図書館で書棚を見つめ、次に何を読もうか選び難くて、頭を悩ませていた時のこと。
「やっ、青春してる?」
視界の左下からぬっとその人は顔を覗かせた。少しつり目がちな大きな目で俺を見上げている。猫柳リン先輩。俺と同じ文芸部の先輩だ。
「放課後に図書館にこもって本を読み漁る行為が青春に該当するなら、してますね」
「ノンノン、そんな青春度の低いことではダメだよ、大神くん。というわけで、わたしと一緒に青春探し、しないかい?」
左手を腰に当て、右手の人差し指を左右に振って、何だかよくわからない勧誘をしてくる。てか青春度って何だ。
この人は、いつも唐突で気まぐれだ。昨日は部室で俺が話題を振ってもたいして構わずに本の世界に浸っていたのに、今日はこれなのだから。
「青春探しって何すか」
「青春っぽいことを校内で探すのよ。大神くんもわたしも、次の部誌に載せる作品、ちょっち停滞中でしょ。青春探しして、いいインスピレーションを得ようってことよ!」
「俺が書きたいのミステリーなんすけど……」
「ミステリーにだって青春要素は必要だと思わないかい?思うね?というわけで行くよ、大神くん!」
俺の腕を掴んで、猫柳先輩はズンズン歩き出した。
俺よりふた周りは小さい身体で、なかなか歩き出そうとしない俺を引きずって歩くのだから、かなりパワフルだ。
俺はそのパワフルさに観念して、猫柳先輩の後に続くことにした。
陸上部のタイムの競い合い、サッカー部の得点時のハイタッチ、野球部のノック、窓から聞こえる吹奏楽部の音、化学部の実験、美術部の静かな空間に鉛筆が走る音……このあたりが青春度が高い、青春っぽいこと、らしい。
猫柳先輩の基準がいまいちわからない。この人、学校で起こってて、自分の生活から遠いことなら、だいたい青春だと思っているんじゃなかろうか。
「いやー、いっぱい青春見つけちゃったね!」
「はあ、よかったっすね」
先輩は満足げに笑った。俺はあちらこちらに連れ回されて疲れきっていた。
「それで、部誌のインスピレーションの方はどうなんすか」
今回の目的について俺が訊くと、猫柳先輩は首を傾げる。
「んーーー、まあまあ?」
この人目的忘れてたな、と俺は思った。
黄昏の頃、共に学校を出た。
「じゃ、また!」と俺に挨拶をしてあっさり1人で歩き出した先輩は、数歩行った後、急に立ち止まり、振り返った。
「今日は付き合ってくれてありがと。大神くんのおかげで最高の放課後にできたよ」
猫柳先輩は、それだけ言って、また俺に背を向けて歩いていってしまった。最後に見た顔は、優しく微笑んでいた。
俺は校門前で一瞬立ち尽くしてしまった。不意の笑顔に驚いた。いつもは、あんなふうにお礼なんて言わない人なのだ。それなのに……。本当に気まぐれな人だ。
俺が構ってほしい時には構わない、急にやってきては小さな身体の割にすごいパワフルさで俺を振り回し、不意にデレてくる。
子猫のようなあの先輩が、明日はどんな様子でいるのか、俺は今から楽しみだった。
11/16/2024, 8:55:25 AM