ミキミヤ

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11/14/2024, 8:03:49 AM

公園のベンチにふたりで座っていた。

「ねえ、生まれ変わりって信じる?」

貴女は、悲しい顔で私に問うた。

「信じるっていうか……あったら嬉しいな、くらいの感じです」

私は曖昧に答えた。貴女は眉を下げて、私と繋いだ右手に少し力を込めた。

「私、生まれ変わってもあなたと出逢いたいな」

貴女が言う。
私は、ただ頷いて貴女の話を聴く。

「もし生まれ変わった先であなたと出逢えたらね、またあなたを愛して、恋して…………結婚して、今度こそ離れずに、一生一緒にいたい」

貴女は繋いだ手を弛めて、自分の薬指と親指で、私の、まだ何も無い左手薬指を擽った。

私たちは、恋人だった。ついさっきまで。私が、結婚することになった、もう会えない、と告げるまでは。
親が決めた結婚だった。私には、どうあがいても覆せなかった。
貴女は、悲しい顔をしたけれど、別れを受け入れてくれた。別れたくないと、もっと駄々をこねてほしかった私は、すごく我儘だ。

「ねえ、生まれ変わったら、また会うんだって約束して」

私の横顔を真っ直ぐに見つめて、貴女が言った。私は、そちらを振り返れなくて、ただ俯いていた。
貴女が身を乗り出して、私の両手を掴み、私の身体を自分の方に向けさせた。私の顔を覗き込んで、無理やり視線を合わせてくる。その目は涙を湛えていた。

「お願い、その約束だけくれたら、私、大丈夫だから」

もうさよならなのに、あり得るかどうかもわからない再会の約束をするなんて、私には寂しすぎた。喉が詰まって声が出ない。でも、貴女のために、言わなければ。

「…………生まれ変わって、また、会いましょう」

なんとか声を絞り出した。貴女は頷いて、私の手を離し、立ち上がった。

「約束、絶対だからね!」

涙を拭ってそう言った貴女は、わざとらしくニッと笑った。そして、私に背を向けて、歩き出した。


貴女の背中が遠ざかっていく。
胸に押し寄せてくる痛みを抱えて、私はただ、その背中が見えなくなるまで、動くことができなかった。

11/13/2024, 9:15:11 AM

教壇の上、教卓の中に潜む。

「もういいかい」「もういいよ」

廊下の外から聞こえる鬼の声に応えた。身を縮まらせて息を殺す。ここからドキドキのかくれんぼのはじまりだ。

放課後、幼馴染の友人と4人、久々にかくれんぼをしようという話になった。
このかくれんぼの範囲は、僕たち4年生の階の3つの教室と、廊下の全て。鬼が全員見つけられたら鬼の勝ち、見つけられなければこちらの勝ちというルールだ。
僕は、かくれんぼ参加者の誰も属していないクラス、鬼から一番遠い教室に隠れていた。
放課後の教室は静かだ。残っていた子が少しいたが、僕が隠れさせてほしいと伝えると、みんな了承してくれた。

「アサギ、見ぃつけた!」

さっそく、別の子が見つかった声が聞こえた。鬼はまず廊下から攻めているようで、その子が見つかったのもどうやら廊下のようだ。どこに隠れていたのだろう。掃除用具入れの中だろうか。僕はそのくらいしか思いつかなかった。
あと、2人。
鬼はやがて、僕のいる教室の隣の教室に入っていった。僕らの行方を周囲に訊く鬼の声と、「鬼なんだから自分で探せよー」と笑う周囲の声が聞こえた。教室にいる子達がかくれんぼの事情を事前に把握していたように聞こえた。もう一人は隣の教室に隠れているのだろう。

教卓の下に身を縮めながら、仲間が見つかりませんようにと祈る。
――が、それもむなしく。

「スズ、見ぃつけた!」

隣の教室の仲間は、あっさりと見つかってしまった。

「悔しい!」
「いや、カーテンの裏とか、動いたら丸わかりだから」
「動かないようにしてたつもりだったんだけどなー!」

鬼と見つかった子の声が聞こえる。
廊下で「お疲れさまー」と見つかった子同士が労い合う声も聞こえた。
あと、1人。最後は僕だ。

僕のいる教室のドアが開く。「サワ知らねえ?」教室に残っていた子に鬼が訊く。「知らないよ」誰かが応える。
鬼がバッとカーテンをめくる気配がした。「さすがに同じとこにはいないか……」鬼が窓際を離れる。
掃除用具の入ったロッカーをガチャガチャと開ける音。一つ一つ机の下を覗く気配。少しずつこちらに近づいてくる。
鬼が、先生の席までやってきた。気配が近すぎて心臓が口から飛び出そうだ。鬼が椅子を引く。「居ねえなあ。サワ、どこだー?」少し大きな声で鬼が言う。「見つかんないな。ここじゃないのか?」独り言をいいながら、教壇の上を横切っていく。僕の直ぐ側を通り過ぎた。教室のドアを開ける音。廊下で「お〜い!サワ〜!」と僕を呼ぶ声がする。

見つからなかった……?僕が緊張を解き、詰まっていた息を吐き出したその時。バタバタと走る足音がして。

「サワ、見ぃつけた!」

鬼がにゅっと教卓の下に顔を覗かせた。

「うわあっ」

僕は驚いて教卓に頭をぶつける。

「はは、驚いた?絶対ここじゃんって思ったんだけど、せっかくだから一旦油断させて驚かせてやろうと思って。大成功!」

鬼がニヤリと笑う。

「なんだよ、わかってたのかよ。マジビビった。わきを通り抜けられたときなんか心臓止まるかと思ったよ」

僕が言うと、鬼はまた「作戦通り!」と笑った。

先に見つかった2人とも合流して感想を言い合う。
久々のかくれんぼは、思った以上に楽しかった。
場所を変えてまたやろうと約束した。
こうして僕のスリリングな放課後は幕を下ろした。

11/12/2024, 9:09:32 AM

わたしは青い鳥。幸福の青い鳥。私の羽根を手にしたものには、幸福が訪れると言われている。
自由に飛び回ってたまに空から幸福を降らせるのがわたしの役目。

けれども、今、わたしは籠の中にいた。3ヶ月前にとある貴族に捕らえられたのだ。
彼は、どうしても幸福が欲しいのだと言う。
『もっと財があったなら』『もっと健康な身体だったなら』『もっと人から好かれることができたなら』……。
彼の幸福を求める心は尽きることがないようだった。
願いの度に、わたしは羽根を毟られた。彼は、わたしの羽根を手にした直後は確かに幸福だったようだけれど、羽根はすぐに、黒く変色したり、燃えて灰になったり、塵のように消えてしまったりして、彼の幸福はどれも長くは続かなかった。一度幸福になった反動で、より不幸になってさえいた。それでも彼は、求めることをやめなかった。
羽根は、残り数本しか残っていない。わたしの翼は、羽根を毟られすぎて見るも無残な有り様になっていた。もう飛ぶこともできないだろう。そもそも、わたしは籠の中に閉じ込められ続けていたから、翼が大丈夫でも飛ぶ力が残っていたかはわからないけれど。

また彼が幸福を求めてやってきた。
「おお、幸福の青い鳥よ。私にまた幸せをおくれ」
彼が籠に手を入れ、わたしの羽根をまた毟ろうとする。今度はどんな幸福を願ってここに来たのだろう。
彼が指をわたしの羽根にかけたその時。
「ううっ」
彼が呻いてその場に倒れた。籠は彼の身体とともに下へ落ちて壊れ、わたしは床に投げ出された。ひらりと羽根が1枚、舞い落ちる。
彼は片腕で胸を抑え、もう片腕はわたしの羽根に手を伸ばしていた。そうしてしばらくもがき苦しんだ後、静かになった。
わたしは怖くなって、精一杯声を張り上げて助けを求めた。幸い彼は今日に限って、出入り口の扉を閉め切っていない。誰かに届く可能性がある。わたしは信じて叫び続けた。

「こんなところで鳥の声……?」
しばらくして、足音とともに人の声が聞こえてきた。わたしは鳴く声を強めた。
「やっぱりこっちの方から聞こえる!」
バタバタと足音が近づいてきて、扉からヒョコリと少年が顔を覗かせた。頭には三角巾、両手にはバケツと雑巾を持っている。下働きの子どもだろうか。
「わわ、だ、旦那さま!?大丈夫ですか!?旦那さま!?」
少年は倒れた彼に気づいて、何度か呼びかけたが、返事はない。
「お、お医者さまを呼ばなきゃ……!」
彼は慌てて部屋を出ていった。
わたしは鳴き疲れて、その場で意識を手放した。

次に目覚めたとき、わたしは段ボールの中のフワフワのタオルの上に寝かされていた。小さく鳴くと、あの少年が上から顔を覗かせた。
「よかった、きみも目が覚めたんだね」
少年が微笑む。
「きみのおかげで、旦那さまはギリギリ助かって、今は街の大きな病院に入院してるんだ。でも、いろいろ記憶が朧気みたいで、なんであそこにきみと居たのか、覚えていないようだったよ」
わたしは彼が助かったこと、彼がわたしを忘れていること、そのどちらにも安堵した。
「きみも、今はボロボロだけど、ちゃんと治療すれば羽根も元通りになるし、訓練すればまた飛べるようになるって獣医さんが言ってたよ。よかったね!」
わたしが喜びを込めて一声鳴くと、少年はさらに続けた。
「きみの羽根、とってもきれいだね。ぼく、この色すごく好きだな。きみの翼が全部治ったら、そのときは1枚だけもらっていいかい?お気に入りの帽子に飾りたいんだ」
少年は屈託のない笑みで、わずかに残っているわたしの羽根を褒めた。少年からは何の下心も感じない。本心から、わたしの羽根を綺麗だと褒めてくれたのだ。
わたしはそれが嬉しくて、肯定の意味を込めて、元気に一声鳴いてみせた。
「ありがとう」と少年はまた嬉しそうに笑った。

11/11/2024, 8:31:03 AM

私の会社の近くの小さな丘には、ススキが群生している。
夜、残業を終え、窓の外を見ると、その丘が見えた。
月は丸く明るく、丘を照らしている。月の光に照らされて風に揺れるススキは、夜の海のさざ波のようだった。
私は何となく目が離せなくて、しばらくそれを見ていた。
疲れた心が優しく風に撫でられるような錯覚があった。

会社を出て歩きながら、月とススキって秋っぽい組み合わせだな、と考えて、今日が中秋の名月の日だと思い出した。昨夜から今朝にかけて、その話題を何度も目にしたのに、すっかり忘れていた。どうりで月が丸くて明るいわけだよ、と独り納得する。
毎日仕事に追われて、そんなニュースも頭の隅に追いやって……。余裕のない日々を送っていたことを実感した。

今日はお団子を買って帰ろう。
そう決めて、私はコンビニへ歩いた。

11/10/2024, 8:25:10 AM

「やっぱ私、君のそういうとこ好きだなー!」

そう言って屈託なく笑った君の笑顔が、脳裏に焼き付いて離れない。

君は多分、『友人として好き』とか『人間的に好き』とかそういう意味で言ったんだと思う。それはわかってる。ただ、君にそれ以上の『好き』を抱いている僕が、その笑顔に僕と同種の『好き』を期待してしまうことは、もうどうしようもないことなのだ。


あの笑顔が、僕だけのものになったらいいのになあ。

自分勝手な願いを抱いて、僕はベッドの中で目を閉じた。
まぶたの裏には、君の笑顔が浮かんでいた。

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