【明日世界が終わるなら......】
どういう話の流れだったか。
学校で数人の友人と話していて、
「もし明日世界が終わるなら誰と過ごしたい?」
という話になった。
みんなは恋人とか家族とかペットとか推しとか、いろんなふうに答えていたけれど、私が一番に思い浮かべた顔はそのどれでもなかった。
同じ教室の対角線上。静かに本を読む眼鏡のあの子。私が密かに憧れている相手。
ちらりと視線を向ければ、ちょうど彼女が本のページをめくったところで。長く白い指がするりと紙を動かす様を見て、ドキリとして、視線を戻した。
彼女とは、小学校から同じクラスで進んできた。でも、話したことはない。
外遊びが好きだった私と彼女の間には接点はなくて。なのに、いつの間にか、彼女の凛とした姿に憧れるようになっていた。
別に、好きとかではない。そうなのだけれど、なぜか惹かれる。それが私にとっての彼女。世界の最後の日に共に過ごしたい相手なのだ。
もし明日世界が終わるなら、彼女は誰と過ごすんだろう。世界の最後に、彼女はどんな姿で何をするのだろう。
そんな思考で頭がいっぱいになる。想像が溢れる。
自分でも、話したこともない相手にこんなこと思うなんてどうかしてると思うけれど、もはやこの思考はオートマティックで、制御できない。
「やっぱり家族かなー」
口から嘘の答えを吐きながら、また彼女のことを盗み見る。
ふと、彼女が本から視線を上げて、バチリと目が合う。私は慌てて視線を反らした。
頬が熱い気がして、周りの友人にバレなければいいなと思った。
彼女の目は、なぜか笑っていたような気がした。
【刹那】
目を離した隙に、隣の君が何かに押されたようによろめいて、ホームから落ちる。
とっさに手を伸ばしても、届かない。
嫌だ、そんな、こんな事があっていいのか。
ホームへ滑り込んできた車体とぶつかって、君が、爆ぜる――――。
……
…………
「……どうしたの?」
気づいたら、隣の君が心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。
生きている。確かに息をしている。
あの刹那は……幻?
怖くなって、僕は君の手を握った。君は驚いた顔をする。次の瞬間――
ドンッ
誰かが君にぶつかって、君がよろめいた。
ひやりと背筋に冷たいものが走る。
僕はとっさに握る手に力を込めて、君を引き寄せる。
腕の中に君を閉じ込めて、無事を確認する。
ぶつかった相手は気まずそうな顔をして何処かへ行ってしまった。
君は目を白黒させて、事態が飲み込めていない様子でいる。
「よかった」
心の底から声が漏れた。
「……うう、びっくりした。ありがとう」
やっと状況を把握した君は、はにかんで笑った。
その様子に、愛しさが込み上げる。
僕はそのまま君をギュッと抱きしめた。
照れた君が何事か言っているが、今は構っていられない。
ああ、君はここにいる。
絶望の刹那は、訪れなかったのだ。
【生きる意味】
生まれた意味はわかんないけど、生きる意味はわかるよ。
大切な人たちとの些細な幸せ。
推しが見せてくれるキラキラした景色。
そういうものが、私の生きる意味。
一瞬の間に消えてしまうかもしれない、次の瞬間には闇にいるかもしれない。
それでも、私は、知っているから。
だから、生きていけるの。
【雫】
パタパタ パタパタ
ビニール傘に雨粒があたる
それは傘の上を伝って
雫になって滴り落ちる
雨の夜
君を待ちながら街灯の下それを見る
落ちる雫とは裏腹に
私の心はふわふわと浮き上がって
待った?と君の声
ふわふわの気持ちが喜びで弾ける
足元で雨の雫もキラリと弾けた
【何もいらない】
君を救えるのなら何もいらない、とあの日、そこから先の未来を捧げて、10年前の過去に戻った。
明日で、あれからちょうど10年経つ。
君を滅ぼす原因は取り除かれた。
今、目の前には、君の眩しい笑顔がある。
“あの日”になくしたものが、ここにはある。
幸せだなあ、と思う。
寂しいなあ、とも思う。
明日、私は死ぬ。この幸せを感じることはなくなる。
“あの日”、時間遡行の奇跡を起こす代わりに、ここから先の未来は要らないと、世界に差し出したからだ。
君はこのことを知らない。私が君を救ったのは、私が勝手にやったことで、その影響で私の命が消えることなんて、君は知らなくていい。自分のせいで、なんて思われたら堪らない。
私は、自ら望んで、この運命を受け入れた。
それなのに、この幸せを失うことに、明日より先の日々がないことに、猛烈に寂しさを覚えてしまう。
君の笑顔を取り戻したくて、それ以外は要らなかったはずなのに、矛盾している。
「は?」
ご機嫌に話していた君が、急にぎょっとした顔をする。
私は訳が分からなくて、見開かれた君の目を見返す
ことしかできない。
「何で泣いてんの」
そう言われて初めて、自分の視界が歪んで、頬を雫が伝っていることに気づいた。
「あれ、おかしいな、なんでだろ。わかんない」
私は後から後から流れてくる雫を拭いながら、何も分からないふりをする。
「そんなにこすったら、腫れるよ」
君がハンカチを差し出してくれる。
「ごめんね」
私は受け取って、目に当てた。ハンカチからフワッと君の香りがして、余計に涙が止まらない。
“あの日”は本当に、君を救えるなら何もいらないって思ったのに。
幸せに笑う君の笑顔が守れるなら、それだけでよかったはずなのに。
いつの間にか、これから先を、『もっと』と望むようになっていた自分に気づいてしまって。
勝手で、欲張りで、わがままで、ごめんなさい。
「ごめん、ごめんなさい……っ」
言葉が口からこぼれ落ちた。
ふと、頭の上にあたたかい感触がした。
見れば、君が困った顔で私の頭を撫でてくれていた。
「よしよし。全然何もわかんないけど、大丈夫だぞ〜。泣き止むまでそばにいてあげるから、涙出せるだけ出し切っちゃいな」
優しい声だった。
これまでの君との思い出が脳内を駆け巡る。
愛しい。大好き。
「ありがとう」
自然と気持ちが音になる。
「どういたしまして」
君が微笑む。
大好きな君が、ここにいる。
明日、私の命は消える。
“あの日”から取り戻した幸せを抱えて、もっと先を望みながらも、それでも、私は逝く。
寂しい。苦しい。
けれど、きっと君の人生はその先も続いていくから。
それでもいいと、今は思えた。