【特別な存在】
とあるダンジョン近くの町でのこと。
「お前もう冒険者やめろ。才能ないよ」
傷だらけで帰ってきた私に、彼は言った。
「やだ。やめない」
と、私はいつも通りに返答する。彼はそれを聞いて、呆れたようにため息をついた。
彼と私は幼馴染だ。生まれた日も場所も一緒で、親同士が仲良しで、私達は小さい頃同じ景色を見て過ごした。
それが変わったのは、いつからだったか。
かたや私は低ランク冒険者。有象無象の1人。
対する彼は、次期勇者と目される期待の天才。
ダンジョンに潜る度に傷だらけで帰ってくる私に、彼は毎回「もうやめろ」と言う。
彼から見たら、私は羽虫同然の弱っちい存在なわけだから、言われても仕方ない。
実際、私くらいの実力で限界を感じて冒険者を辞めていった人を私自身数え切れないほど見てきた。
でも、私はやめない。やめたくない。
「なんでそんなに強情なわけ」
呆れた彼が訊いてくる。
私は彼の目をまっすぐに見つめる。
綺麗な青色。才能の輝きを秘めた美しい瞳。
ずっとずっと、憧れている瞳。
「まだ追いかけていたいの」
私は一言、そう答える。
私には才能がない。そんなのわかってる。
彼には絶対追いつけない。無理ってやつだ。それもわかってる。
でも、追いかけたいと、その背に手を伸ばすことをやめたくないと、思うことをやめられない。
ものの分別がつく前から、私はずっと彼を追いかけてきた。彼を追いかけることは、私の存在意義なのだ。
彼は「意味わかんねえ」と言いながら、お手上げのポーズをして、私に背を向け、去っていく。
私はその背中を、見えなくなるまで、じっと見ていた。
【伝えたい】
歌手を志したのは、単純に歌が好きだったからだ。
幼少期から、リズムに乗って、自分の身体で、自分の声で音楽を奏でるのが楽しくてしょうがなかった。
俺の歌う理由は“好き”、ただそれだけだった。。
歌手デビューしてもう5年。
気づいたら“好き”だけではなくなっていた。
“好き”は今も確かにある。むしろ、歌手になってもっと大きく膨らんだ。
でも、今は歌う理由はそれだけじゃない。“伝えたい”という気持ちが加わったのだ。
ステージに立つと見えるたくさんのお客さんの顔。
中には俺の歌を聴いて泣いてくれる人もいる。
ファンレターもたくさんもらうようになった。
俺の歌から感じるものがあって人生が変わったとか、俺の歌に救われたとか、そんなメッセージをもらう。
そうしたら、自然と伝えたい気持ちが湧いてくるのだ。
何かお客さんを応援できるような、人生を歩む中のたった一歩でいいから力を貸せるような、そんな歌を届けたい。
嬉しい時、楽しい時、イライラする時、悲しい時。俺の大切なファンのみんなに、俺は歌で寄り添いたいと思ってる。
その思いを歌で伝えたいんだ。
今日もステージに立つ。歓声に包まれる。
目の前には俺の歌を待っているたくさんのお客さん。
それぞれがそれぞれの人生を生きてる。
俺は俺の歌で、俺の“好き”で、伝えるから。
俺の歌を、聴いてくれ。
【誰もがみんな】
「僕もだよ」
その一言に頭をぶん殴られた心地がした。
だって、全然そういうふうに見えなかったから。
私が君に話した悲しみは、誰にも共感されない類のものだと思い込んでいたから。
何もよりも、見えない悲しみは最初からないものだと思い込んでいた自分に、衝撃を受けたから。
見れば、頷いた君の瞳は涙で潤んでいた。
私達は、涙に濡れた瞳で見つめ合っていた。
悲しみを抱えて生きているのは、君も一緒だった。
私は独りじゃなかった。
きっと、誰もがみんな、何らかの悲しみを胸に戦っているんだろう。
君の瞳を見て、そう思った。
【1000年先も】
今から1000年前って言ったら、日本では平安時代らしいよ。
平安時代の1000年先が今なんだって。
なんかすごくない?
世界、めちゃくちゃ変わってない?
今の1000年先って、どんなだろうね。
今流行ってるものとか、最先端のものとか、全部が過去の遺産になっちゃうんだろうなあ。
世界、めちゃくちゃ変わってんだろうね。
1000年先も、人間が生きてて、新しいものを産み出し続けてたらいいなあ。
未来で、いろんなことが変わっちゃっても、続いていくものがあるって想像するとワクワクするもの。
1000年先の未来が見える魔法があったらなあって思うけど、そんなのないから面白いのかも。
見えないからこそ、想像する“今”が楽しいね。
【勿忘草(わすれなぐさ)】
「おい、これやる」
そう言って彼がぶっきらぼうに差し出したのは白い可憐な花だった。
「え?きみが私に花?天変地異の前触れ??」
その行動は普段の無骨な彼の姿からはとても想定できないもので。その唐突さに、私は目を見開いて彼を見つめることしかできず。
「うるさい。いいから受け取れ」
彼がずいと花を顔に近づけてくるので、私は戸惑いながらもそれを受け取った。
見上げる彼の顔は普段と同じ仏頂面で。何を考えてるのか全然わからなかった。
その次の日、彼は唐突に村を旅立った。村人は誰も彼の旅立ちの理由を知らなかった。私だってわからなかった。だから調べた。あの花の意味を。もしかしたら何か分かるかもって。
あの花は、勿忘草(わすれなぐさ)という名前だった。
花言葉は「私を忘れないで」。
意味がわからなかった。急にいなくなっといて、忘れないでって。私と彼は生まれたときからの筋金入りの幼馴染で。家も隣でいつも一緒で。表情が少ない彼は何を考えてるか分からなくて怖いって嫌われがちだったけど、私は逆にそれが落ち着くから好きで。
忘れるわけ、ないじゃん。こんな花なんて残さなくたって。忘れないよ、私。
そうじゃなきゃ、彼がいなくなってこんなに寂しいはずないもの。
数年後、魔王討伐の勇者パーティーが結成されたとの報が王都から届いた。
そのパーティーの勇者は、彼だった。
新聞の一面で相変わらずの仏頂面の彼。
新聞では“クールな勇者”として紹介されていた。
私は少し笑った。あれはクールなんて呼べるものでもないだろうに。
勇者パーティーの活躍は連日報じられ、こんな辺境の村でも彼の活躍を知らぬ者はいなかった。
嫌われがちだった彼は、今や期待の勇者様だ。
また新聞の一面に載っている彼を見て、ふと思う。
彼はどうして私に「忘れないで」なんて花を残したのか。
今なら彼の旅立ちの理由は分かる。勇者として魔王と戦うための修行に出たのだろう。でも、なんで、それを私に伝えずに、花だけ残したのか。
目を閉じて、記憶の中の彼を思い出してみる。
背の高い彼の顔をいつも私は見上げてて、上から私を見下げる彼の顔は仏頂面なのに全然怖くなくって。それはきっと、彼が私に心を許してくれてたからなんだろう。彼と過ごす日々は穏やかで、あたたかかった。
新聞の一面を飾る華々しい勇者様じゃない、不器用で本当はあたたかい彼を、私は覚えてる。
写真の中の彼に語りかける。
「大丈夫、きみのこと、ちゃんと覚えてるから」
届かない呟きは空に溶けて消える。
記憶の勿忘草が、ふわりと風に揺れた。