前日書けなかった分と合わせて投稿します
(記憶)
真っ赤でまん丸な夕日が見えた。それは、淡い灰色を背景に沈んでいく。夕日にすーっとかかっている雲は黄金色に輝いていた。その風景はずっと見つめていたいほどに美しかった。
生まれてから今日まで、こんな夕日を何度見てきただろう。今日みたいな美しい夕日も、きっとたくさん見てきたのだと思う。それなのに私は、その全てをほとんど記憶していない。どんな色で、どんな形だったのか。そういうことはまるで覚えていない。
ただ、『夕日の綺麗な日があったこと』は確かに覚えている。何度となくその美しさに感動したことも、覚えている。風景そのものを記憶していなくても、感動の記憶が私にはある。そういう小さな感動の積み重ねが、私を今日まで生かしてきたとすら思える。
きっと、日々の些細な記憶が、今の私を作っているんだろう。
――――――――――――
(もう二度と)
初めてキミと喧嘩した。きっかけはたいしたことなかったのに、すごく大喧嘩になってしまって、キミは「あんたなんて大っ嫌い!!」と言い残して、家を飛び出していってしまった。
付き合って3年、同棲して1年、夢かと疑いたくなるほど穏やかで順風満帆な生活をしていたものだから、キミと喧嘩してしまったことも、「大っ嫌い」と言われたことも、全く飲み込めなくて、オレはしばらくキミが座っていた椅子をボーッと眺めていた。
そんなオレを正気に戻したのは、外から聞こえてきた轟音だった。雷だ。窓にはバタバタと雨粒が当たる音がする。雷雨が来たのだ。
キミは、着の身着のままで出ていってしまった。財布も持っていないし、スマホはテーブルの上だ。オレは喧嘩のことは一旦忘れて、キミのことが心配になって、傘を片手に家を出た。
今ごろキミは、濡れて困っていないだろうか、泣いてはいないだろうか、そんなことが頭をぐるぐると駆け巡る。しばらくあちこち駆けずり回って、10分ほど経っただろうか。オレはようやっと、公園の東屋にキミの姿を見つけて、駆け寄った。
雨音に掻き消されないようにキミの名前を大きく呼んで、こちらを振り向きかけたキミをそのままの勢いでギュッと抱きしめた。キミは濡れて冷えていた。それが悲しかった。
「ごめん」
キミが言った。
「ちっちゃなことにこだわって譲らなくてごめん」
「うん、それはオレもごめん」
「大っ嫌いなんて言ってごめん」
「うん」
「飛び出して心配かけてごめん」
「うん」
言いながら、キミはギュッとオレを抱きしめ返してくれる。それがすごく愛おしくて、もしあのまま探しにも行けずにキミがどこかに行ってしまっていたらと考えたら、ゾッとした。
「本当に見つけられてよかった。ねえ、何も持たずに飛び出したりするのはもう二度とやめてね。約束だよ」
「うん。わかった。もうしない」
オレが泣きそうな顔で言ったお願いに、キミも泣きそうな顔をして応えてくれた。
オレは、もう二度とこんなことが起こらないように、いっそうキミを大切にしようと、胸に誓った。
3/26/2025, 9:12:27 AM