ミキミヤ

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11/29/2024, 8:08:11 AM

「出来損ない」「双子の不出来な方」
そう呼ばれるのは慣れていた。私は15年前、この田舎町に生を受けた。その時から隣には、双子の姉がいた。
姉は、頭がよくて、何でもよくできる人で、できないこともあっという間にできるようになる人だった。それに比べて私は、頭は悪いし、鈍臭くて、何にもろくにできなくて、できないことをできるようになるのに人の何十倍も時間がかかる奴だった。
当然私は、周りから疎まれた。両親も、姉ばかりを可愛がって、私にはほとんど目もくれなかった。
姉はみんなに尊敬され、期待されていた。対して私は、誰にも期待されなかった。
学校では無視されたり、暴力を振るわれることもしょっちゅうだった。町中の人間が、ヒソヒソと私の陰口を言い合っていた。だけど、そういうことがある度に、姉は私を庇って、助けてくれた。姉は私のヒーローだった。
私は、姉に劣等感を抱いていたが、同時に憧れてもいた。私はこの町の人間は憎んでいたが、姉を憎むことはなく、むしろ敬愛していた。姉は私にとって、このクソみたいな世界の中で、ただ一つ光る星だった。

「どうして私を見捨てないの?」
一度姉に訊いたことがある。
「他の誰がどう言おうと、私にとってあなたは大切な妹だから。双子なんだもの。私にはあなたが必要なのよ」
姉は答えて、私を抱きしめてくれた。不出来な私でも、必要としてくれる。それがたまらなく嬉しくて、私は少し泣いた。


「ねえ、いつか一緒にこの町を出て、2人で暮らさない?」
高校受験が終わり、姉は町の外のギリギリ家から通える距離の進学校に、私は町内の平凡な学校に行くことが決まった頃だった。姉はそう言った。
「どうして?」と私は問い返した。
「だって、ずっとこんな町にいるの、嫌じゃない?こんな生活、終わらせたくない?」
そう答える姉の顔は、少し苦々しい。姉も、この町の人間を憎く思っているのかもしれない。

町の外へ出るなんて、考えたこともなかった。
町の外へ出たら、何があるだろう。今よりもずっと自由な世界が広がっているだろうか。いろんな出会いがあるだろうか。
考えて、私はこわくなった。もし、姉がもっと自由な世界に出て、いろんな人と出会って、私より大切な人やものを見つけてしまったら。私はもう、姉に必要とされなくなるかもしれない。2人きりの安らぎは、もう訪れないかもしれない。私は外の世界で、独りになるかもしれない。
そんなのはこわい。いやだ。

俯く私の顔を、心配そうに姉が覗き込んでくる。
「私、お姉ちゃんと一緒なら、こんな町でも平気だよ。大丈夫だから。町を出るなんて、言わないで」
そう言いながら、私は泣いた。
姉は驚いて、ひどく困惑していた。想像していたのと全然違う答えが私から出てきたからだろう。
「急に変なこと言ったね。ごめんね。だから泣かないで」
と、必死に慰めてくれる姉の腕の中で、どうか、この閉じられた世界を終わらせないで、と私は願った。

11/28/2024, 8:37:30 AM

親愛、友愛、敬愛、性愛、恋愛――愛情の名前はたくさんある。

私があなたに抱いている愛情の名前は何だろう。

はじめは、きっと友愛だった。ただ純粋に友人として、あなたが大好きだった。他の友人とあなたと、一緒に話す時間は楽しくて、いつまでだって話していたいと思っていた。

それが、ある時から変わった。あなたが他の友人と話していると何故か苛立った。私があなたの一番でいたくて、友人に嫉妬したのだ。
自分の嫉妬心に気づいたとき、戸惑った。それまで私は友人に対してそういう感覚になったことがなかったから、自分があなたに抱いている感情は本当に友愛だろうかと、疑問に思った。もしそうでないなら、この愛情はいったい何だろうかと悩んだ。
あなたへの気持ちを改めて考えてみた。あなたに触れたくて、独り占めしたくて、自分だけを見てほしくて……。これは恋愛ではないかと思った。あなたと私は同性なのに、そんなこと思っていいのか、また悩んだ。

そんなモヤモヤを抱えながら、何年もあなたと過ごしていた。あなたから私に向けられる愛情の名前は友愛だということに、苦しんだ。私と同質の愛情を私に向けてほしいと思っていた。

そうして長く過ごすうちに、あなたに触れたいとか、独り占めしたいとか、そういう激しい気持ちはほとんど無くなった。相変わらずあなたの一番でありたいという気持ちは大きかったけれど、あなたが他の友人と遊んだ話をしても、あまり苛立たなくなった。むしろ、楽しそうに話すあなたを見ていると、私も楽しい気持ちになった。
自分があなたにどう思われているか、自分があなたをどう思っているか、ということよりも、あなたが幸せであるかどうかが、何よりも大切なことだと思えるようになった。その幸せを私が与えられたら、最高だとは思うのだけれど。

今、私があなたに抱いている愛情の名前は何だろう。
私は、その答えを持たない。

依然として、恋愛のようであるところもあるし、友愛であると思えるところもある。
答えが出せず、揺れたまま。

今は、答えは出せなくてもいいと思っている。
たとえ同じ名前の愛情ではなかったとしても。
私があなたを愛し、あなたもまた私を愛してくれていると確かにわかるから。
それだけでいいと、今は思うのだ。

11/27/2024, 9:16:15 AM

朝、何となく身体がだるかった。ボーっとする頭でリビングへ向かうと、机の上に朝食が用意されていた。母は今日も私より早く家を出たようだ。いつものことだ。私はひとり、椅子に座って朝食を摂る。何だか、いつもより食欲が無い気がする。昨晩あまりよく眠れなかったせいだろうか。最近は朝晩冷え込むから、夜の寝つきも悪くなっている。今朝もそういうわけで寝不足だった。
だるい身体をのっそり動かして、学校へ行く準備をした。制服に着替えて学校指定の鞄を持って、誰もいない家に向かって小さく「いってきます」を言った。

学校に着いて、いつも通り友達と挨拶を交わして、雑談をする。
「それでね、あの人がさー、……って、麻木、聞いてる?」
友人が私の顔の前で手のひらをブンブンと振った。私はハッとして「聞いてる聞いてる」と答えたが、実際はちゃんと聞いていなかった。ボーっとしてしまっていたようだ。
「ほんとかー?ボーっとしてたわよ、あんた。具合でも悪いの?」
そう訊かれて、寝不足なことを言うと、「あんまりきつかったら保健室で寝てくれば?」と言われた。
「いや、大丈夫」と返すと、友人は元の話題に戻っていった。

そこから朝のホームルームと、1時間目の数学をこなした後。身体のだるさが朝よりも増して、頭痛もしてきた。何となく熱っぽい気がする。
今朝話をした友人に、「やっぱヤバそうだから保健室行ってくる」と告げて、教室を出た。

「あら、麻木さん。どうしたの?」
保健室の先生は微笑んで、優しく迎えてくれた。
寝不足で朝からだるかったこと、頭痛までしてきたこと、熱っぽい感じがすることを答えると、先生の眉が心配そうに下がる。
体温計を差し出されて、測ってみたら、37.1度。微熱が出ていた。
風邪じゃないかと、頭痛とだるさ以外の症状もチェックされたけれど、他は問題ない。
「うーん、やっぱり寝不足のせいみたいね。どうする?寝てく?」
先生が優しく問いかけてくれる。私は、コクリと頷いた。

保健室のベッドに上がる。うちの布団よりもふわふわで、お日様の匂いがした。掛け布団を被って仰向けに寝る。あたたかい。
「1時間くらいしたら起こしてあげるからね。おやすみなさい」
先生は掛け布団がしっかりかかるよう整えて、優しく微笑んだ。その微笑みもあったかくて、瞼は自然と下がっていった。


夢を見た。昔、風邪を引いた時に、母に看病してもらったときの夢。寝ている私に母はずっと寄り添ってくれていて、いつ目を覚ましても視界に母がいる。私はそれにひどく安心するのだ。


「麻木さん」
名前を呼ばれて目を開けると、そこにいたのは保健室の先生だった。夢のせいか、一瞬母かと錯覚した。母だったら、私を『麻木さん』なんて呼ばないのに。
「具合どう?」
問われて、自分の身体を確かめてみる。頭痛はおさまった。だるさも軽くなった気がする。先生が差し出した体温計を受け取り測ってみると、36.6度。平熱だった。
「よかった。そしたら授業戻れそうかな?」
「はい。ありがとうございました」
ベッドから出て、制服を整えると、保健室の出口へ向かった。ドアの前で立ち止まって、またお礼を言うと、先生は優しく微笑んで、言った。
「いってらっしゃい」
久しく聞いていなかったその言葉に、胸の中にブワッと何かが広がって、一瞬泣きそうになった。耐えて「いってきます」と返し、保健室を出る。

教室へ廊下を歩きながら、私、寂しかったんだなあ、と自覚した。机の上にポツンと置かれた少し冷めた朝食も、誰も言ってくれない『いってらっしゃい』も。しょうがないとわかっていても、寂しくて、心細かったのだ。
もっと、母と話がしたい。母の次の休みは、たくさん話をきいてもらおう。私はそう決意した。

11/26/2024, 9:27:55 AM

小学校3年生くらいまで、私は昼休みには外に出て遊ぶタイプだった。
マイブームみたいなものがあって、ずーっと同じ遊びをしていたわけではなかった。
みんなとサッカーをしてボールを追いかけたり、竹馬でどこまで高いのに乗れるか挑戦したり、友達の1人と雲梯で遊んで手に豆を作ったり、鉄棒にぶら下がってひとりでボーっとしたり。どれも楽しかった。

いつからだろう。昼休みに外に出ずに、部屋の中で本を読むようになったのは。
元々、雨の日はよく本を読んでいた。それが晴れの日も読むようになって、どんどん読書の頻度が増えた。6年生になった今は、ほぼ毎日読書している。最初は昼休みだけだったのが、今は本を借りて家でも読むようになっていた。
太陽の下、身体を動かすのは気持ちいい。その楽しさも忘れたわけじゃない。ただ、本の中の世界に入り込んで、違う太陽の下冒険するのも、私にとって同じくらい楽しかった。
本の中では、空の色が違ったり、太陽が2つあったり、いろんな空と出会えた。

放課後、本の重みを鞄に感じながら、帰路を歩く。
この本の世界は、どんな世界だろう。
赤い太陽の下で、私は期待に胸を弾ませた。

11/25/2024, 8:36:46 AM

その朝は寒かった。いつもより遅い時間に目覚めた私は、布団の中と外の温度差にうんざりしながら身体を起こした。
今日は休日。これから映画を観に行く予定だ。

枕元に置いた着替えを引き寄せる。
下半身を布団に突っ込んだまま、もそもそとパジャマのズボンを脱ぎ、防寒のためのタイツと、靴下を履き、黒のスキニーパンツを身につける。
上半身は、両腕でパジャマの裾を掴み、上に持ち上げてガバリと脱いだ。途端に肌に冷たい空気が接触して、ぶるりと震える。慌てて下着とシャツを身に着けて、更にその上に青いセーターを着た。セーターはふわふわとして暖かい。ホッと息を吐いた。
大きく伸びをして、朝食を食べるために立ち上がる。布団は適当に畳んで、部屋の隅に寄せた。脱ぎ散らかしたパジャマは、洗濯物のかごの中へ入れる。

トーストとインスタントのコーンスープを食卓に並べた。
「いただきます」
と手を合わせて、食べ始める。
テレビを点ければ、今日は今年一番の寒さだとか、感染症に注意!だとか、そんなニュースがやっていた。
10分くらいで朝食を食べ終えたら、歯磨きをして、ドレッサーの前に座り、メイクをした。
今日のセーターの青と似た系統の色を意識して選んで、目元を彩る。
メイクを終えたら髪を整えて、最後に改めて鏡の中の自分と向き合う。
「よし、今日もいい感じ!」
鏡に向かってニッと笑って、立ち上がった。

コートとマフラーを身に着けて、鞄を持って、お気に入りの靴を履いた。
玄関前の姿見で最終確認して、玄関を出る。
鍵を閉めて振り返ると、気持ちのいい青空が視界に入ってきた。カラッとした冬晴れだ。それが、今日着たセーターと同じ色で、ちょっとうきうきした。

今日も良い日になりそうだ。

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