1月中旬。私、ユカリ、ダイスケの幼馴染3人は、母校である小学校のとある木の下に集まっていた。
この木の下に埋めたタイムカプセルを開けるためだ。
「この木で合ってるよね?」
「アイちゃん、だいじょぶだよ。あってるよ。ね、ダイちゃん?」
「ああ」
3人で確認して、先ほど先生から借りてきた小学生用の小さなシャベルで地面を掘り始めた。
掘ること数分。私のシャベルが、何かにぶつかって、カツンと音を立てた。
「アイちゃん、見つけたんじゃない!?」
「アイ、慎重に掘ってみてくれ」
2人の視線が私の手元に集中する。
私は丁寧に土をどけていって、土の中からジッパー袋に入った四角い缶を取り出した。
「うわ、懐かしいね」
「ああ」
猫の装飾がされたそれは、私たちが10歳の時、埋めたものだった。
授業で『二分の一成人式』なるものをやった私たちは、本当の成人式の時の自分に何か残せないかと考えて、このタイムカプセルを作るに至ったのである。
「ねえねえ、はやく開けてみようよ!」
ユカリは見た目の懐かしさに浸るよりも、早く中が見たいようだった。
私は土を払って、ジッパー袋から缶を取り出し、開ける。袋のおかげか、単なる幸運か、缶は意外と傷んでおらず、中身は無事のようだった。
中から最初に出てきたのは、当時の自分から20歳の自分へ向けた手紙だった。
それぞれの手紙を読んでみると、内容に個性があって面白かった。
私のものはかなり無難な内容だった。要約すると『10年後も元気でいたらいいな』という程度に収まってしまう。
ダイスケは、手紙でも普段の無口さとそう変わらないらしく、ただ一文『夢に向かって頑張っていてほしい』と書かれていた。
ユカリはそれとは対照的に、かなりの長文で、書いてあることも自分のことだけではなく、家族のことや私たち友人のことにまで及んでいた。
手紙の下からは、青い石、野球のバットとボールのキーホルダー、ビーズの腕輪が出てきた。
それぞれが当時大切にしていた、未来に残したいと思った宝物たちだ。
みんなそれぞれのものを手に取った。
私が青い石、ダイスケがキーホルダー、ユカリが腕輪だ。
この青い小さな石は、偶然道端で拾ったものだ。当時の私はとても気に入っていて、すごく大切にしていた。
石を手のひらの上で転がしながら眺めていると、思い出が蘇ってくる。
筆箱の中に入れて授業中に眺めてみたり、家でも学校でもポケットに入れて持ち歩いてみたり。お母さんに見つかって捨てられそうになったときは、大泣きしたっけ。
今こうして見ると、太陽光をキラキラと反射して青く輝く石は確かに綺麗だけども、宝物というほどの代物じゃない。
それでも、あの頃の私にとっては確かに宝物で、未来に残したいと思えるほどのものだったのだ。
そう思えば、この石のことが、愛しく思えるような気がした。
他の2人もそれぞれに思い出に浸っていて、静かな時間が流れた。
しばらくして、ユカリが、どこかカフェでも入って話そうと提案してきた。
私もダイスケもそれに同意した。土を元に戻し、シャベルを返却して、学校をあとにする。
3人で入ったカフェで、あの頃の思い出話に花を咲かせた。つい最近あった成人式のときも同じような話題で盛り上がったのに、話は尽きなかった。
あの頃から時が経ち、それぞれ、宝物と呼べるものは変わった。けれども、あの頃の思い出も絆も、変わりなく私たちの間には存在している。
今の私にとって、それこそが何にも代えがたい宝物なのだと気づいて、世界が前より輝いて見える気がした。
部屋を暗くして、ちゃぶ台の上のアロマキャンドルに火を灯す。
私はその脇にベッドを背もたれにして座った。
目を閉じる。アロマキャンドルから、ふわりとオレンジの香りが漂ってくる。私の好きな香りだ。
金曜日の夜、こうしてアロマキャンドルに癒されるのがここ最近の習慣になっていた。
目を開けば、小さな灯火が不規則に揺れ、部屋を控えめに照らしている。それを見ているのも飽きがこなくて心地良い。
火の下で、蝋が熱で溶けて液状になっていた。
しだいに、私の意識も、ゆらりふわりと曖昧になって、この1週間にあったいろんなことも、意識の深層に溶けて、沈んでいく。
気づかぬうちに強張っていた身体から、余分な力がスーッと抜けて、リラックスしていた。
ゆらりふわりと揺蕩う意識の中、ゆるゆると、明日何をしようかなと考える。
明日は晴れの予報だったから、出かけるのもありだな。駅前に新しくできたカフェに行ってみようか。それとも、部屋の中でまったりと読書でも楽しもうか。
オレンジの香りに包まれて、小さな灯火を眺めて、心も身体も休日モードに切り替わっていく。
ゆっくりとひとつ伸びをして、自分を労った。
引っ越しの為に物を整理していると、棚の奥から腕時計が出てきた。
今からずっと前、スマホどころか、携帯電話すら皆が持っている物ではなかった時代、外出先で時間を確認する手段と言えば腕時計だった。今出てきたこれは、父から貰った物で、俺はとても気に入って毎日着けていた。携帯電話を持つようになって、時間を確認できる手段が他にできても、外すのは寂しく感じて、しばらくは着け続けていた覚えがある。
「固まっちゃってどうしたの?」
腕時計を見つめて昔を懐かしんでいた俺に、同居人の彼女が声をかけてきた。
「ほら、これ。覚えてる?」
俺は、腕時計を彼女の方に差し出して見せた。
「あ!覚えてる覚えてる!あなたのお気に入りだったよね」
「そうそう。すごい懐かしくなっちゃってさ」
時計のベルトをスルリと撫でる。金属製のそれは、少しひんやりして硬質で、鈍く光を反射していた。
「そういえば、私との初デートのときもそれ着けてたんじゃない?」
「ああ、そうだった。俺、あの時ガチガチに緊張しててさ、待ち合わせ場所で何回も腕時計確認したり、無意味に触ったりしてたわ」
勇気を出して誘った彼女との初デート。待ち合わせ時間よりだいぶ早く着いた俺は、この腕時計と共に緊張の時間を過ごしたのだ。
「あなた、緊張すると腕時計触る癖あったよね」
「あー、そうだったわ。何なら今でも緊張すると左手首触っちゃうから、癖なおってないな」
数回デートを重ねて彼女に告白した時、付き合って初めての彼女の誕生日にサプライズプレゼントをした時、一緒に住まないかと誘った時……様々な緊張の瞬間、この腕時計は俺とともにあった。
プロポーズした時には、もう腕時計はしていなかったけれど、左手首を触って腕時計の存在を思い出して緊張を和らげていた記憶がある。
「この腕時計、それだけあなたの中で大きな存在だったのね。心の相棒みたいな?」
彼女が言う。『心の相棒』……か。確かにそんな感じなのかもしれない。
ガラケーからスマホになり、いつの間にか使わなくなってしまっても、棚の奥に仕舞っていても、俺の中にこの腕時計の存在は確かにあったのだと、そう思った。
たくさんの想い出の詰まったその腕時計を、引っ越し先に持っていく箱の中へと、大切に仕舞う。
引っ越しで荷物を整理していると、捨てなきゃいけない物もあって、置いていかなきゃいけない想い出も中にはある。
でも、この腕時計と過ごした想い出は、大切に持っていこうと思った。
遠くの山が色づいて、紅く見える。
一ヶ月前は青々としていたのに。
季節が秋に変わったんだなあ、と実感する。
気づけば、昼も過ごしやすくなって、朝晩は少し寒いくらいになっていた。
あの山の紅がなくなる頃、冬が来る。
空気はグッと冷えて、朝晩は息が白くなる。
冬の季節が深まれば、あの山は雪で白く染まる。
子どもの頃、そんな日には、友達とはしゃいで遊んだなあ、と思い出す。
今でも、白く染まる姿を見ると少し気分が高揚するのは、子どもの頃同じ景色の中を遊んだワクワクが、大人の私の中にも残っているからだろうか。
冬になったら、またあの山は白く染まって、私は子ども心を思い出すんだろう。
そんな時が、待ち遠しく思えた。
私と兄さんは二卵性の双子。私は兄さんが大好きで、兄さんも私が大好きで、生まれた頃から、ずっと一緒だった。
ずっと一緒だった私たちに変化が訪れたのは、5歳の時。
一緒にジャングルジムで遊んでいた私たち。突然下から友人に呼ばれて、応えようとした私は足を滑らせた。落ちる!――目を瞑って落下の衝撃を覚悟した私は、しかし、それを受けることはなく。私の身体と、必死の形相で私の方に伸ばされた兄の右手は、淡く光っていた。
このとき、兄は、念動力に目覚めた。兄は、数十万人に一人の“異能者”と呼ばれる存在だったのだ。
友人から周囲へ、兄の異質さはすぐに広まった。
“異能者”は、国の研究所で研究され、国の為に働くのが定め。はなればなれになりたくなかった私たちは、誤魔化そうと手を尽くしたけれど、強制的に受けさせられた検査の数値という客観的指標が、それを許さなかった。
「いやだ!やめて!兄さんを連れて行かないで!」
研究所の人間が兄の手を引く。兄は、諦めた表情で私に背を向けた。
「やだよ、兄さん、どうしてなの。私たち、ずっと一緒だったじゃない!」
返事はない。悲しい顔をした両親に抱えられ抑えられて、私は兄を追うことはできなかった。
私たちは、はなればなれになった。
それが、15年前のこと。私はこの15年間、独りで生きて、大人になった。
目の前の白く四角い建物を睨む。
“国立異能者研究所”
壁にそう書かれていた。
ここに、兄さんがいる。私は15年間、ここにくるために、独りで懸命に勉強した。私はもう、あの頃何もできなかった子どもではなくなった。
もう、はなればなれはおしまい。
ねえ、兄さん、会いに来たよ。
これからは、ずっと一緒。