ミキミヤ

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10/30/2024, 2:12:03 PM

「ミネルバ、私が中2の頃の写真を見せて」

AIに語りかければ、「かしこまりました」の声と共に、空中に無数の写真が投影される。それを手でスワイプして順番に見ていく。
親友4人で同じ色のハチマキをして肩を組んで笑っている写真が目に入る。中2の体育祭の写真だ。

「この頃は4人同じクラスでずっと一緒にいたなあ。懐かしい……」

中学からの親友。今も交友はあれど、それぞれ違う道を進んで会う機会は減ってしまった。それが、久々に来週会えることになって、思い出を振り返りたくなったのだ。


「ご主人様、『懐かしい』とはどのような感情ですか」

ただただ楽しかったあの頃を思い出していると、AIのミネルバが言った。
ミネルバは普段は私の言動を見て勝手に学習しているようだが、たまにこうして質問をしてくる時がある。

「えー、なんだろう。過去を振り返って『あの頃は良かったなあ』とか『楽しかったなあ』とか思う気持ち?」
「過去の記録を参照することで当時の感情を想起するということですか」
「うーん、それだけじゃないんだよね。当時の感情だけじゃなくて今の思いも含んでるというか……」

私は頭を悩ませた。『懐かしい』って感情の言語化、結構難しい。

「うまく答えられないや、ごめん」
「いえ、ご回答ありがとうございました」

それっきり、ミネルバは沈黙した。

ミネルバには感情はない。『楽しい』『嬉しい』『悲しい』など人の状態として記録することはできても、その感情になることはできない。
それでもこうして質問してくることが、感情に関して理解しようと努力してくれてる感じがして、私は嫌いじゃなかった。

もしも、ずっと未来、ミネルバが感情を得る日が来たとしたら。私とのこんなやりとりを懐かしく思うこともあり得るだろうか。
そんな日が来たらいいなと、私は思った。

10/29/2024, 1:36:08 PM

「最近ね、実家の納戸にしまいっぱなしになってた教科書を捨てたのよ。でも、ついつい中読んじゃってさ、こんな勉強してたなあ、なんて浸っちゃったりして。めちゃくちゃ時間かかったよ〜」

少し前に断捨離にハマったという親友が言った。自分の部屋の範囲はすっかりやりきってしまって、最近は納戸に手をつけているらしい。

「そうなんだ。私は卒業と同時に中も見ずに全部捨てたからなあ。国語の教科書なんて、読みだしたら止まらなかったんじゃないの?」
「そうなの。『ごんぎつね』とかさ、ヤバいよ。今でも読んだら泣けてくるのよ」
「『ごん、おまいだったのか、いつも、くりをくれたのは。』」
「やめてって!ほんとに泣くから!」

『ごんぎつね』の終盤の有名な台詞を言ってみれば、彼女は目頭を押さえながら慌てて止めにきた。これだけで本気で泣けてきてしまうらしい。
そういえば、ごんぎつねを習った当時もこの親友は泣いていたなあ、と思い出す。
私はあの作品を読んでも『後味が悪いなあ』としか思わず、自分と彼女の受け止め方の違いに驚いたものだった。

「そんなに泣くような話かなあ。ごんって前半でいたずら三昧してるよね。最悪の形で因果が応報したって感じじゃない?」
「まーた、そんなドライなこと言って。兵十のおっかあが亡くなってからのごんの善意は本物だったでしょ。それなのに……あんな終わり方なくない?!」

目を潤ませながらキレている親友を見て、本当に私達って感じ方が全然違うよなあ、とつくづく思う。
同じ物語を読んでも、私達の中に残る物語は恐らく同じにはなってない。同じものを見ても、どう感じてどう記憶するかが、全然違うから。
私達は感じ方が違いすぎて、しばしば周囲に『なんで2人が友達なの?』と問われることもあるほどだ。
その度、この感じ方の違いが面白いんだけどなあ、と私は思っていた。
たとえ共通の経験の話をしていたとしても、私達それぞれの口から出てくる物語は、いつも異なっている。
それが、良い。すごく面白い。


私達は話をする。
相手の口から紡がれる物語に耳を傾ける。
自分の物語を言葉にして相手に渡す。
そうして、互いの物語を交わし合う。
その時間は、何より楽しくて、代えがたいものだった。

10/28/2024, 12:20:55 PM

暗がりの中で、息を潜める。天井から垂れ下がったカーテンと草の隙間から、通路をうかがう。
通路の向こうから、男女の2人組がやってきた。カップルだろうか。やりがいのある相手だ。

彼らが私の目の前を通り過ぎようとしたその瞬間――

「おいてけぇ〜〜腕おいてけぇ〜〜〜!!」

叫びながら通路へ上半身を乗り出す。

「キャーーーーーーーーーーッ!!」

2人は怯えて身を寄せ合い、女子の方は甲高い悲鳴を上げてくれた。

私の右腕は今、ズタズタに切り刻まれている(ように見えるよう絵の具で描いた)し、顔は墓場から出てきたような土まみれ(に見えるメイク)で、我ながらかなりおどろおどろしい格好だ。そう、私は今、文化祭のお化け屋敷でお化け役を演っているのだ。

クラスメイトから“片腕おいてけ婆婆”と名づけられたこの役を、私はかなり楽しんでいた。
私が何かすれば、客が即リアクションを返してくれて、実に痛快だ。ここはお化け屋敷ゆえ、客も驚いたり怖がったりすることを前提で入ってきてるので、どんなリアクションが返ってきても罪悪感がないのもいい。客は、カップルだったり友達だったり兄弟姉妹だったり、バラエティーに富んでいて、それぞれ表情も少しずつ違って全然飽きない。


また通路に現れた客を虎視眈々と狙いながら、天職見つけちゃったかも、なんてアホなことを考えてしまう私だった。

10/27/2024, 1:42:04 PM

あの子は、いつも紅茶の香りを纏っていた。
アールグレイだった。香水か、シャンプーの香りかはわからなかった。あの子はいつも、たっぷりとした黒髪をなびかせて、颯爽と歩いていた。美しいその姿に、紅茶の香りはとてもマッチしていた。
あの子とすれ違うとき香るそれに、いつも私は何故かドキリとして、心臓の鼓動がはやくなった。


10年経った今、あの感情は憧れと言うやつだったのだと思っている。
私は前髪で視界を狭くして、自分の世界に閉じこもるようなタイプだったから。颯爽と歩くあの子が眩しくて、憧れてたんだ。

カフェでノートパソコンを開けて作業をしていたら、アールグレイの香りが鼻腔をくすぐった。私は思わず、あの子の姿を探してしまった。本物の紅茶の香りだとわかっていたのに。


私の視界は今、あの頃よりずっと広くなった。もう、自分の世界に閉じこもりがちな少女ではなくなった。
あの子は今、どうしているだろう。
あの頃のように、紅茶の香りを纏って、颯爽と生きているのだろうか。

私は、紅茶の香りとともに、遠い憧れに思いを馳せた。

10/26/2024, 11:38:18 AM

朝目覚めてリビングに行くと、テーブルの上に小さなメッセージカードが置かれているのを見つけた。

『お誕生日おめでとう』

そういえば今日は私の誕生日だったな、と思い出す。
メッセージカードの字は、一緒に住む彼のもの。彼は毎年こうしてカードをくれる。直接渡してくれる年もあったけど、今年は彼が仕事で早くに出かけてしまったからこういう形になったのだろう。
カードの縁では、小鳥がリボンを咥えて飛んでいる。カードの模様も毎年違って、私を楽しませてくれる。
私は、カードの縁を指で撫でながら、ひとり口元を緩めた。もう私は30歳をすぎて、自分では素直に年を取るのを喜べなくなってきた。でも、彼がこうして祝ってくれると、年を取るのも悪くないと思えてくるから不思議だ。今日の仕事も頑張れそう。私は明るい気持ちで朝食の準備に取りかかった。



誕生日だからって仕事が楽になるわけはなく、1日いつも通りに仕事をして、2人で住む部屋へやっと帰り着いた。

「ただいまー」
「おかえりー!」

玄関を開けて声をかければ、先に帰っていた彼の声がすぐに返ってきた。
パタパタと足音がして、彼が出迎えてくれる。

「お誕生日おめでとう!」

ハグをしながら彼が言ってくれた。
仕事で無意識に張り詰めていた心がふんわり和らいだ。

「ありがとう」
「えへへ、やっぱり直接言えると嬉しいね!」

私がお礼を言うと、彼はキラキラの笑顔で返してくれた。

「今日の夕食はごちそうだよ!」

私よりもルンルンな様子で彼が言って、リビングに戻って行く。

私が生まれたことを私以上に喜んで、お祝いの言葉を欠かさずくれる人がいるのって、すごく幸せなことだなあ。
彼の背中を追いかけながら、私は幸せな気持ちで胸がいっぱいになった。

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