ミキミヤ

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12/7/2024, 8:32:26 AM

「益子さん、一緒に帰らない?」

クラス委員の吉川さんと、その友達の伊藤さんが声をかけてくれた。いつも1人でいる私を気遣って声をかけてくれたんだろう。嬉しい。でも――

「結構です。1人で大丈夫なので」

私は、嬉しい気持ちとは裏腹に、拒絶の言葉を口にしていた。
吉川さんと伊藤さんは「そっか……」と言って2人で帰っていく。その背中を見送りながら、私はため息を吐いた。

2人に声をかけてもらって嬉しかった。ありがたかった。本当は、1人でいるのが寂しいと思い始めていたから。
でも、いつも2人で帰っているのに、私も一緒だったら、2人の楽しい時間に水を差しそうで怖かった。
私の言葉はいつも、私の本心をうまく紡いでくれない。
本当は「ありがとう」くらい言いたかったのに、臆病なところばかり出てしまって、ただ拒絶しただけになってしまった。
私の心の中と、口から外に出る言葉では、印象がまるで逆さまになってしまう。
一事が万事こんな感じだ。
素直になれない自分に嫌気が差す。

独りで学校を出て、トボトボと歩きながら、1人反省会を繰り返す日々。
あの2人には悪いことをした。謝りたい。そして、本当は嬉しかったのだと、ありがとうと、言いたい。
明日こそは、逆さまの言葉を紡がないように、勇気を出してみたいと、強く思った。

12/6/2024, 8:23:50 AM

休日の朝、ご飯を食べ終わってスマホをいじっていると、『連載開始から25周年記念!期間限定全巻無料!』と書かれた広告が目に入った。一昔前に流行った作品だった。当時はアニメも放送されていて、評判がよかった覚えがある。私はこの漫画は読んだことがなく、ずっと気になっていた。
広告をクリックすると、漫画アプリに誘導された。ここで読めるらしい。全27巻。私は1巻から順番に読んでみることにした。

気づけば、朝からぶっ続けで読みふけっていた。スマホから目を上げた先、窓の外の日が上がりきっているのに気づいて、慌ててお昼ご飯を作って食べた。お昼ご飯を作っている間も、食べている間も、お行儀が悪いと分かりつつ、スマホ片手にその漫画を読み続けていた。

夕方になり、夜になり、夕ご飯を食べても、私はその漫画の面白さにとりつかれていた。突飛なキャラクター、その関係性、テンポのいいギャグ、人情味のあるシリアス展開……どれも私に刺さるものばかりだった。
今日1日ほとんどの時間をかけて、15巻まで読み進んでいた。このまま読み続けたい欲望をなんとか抑え込んで、風呂に入って明日の支度をし、布団に入る。
明日のアラームを確認して、スマホは枕元のいつもの定位置に置いた。

眠る為に目を閉じる。さっきまで読んでいた漫画のキャラクターやストーリーが頭の中で渦を巻く。先ほどまで読んでいた15巻は、作品内にいくつかあるシリアス長編の1つの、起承転結の転の部分の巻だった。あそこからどんな結末を迎えるのか気になってしょうがない。
読みたい。でも寝なきゃ。読みたい。寝なきゃ明日が大変だ。読みたい。だから寝ろって私!
何度も何度も心の中で葛藤して、私は結局スマホを手にとって漫画アプリを開いていた。
眠れないほど続きが気になるなんて、これほどいい作品に出会ったのは久しぶりだ。だから、もう無理に寝ようとするのはやめて、寝落ちするまで続きを読むことにした。
寝る前にスマホを見ると睡眠の質が落ちるなんてよく言われているけれど、今は知ったこっちゃない。
ページを捲る指が止まらない。漫画の世界に浸ったまま、どんどん夜は更けていった。

12/5/2024, 7:18:02 AM

幼稚園年少さんの頃、人生で初めて将来の夢を訊かれたとき、私が答えたのは『お姫様になりたい』だった。
フリフリのレースの付いたドレスを着て、薔薇の咲いた庭園で優雅に紅茶を嗜む。みんなに尊敬されるお姫様。そういうものに憧れていた。
あの頃は本当に自分でもそういう存在になれると信じていた。現実は、ごく一般的な中流家庭の子どもで、フリフリのドレスとも薔薇の庭園とも縁遠かったのに。

それから30年弱経って、今はごく普通に働いている。
白いシンプルなブラウスに黒いスラックスで、家ではだいたい白湯を飲んで生きている。うちの庭には薔薇の一本も無い。誰かに尊敬される人間になれているとも思えない。
現実は、幼い私が思い描いた夢とはかけ離れている。

幼い頃の夢とはかけ離れた今だけれど、この自分も私は結構好きだ。
毎日一生懸命働いて、休日には友人と会ってお茶したり、趣味のイベントに行ったりする。こんな現実も悪くないと思っている。

お姫様にはなれなかったけれど、それでいい。
幼い頃の夢は大切に心の奥の箱に仕舞って、等身大の現実を私は生きていく。

12/4/2024, 9:28:15 AM

眼前には斃れた1人の男。たった今私が、死に追いやった男。

「全て終わりましたね、エレナ」

静かに私の隣に立つ男・グリムは、その手の中で鈍く光るナイフの血を拭い、懐にしまった。
グリムは、黒髪で黒いシャツに黒いネクタイ、黒いスーツを着ていて、全身黒尽くめの男だ。黒尽くめの服装の中で、服に隠されていない白い肌と、人間離れした赤い瞳だけが、色彩を主張している。

「そうね。私の復讐は終わった。私の家族を殺し、私を陥れた奴らはこれで皆殺し。貴方との契約もここで終わりだわ」

私がそう言うと、グリムはその赤を細めて、妖艶に笑った。

「我が契約者エレナ、俺はこれから契約に則り、貴女の魂をいただきます。いいですか。何もやり残したことはありませんね?」

私は、グリムの契約者。復讐に悪魔・グリムの力を借りる代わりに、復讐を完遂した暁には、私の魂をグリムに捧げるという、契約。

「やり残しがあるか訊いてくれるなんて、優しい悪魔ね」
「とんでもない。やり残しのある魂は不味いんですよ」

グリムは、眉間に皺を寄せて、オエーっと言う仕草をする。

「逆に訊くけど、全部終えた私にやり残しなんてあると思うの?」

私が問うと、グリムは顎に手を当てて少し思案した後、何か思いついた顔で人差し指を立てた。

「あの男は?貴女を慕っている男がいたでしょう。あれは良いので?」
「アルフォンスのこと?」
「ああ、そんな名前でしたね。さよならを言うくらいの猶予はあげますよ?」

アルフォンス。復讐に燃える私を何故か慕って、一緒になりたいなんて言っていた人。

「いいの。さよならは言わないで逝くわ。言いに行ってしまったら、それこそやり残しが増えそうだもの」

彼に会って別れを告げるよりも、復讐を終えたこの達成感と虚しさの中、逝きたいと思った。

「そうですか。では、契約を執行しましょう」

私達は向かい合った。グリムが私へ手を伸ばす。グリムの手のひらが、私の胸、心臓の真上あたりに触れた。

「貴方は、私にさよならを言ってはくれないの?」

私が問うと、グリムは可笑しそうに笑って、言った。

「貴方はこれから俺の一部になるんですよ。別れでも何でもないですから、さよならは要りません」

グリムの手のひらから、黒い炎が湧き出て、私の身体に入っていく。
魂と肉体の境界が広がっていく――。

私が私でなくなる直前、最期に見たのは、爛々と怪しげに輝く、赤い双眸だった。

12/3/2024, 7:18:27 AM

僕の心の中には、すごく攻撃的な僕が住んでる。
誰かに嫌なことを言われたとき『ここで殴ってやったらどうなるかな』と暗い妄想をする僕がいる。僕が嫌いなやつが楽しそうにしてるのを見ると、ひどい言葉を吐きかけて、台無しにしてやりたくなる。誰かと会話しているとき、相手が傷つくかもなんて考えず、何でも言いたいことを口にしてみたい衝動に駆られる。
もちろん、ほとんどのとき、僕は攻撃的な僕を抑え込んで、穏やかなふりをして過ごしてる。攻撃的なのはよくないことだと思ってるから。
おとなしく過ごすことが善で、攻撃的に暴れるのは悪。攻撃的な僕は闇の中に押し込めて置かなければならない。僕の中には、そういう価値観がある。
ただ、ごくたまに、攻撃的な僕が顔を出してしまうこともある。例えば、ひどく落ち込んで、疲れたとき。心の奥底にある闇が光を侵食して、表に出てくる。そうすると、闇の住人である攻撃的な僕も、一緒に出てきてしまうんだ。

光と闇の狭間で、僕の心は、今日も戦っている。

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