
「ふむふむ、お星さまになったお母さんに会いたい?」
妖精さんはぼくの言葉を繰り返す。そして、
「どうしてどうして?」
と不思議そうな顔で言った。
「どうして……?そんなの会いたいからに決まってる!」ぼくは叫ぶ。
「なぜなぜ?会いたいのはなぜ?」
妖精さんはまた不思議そうに訊いてくる。
そこでぼくは言葉に詰まった。だって、会いたいのに、理由なんてない。
黙ったぼくに、妖精さんは優しい笑顔で語りかける。
「あのねあのね、理由のないお願いは叶えられないのよ。理由のないお願いには果てがないから」
ぼくは頭をハンマーで殴られたみたいな気分になった。ぼくのお願いは、叶わない?おかあさんには、もう会えない?
ぼくは足から力が抜けて、その場にへたりこんだ。目からは涙が溢れた。それを、チッポがぺろぺろ舐め取ってくれる。
妖精さんは、ぼくらの姿を見て「うふふ」と笑った。そして、キラキラの虹色の粉をチッポに振りかけた。
「たいせつなごしゅじんさま、なかないで」
チッポがそう言った。ぼくはびっくりして、妖精さんの方を見上げた。妖精さんは楽しげにウインクした。
「ねえごしゅじんさま、ぼくがいるよ。そばにいるよ」
チッポがぼくを舐めながらそう言う。
チッポがいる。そうだった。この旅の間だってそうだったのに、ぼくは今、それを忘れてた。
おかあさんには会えなくても、チッポはそばにいてくれる。そう思ったら、足に力が戻ってきて、ぼくはまた立ち上がれた。
「ごしゅじんさま、だいすき。もうだいじょぶ?」
ぼくを心配そうに見上げるチッポに、ぼくは頷いた。
「ねえねえ、わたしの魔法、気に入ってくれたかしら?」
妖精さんがニコニコ笑っている。ぼくは頷いて深くおじぎをして、
「はい。ありがとうございます。大切なこと、思い出せました」
と言った。
妖精さんはくるくる回って楽しげに笑った。

やがて、虹のはじまりが薄くなりはじめた。妖精さんは、ぼくらに小さく手を振って、空の向こうへ飛んでいく。
ぼくはそれに手を振り返しながら、脇でしっぽをブンブン振ってワンワン吠えるチッポを撫でた。

虹が消えた空は、青く晴れ渡っていた。
ぼくは心の中でもう会えないおかあさんを思った。やっぱりまださびしい。けれど、ぼくは独りじゃない。隣を見ればチッポがいる。

ぼくはまだ、自分の足で歩けそうだ。

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