ミキミヤ

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11/16/2024, 8:55:25 AM

図書館で書棚を見つめ、次に何を読もうか選び難くて、頭を悩ませていた時のこと。

「やっ、青春してる?」

視界の左下からぬっとその人は顔を覗かせた。少しつり目がちな大きな目で俺を見上げている。猫柳リン先輩。俺と同じ文芸部の先輩だ。

「放課後に図書館にこもって本を読み漁る行為が青春に該当するなら、してますね」
「ノンノン、そんな青春度の低いことではダメだよ、大神くん。というわけで、わたしと一緒に青春探し、しないかい?」

左手を腰に当て、右手の人差し指を左右に振って、何だかよくわからない勧誘をしてくる。てか青春度って何だ。
この人は、いつも唐突で気まぐれだ。昨日は部室で俺が話題を振ってもたいして構わずに本の世界に浸っていたのに、今日はこれなのだから。

「青春探しって何すか」
「青春っぽいことを校内で探すのよ。大神くんもわたしも、次の部誌に載せる作品、ちょっち停滞中でしょ。青春探しして、いいインスピレーションを得ようってことよ!」
「俺が書きたいのミステリーなんすけど……」
「ミステリーにだって青春要素は必要だと思わないかい?思うね?というわけで行くよ、大神くん!」

俺の腕を掴んで、猫柳先輩はズンズン歩き出した。
俺よりふた周りは小さい身体で、なかなか歩き出そうとしない俺を引きずって歩くのだから、かなりパワフルだ。
俺はそのパワフルさに観念して、猫柳先輩の後に続くことにした。

陸上部のタイムの競い合い、サッカー部の得点時のハイタッチ、野球部のノック、窓から聞こえる吹奏楽部の音、化学部の実験、美術部の静かな空間に鉛筆が走る音……このあたりが青春度が高い、青春っぽいこと、らしい。
猫柳先輩の基準がいまいちわからない。この人、学校で起こってて、自分の生活から遠いことなら、だいたい青春だと思っているんじゃなかろうか。

「いやー、いっぱい青春見つけちゃったね!」
「はあ、よかったっすね」

先輩は満足げに笑った。俺はあちらこちらに連れ回されて疲れきっていた。

「それで、部誌のインスピレーションの方はどうなんすか」

今回の目的について俺が訊くと、猫柳先輩は首を傾げる。

「んーーー、まあまあ?」

この人目的忘れてたな、と俺は思った。


黄昏の頃、共に学校を出た。
「じゃ、また!」と俺に挨拶をしてあっさり1人で歩き出した先輩は、数歩行った後、急に立ち止まり、振り返った。

「今日は付き合ってくれてありがと。大神くんのおかげで最高の放課後にできたよ」

猫柳先輩は、それだけ言って、また俺に背を向けて歩いていってしまった。最後に見た顔は、優しく微笑んでいた。

俺は校門前で一瞬立ち尽くしてしまった。不意の笑顔に驚いた。いつもは、あんなふうにお礼なんて言わない人なのだ。それなのに……。本当に気まぐれな人だ。

俺が構ってほしい時には構わない、急にやってきては小さな身体の割にすごいパワフルさで俺を振り回し、不意にデレてくる。
子猫のようなあの先輩が、明日はどんな様子でいるのか、俺は今から楽しみだった。

11/15/2024, 7:58:26 AM

秋の海辺で独り、空を見上げる。刷毛で掃いたような雲が、空高くに広がっていた。海鳥が、上空の風に煽られまいと力強く飛んでいる。
なんでこんなところに独りなのか?
それは、ちょっとセンチメンタルな気分だからだ。


3年付き合った彼氏と別れた。理由は、お互いに飽きたから。何となくデートして何となくキスをして何となく抱き合って……。そんな日々がもう何ヶ月も続いていた。ただ惰性でしかなかった。ふたりともとっくに、この恋は終わってることに気づいていて、見て見ぬふりをしていた。自分から言い出して終わらせるのが、何となく怖かった。
別れた日は、付き合って3年の記念日だった。1年前はふたりとも本気でお祝いしたものだけど、今回はその気にならなかった。潮時だった。
2人で入ったカフェ。2人分のホットコーヒーが少し冷めて飲みやすくなった頃、私は「もう終わりにしない?」と言った。彼は「俺もそう言おうと思ってた」と返した。たったそれだけのやりとりで、私たちの関係は終わった。


この海岸は、ふたりが出会った場所だった。出会ったのは暑い季節だったけれど、今は秋らしく涼しい。風があるせいでむしろ少し肌寒いくらいだった。
付き合った頃は、ふたり、ずっと一緒にいるんだと思っていた。
昔の気持ちを思い出して、変わってしまったことを痛感する。
別れたことに後悔はないけれど、寂しさはあった。

ひとつため息をついて、海に背を向け、歩き出す。
向かい風に逆らって、前に進んだ。

11/14/2024, 8:03:49 AM

公園のベンチにふたりで座っていた。

「ねえ、生まれ変わりって信じる?」

貴女は、悲しい顔で私に問うた。

「信じるっていうか……あったら嬉しいな、くらいの感じです」

私は曖昧に答えた。貴女は眉を下げて、私と繋いだ右手に少し力を込めた。

「私、生まれ変わってもあなたと出逢いたいな」

貴女が言う。
私は、ただ頷いて貴女の話を聴く。

「もし生まれ変わった先であなたと出逢えたらね、またあなたを愛して、恋して…………結婚して、今度こそ離れずに、一生一緒にいたい」

貴女は繋いだ手を弛めて、自分の薬指と親指で、私の、まだ何も無い左手薬指を擽った。

私たちは、恋人だった。ついさっきまで。私が、結婚することになった、もう会えない、と告げるまでは。
親が決めた結婚だった。私には、どうあがいても覆せなかった。
貴女は、悲しい顔をしたけれど、別れを受け入れてくれた。別れたくないと、もっと駄々をこねてほしかった私は、すごく我儘だ。

「ねえ、生まれ変わったら、また会うんだって約束して」

私の横顔を真っ直ぐに見つめて、貴女が言った。私は、そちらを振り返れなくて、ただ俯いていた。
貴女が身を乗り出して、私の両手を掴み、私の身体を自分の方に向けさせた。私の顔を覗き込んで、無理やり視線を合わせてくる。その目は涙を湛えていた。

「お願い、その約束だけくれたら、私、大丈夫だから」

もうさよならなのに、あり得るかどうかもわからない再会の約束をするなんて、私には寂しすぎた。喉が詰まって声が出ない。でも、貴女のために、言わなければ。

「…………生まれ変わって、また、会いましょう」

なんとか声を絞り出した。貴女は頷いて、私の手を離し、立ち上がった。

「約束、絶対だからね!」

涙を拭ってそう言った貴女は、わざとらしくニッと笑った。そして、私に背を向けて、歩き出した。


貴女の背中が遠ざかっていく。
胸に押し寄せてくる痛みを抱えて、私はただ、その背中が見えなくなるまで、動くことができなかった。

11/13/2024, 9:15:11 AM

教壇の上、教卓の中に潜む。

「もういいかい」「もういいよ」

廊下の外から聞こえる鬼の声に応えた。身を縮まらせて息を殺す。ここからドキドキのかくれんぼのはじまりだ。

放課後、幼馴染の友人と4人、久々にかくれんぼをしようという話になった。
このかくれんぼの範囲は、僕たち4年生の階の3つの教室と、廊下の全て。鬼が全員見つけられたら鬼の勝ち、見つけられなければこちらの勝ちというルールだ。
僕は、かくれんぼ参加者の誰も属していないクラス、鬼から一番遠い教室に隠れていた。
放課後の教室は静かだ。残っていた子が少しいたが、僕が隠れさせてほしいと伝えると、みんな了承してくれた。

「アサギ、見ぃつけた!」

さっそく、別の子が見つかった声が聞こえた。鬼はまず廊下から攻めているようで、その子が見つかったのもどうやら廊下のようだ。どこに隠れていたのだろう。掃除用具入れの中だろうか。僕はそのくらいしか思いつかなかった。
あと、2人。
鬼はやがて、僕のいる教室の隣の教室に入っていった。僕らの行方を周囲に訊く鬼の声と、「鬼なんだから自分で探せよー」と笑う周囲の声が聞こえた。教室にいる子達がかくれんぼの事情を事前に把握していたように聞こえた。もう一人は隣の教室に隠れているのだろう。

教卓の下に身を縮めながら、仲間が見つかりませんようにと祈る。
――が、それもむなしく。

「スズ、見ぃつけた!」

隣の教室の仲間は、あっさりと見つかってしまった。

「悔しい!」
「いや、カーテンの裏とか、動いたら丸わかりだから」
「動かないようにしてたつもりだったんだけどなー!」

鬼と見つかった子の声が聞こえる。
廊下で「お疲れさまー」と見つかった子同士が労い合う声も聞こえた。
あと、1人。最後は僕だ。

僕のいる教室のドアが開く。「サワ知らねえ?」教室に残っていた子に鬼が訊く。「知らないよ」誰かが応える。
鬼がバッとカーテンをめくる気配がした。「さすがに同じとこにはいないか……」鬼が窓際を離れる。
掃除用具の入ったロッカーをガチャガチャと開ける音。一つ一つ机の下を覗く気配。少しずつこちらに近づいてくる。
鬼が、先生の席までやってきた。気配が近すぎて心臓が口から飛び出そうだ。鬼が椅子を引く。「居ねえなあ。サワ、どこだー?」少し大きな声で鬼が言う。「見つかんないな。ここじゃないのか?」独り言をいいながら、教壇の上を横切っていく。僕の直ぐ側を通り過ぎた。教室のドアを開ける音。廊下で「お〜い!サワ〜!」と僕を呼ぶ声がする。

見つからなかった……?僕が緊張を解き、詰まっていた息を吐き出したその時。バタバタと走る足音がして。

「サワ、見ぃつけた!」

鬼がにゅっと教卓の下に顔を覗かせた。

「うわあっ」

僕は驚いて教卓に頭をぶつける。

「はは、驚いた?絶対ここじゃんって思ったんだけど、せっかくだから一旦油断させて驚かせてやろうと思って。大成功!」

鬼がニヤリと笑う。

「なんだよ、わかってたのかよ。マジビビった。わきを通り抜けられたときなんか心臓止まるかと思ったよ」

僕が言うと、鬼はまた「作戦通り!」と笑った。

先に見つかった2人とも合流して感想を言い合う。
久々のかくれんぼは、思った以上に楽しかった。
場所を変えてまたやろうと約束した。
こうして僕のスリリングな放課後は幕を下ろした。

11/12/2024, 9:09:32 AM

わたしは青い鳥。幸福の青い鳥。私の羽根を手にしたものには、幸福が訪れると言われている。
自由に飛び回ってたまに空から幸福を降らせるのがわたしの役目。

けれども、今、わたしは籠の中にいた。3ヶ月前にとある貴族に捕らえられたのだ。
彼は、どうしても幸福が欲しいのだと言う。
『もっと財があったなら』『もっと健康な身体だったなら』『もっと人から好かれることができたなら』……。
彼の幸福を求める心は尽きることがないようだった。
願いの度に、わたしは羽根を毟られた。彼は、わたしの羽根を手にした直後は確かに幸福だったようだけれど、羽根はすぐに、黒く変色したり、燃えて灰になったり、塵のように消えてしまったりして、彼の幸福はどれも長くは続かなかった。一度幸福になった反動で、より不幸になってさえいた。それでも彼は、求めることをやめなかった。
羽根は、残り数本しか残っていない。わたしの翼は、羽根を毟られすぎて見るも無残な有り様になっていた。もう飛ぶこともできないだろう。そもそも、わたしは籠の中に閉じ込められ続けていたから、翼が大丈夫でも飛ぶ力が残っていたかはわからないけれど。

また彼が幸福を求めてやってきた。
「おお、幸福の青い鳥よ。私にまた幸せをおくれ」
彼が籠に手を入れ、わたしの羽根をまた毟ろうとする。今度はどんな幸福を願ってここに来たのだろう。
彼が指をわたしの羽根にかけたその時。
「ううっ」
彼が呻いてその場に倒れた。籠は彼の身体とともに下へ落ちて壊れ、わたしは床に投げ出された。ひらりと羽根が1枚、舞い落ちる。
彼は片腕で胸を抑え、もう片腕はわたしの羽根に手を伸ばしていた。そうしてしばらくもがき苦しんだ後、静かになった。
わたしは怖くなって、精一杯声を張り上げて助けを求めた。幸い彼は今日に限って、出入り口の扉を閉め切っていない。誰かに届く可能性がある。わたしは信じて叫び続けた。

「こんなところで鳥の声……?」
しばらくして、足音とともに人の声が聞こえてきた。わたしは鳴く声を強めた。
「やっぱりこっちの方から聞こえる!」
バタバタと足音が近づいてきて、扉からヒョコリと少年が顔を覗かせた。頭には三角巾、両手にはバケツと雑巾を持っている。下働きの子どもだろうか。
「わわ、だ、旦那さま!?大丈夫ですか!?旦那さま!?」
少年は倒れた彼に気づいて、何度か呼びかけたが、返事はない。
「お、お医者さまを呼ばなきゃ……!」
彼は慌てて部屋を出ていった。
わたしは鳴き疲れて、その場で意識を手放した。

次に目覚めたとき、わたしは段ボールの中のフワフワのタオルの上に寝かされていた。小さく鳴くと、あの少年が上から顔を覗かせた。
「よかった、きみも目が覚めたんだね」
少年が微笑む。
「きみのおかげで、旦那さまはギリギリ助かって、今は街の大きな病院に入院してるんだ。でも、いろいろ記憶が朧気みたいで、なんであそこにきみと居たのか、覚えていないようだったよ」
わたしは彼が助かったこと、彼がわたしを忘れていること、そのどちらにも安堵した。
「きみも、今はボロボロだけど、ちゃんと治療すれば羽根も元通りになるし、訓練すればまた飛べるようになるって獣医さんが言ってたよ。よかったね!」
わたしが喜びを込めて一声鳴くと、少年はさらに続けた。
「きみの羽根、とってもきれいだね。ぼく、この色すごく好きだな。きみの翼が全部治ったら、そのときは1枚だけもらっていいかい?お気に入りの帽子に飾りたいんだ」
少年は屈託のない笑みで、わずかに残っているわたしの羽根を褒めた。少年からは何の下心も感じない。本心から、わたしの羽根を綺麗だと褒めてくれたのだ。
わたしはそれが嬉しくて、肯定の意味を込めて、元気に一声鳴いてみせた。
「ありがとう」と少年はまた嬉しそうに笑った。

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