ミキミヤ

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11/19/2024, 8:46:32 AM

引っ越しの為に物を整理していると、棚の奥から腕時計が出てきた。
今からずっと前、スマホどころか、携帯電話すら皆が持っている物ではなかった時代、外出先で時間を確認する手段と言えば腕時計だった。今出てきたこれは、父から貰った物で、俺はとても気に入って毎日着けていた。携帯電話を持つようになって、時間を確認できる手段が他にできても、外すのは寂しく感じて、しばらくは着け続けていた覚えがある。

「固まっちゃってどうしたの?」

腕時計を見つめて昔を懐かしんでいた俺に、同居人の彼女が声をかけてきた。

「ほら、これ。覚えてる?」

俺は、腕時計を彼女の方に差し出して見せた。

「あ!覚えてる覚えてる!あなたのお気に入りだったよね」
「そうそう。すごい懐かしくなっちゃってさ」

時計のベルトをスルリと撫でる。金属製のそれは、少しひんやりして硬質で、鈍く光を反射していた。

「そういえば、私との初デートのときもそれ着けてたんじゃない?」
「ああ、そうだった。俺、あの時ガチガチに緊張しててさ、待ち合わせ場所で何回も腕時計確認したり、無意味に触ったりしてたわ」

勇気を出して誘った彼女との初デート。待ち合わせ時間よりだいぶ早く着いた俺は、この腕時計と共に緊張の時間を過ごしたのだ。

「あなた、緊張すると腕時計触る癖あったよね」
「あー、そうだったわ。何なら今でも緊張すると左手首触っちゃうから、癖なおってないな」

数回デートを重ねて彼女に告白した時、付き合って初めての彼女の誕生日にサプライズプレゼントをした時、一緒に住まないかと誘った時……様々な緊張の瞬間、この腕時計は俺とともにあった。
プロポーズした時には、もう腕時計はしていなかったけれど、左手首を触って腕時計の存在を思い出して緊張を和らげていた記憶がある。

「この腕時計、それだけあなたの中で大きな存在だったのね。心の相棒みたいな?」

彼女が言う。『心の相棒』……か。確かにそんな感じなのかもしれない。

ガラケーからスマホになり、いつの間にか使わなくなってしまっても、棚の奥に仕舞っていても、俺の中にこの腕時計の存在は確かにあったのだと、そう思った。

たくさんの想い出の詰まったその腕時計を、引っ越し先に持っていく箱の中へと、大切に仕舞う。
引っ越しで荷物を整理していると、捨てなきゃいけない物もあって、置いていかなきゃいけない想い出も中にはある。
でも、この腕時計と過ごした想い出は、大切に持っていこうと思った。

11/18/2024, 7:32:16 AM

遠くの山が色づいて、紅く見える。
一ヶ月前は青々としていたのに。
季節が秋に変わったんだなあ、と実感する。
気づけば、昼も過ごしやすくなって、朝晩は少し寒いくらいになっていた。

あの山の紅がなくなる頃、冬が来る。
空気はグッと冷えて、朝晩は息が白くなる。
冬の季節が深まれば、あの山は雪で白く染まる。
子どもの頃、そんな日には、友達とはしゃいで遊んだなあ、と思い出す。
今でも、白く染まる姿を見ると少し気分が高揚するのは、子どもの頃同じ景色の中を遊んだワクワクが、大人の私の中にも残っているからだろうか。

冬になったら、またあの山は白く染まって、私は子ども心を思い出すんだろう。
そんな時が、待ち遠しく思えた。

11/17/2024, 8:38:36 AM

私と兄さんは二卵性の双子。私は兄さんが大好きで、兄さんも私が大好きで、生まれた頃から、ずっと一緒だった。

ずっと一緒だった私たちに変化が訪れたのは、5歳の時。

一緒にジャングルジムで遊んでいた私たち。突然下から友人に呼ばれて、応えようとした私は足を滑らせた。落ちる!――目を瞑って落下の衝撃を覚悟した私は、しかし、それを受けることはなく。私の身体と、必死の形相で私の方に伸ばされた兄の右手は、淡く光っていた。
このとき、兄は、念動力に目覚めた。兄は、数十万人に一人の“異能者”と呼ばれる存在だったのだ。

友人から周囲へ、兄の異質さはすぐに広まった。
“異能者”は、国の研究所で研究され、国の為に働くのが定め。はなればなれになりたくなかった私たちは、誤魔化そうと手を尽くしたけれど、強制的に受けさせられた検査の数値という客観的指標が、それを許さなかった。

「いやだ!やめて!兄さんを連れて行かないで!」

研究所の人間が兄の手を引く。兄は、諦めた表情で私に背を向けた。

「やだよ、兄さん、どうしてなの。私たち、ずっと一緒だったじゃない!」

返事はない。悲しい顔をした両親に抱えられ抑えられて、私は兄を追うことはできなかった。
私たちは、はなればなれになった。


それが、15年前のこと。私はこの15年間、独りで生きて、大人になった。

目の前の白く四角い建物を睨む。

“国立異能者研究所”

壁にそう書かれていた。

ここに、兄さんがいる。私は15年間、ここにくるために、独りで懸命に勉強した。私はもう、あの頃何もできなかった子どもではなくなった。

もう、はなればなれはおしまい。
ねえ、兄さん、会いに来たよ。
これからは、ずっと一緒。

11/16/2024, 8:55:25 AM

図書館で書棚を見つめ、次に何を読もうか選び難くて、頭を悩ませていた時のこと。

「やっ、青春してる?」

視界の左下からぬっとその人は顔を覗かせた。少しつり目がちな大きな目で俺を見上げている。猫柳リン先輩。俺と同じ文芸部の先輩だ。

「放課後に図書館にこもって本を読み漁る行為が青春に該当するなら、してますね」
「ノンノン、そんな青春度の低いことではダメだよ、大神くん。というわけで、わたしと一緒に青春探し、しないかい?」

左手を腰に当て、右手の人差し指を左右に振って、何だかよくわからない勧誘をしてくる。てか青春度って何だ。
この人は、いつも唐突で気まぐれだ。昨日は部室で俺が話題を振ってもたいして構わずに本の世界に浸っていたのに、今日はこれなのだから。

「青春探しって何すか」
「青春っぽいことを校内で探すのよ。大神くんもわたしも、次の部誌に載せる作品、ちょっち停滞中でしょ。青春探しして、いいインスピレーションを得ようってことよ!」
「俺が書きたいのミステリーなんすけど……」
「ミステリーにだって青春要素は必要だと思わないかい?思うね?というわけで行くよ、大神くん!」

俺の腕を掴んで、猫柳先輩はズンズン歩き出した。
俺よりふた周りは小さい身体で、なかなか歩き出そうとしない俺を引きずって歩くのだから、かなりパワフルだ。
俺はそのパワフルさに観念して、猫柳先輩の後に続くことにした。

陸上部のタイムの競い合い、サッカー部の得点時のハイタッチ、野球部のノック、窓から聞こえる吹奏楽部の音、化学部の実験、美術部の静かな空間に鉛筆が走る音……このあたりが青春度が高い、青春っぽいこと、らしい。
猫柳先輩の基準がいまいちわからない。この人、学校で起こってて、自分の生活から遠いことなら、だいたい青春だと思っているんじゃなかろうか。

「いやー、いっぱい青春見つけちゃったね!」
「はあ、よかったっすね」

先輩は満足げに笑った。俺はあちらこちらに連れ回されて疲れきっていた。

「それで、部誌のインスピレーションの方はどうなんすか」

今回の目的について俺が訊くと、猫柳先輩は首を傾げる。

「んーーー、まあまあ?」

この人目的忘れてたな、と俺は思った。


黄昏の頃、共に学校を出た。
「じゃ、また!」と俺に挨拶をしてあっさり1人で歩き出した先輩は、数歩行った後、急に立ち止まり、振り返った。

「今日は付き合ってくれてありがと。大神くんのおかげで最高の放課後にできたよ」

猫柳先輩は、それだけ言って、また俺に背を向けて歩いていってしまった。最後に見た顔は、優しく微笑んでいた。

俺は校門前で一瞬立ち尽くしてしまった。不意の笑顔に驚いた。いつもは、あんなふうにお礼なんて言わない人なのだ。それなのに……。本当に気まぐれな人だ。

俺が構ってほしい時には構わない、急にやってきては小さな身体の割にすごいパワフルさで俺を振り回し、不意にデレてくる。
子猫のようなあの先輩が、明日はどんな様子でいるのか、俺は今から楽しみだった。

11/15/2024, 7:58:26 AM

秋の海辺で独り、空を見上げる。刷毛で掃いたような雲が、空高くに広がっていた。海鳥が、上空の風に煽られまいと力強く飛んでいる。
なんでこんなところに独りなのか?
それは、ちょっとセンチメンタルな気分だからだ。


3年付き合った彼氏と別れた。理由は、お互いに飽きたから。何となくデートして何となくキスをして何となく抱き合って……。そんな日々がもう何ヶ月も続いていた。ただ惰性でしかなかった。ふたりともとっくに、この恋は終わってることに気づいていて、見て見ぬふりをしていた。自分から言い出して終わらせるのが、何となく怖かった。
別れた日は、付き合って3年の記念日だった。1年前はふたりとも本気でお祝いしたものだけど、今回はその気にならなかった。潮時だった。
2人で入ったカフェ。2人分のホットコーヒーが少し冷めて飲みやすくなった頃、私は「もう終わりにしない?」と言った。彼は「俺もそう言おうと思ってた」と返した。たったそれだけのやりとりで、私たちの関係は終わった。


この海岸は、ふたりが出会った場所だった。出会ったのは暑い季節だったけれど、今は秋らしく涼しい。風があるせいでむしろ少し肌寒いくらいだった。
付き合った頃は、ふたり、ずっと一緒にいるんだと思っていた。
昔の気持ちを思い出して、変わってしまったことを痛感する。
別れたことに後悔はないけれど、寂しさはあった。

ひとつため息をついて、海に背を向け、歩き出す。
向かい風に逆らって、前に進んだ。

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