日がカンカンに照っている。ここはとにかく暑い地域。日傘をさしていても、効果があるのかわからないくらいだ。
『アイライネ。』
私の足元を歩く契約聖獣のユノアは、念話で私の脳に話しかけてくる。
「…。なに?」
『お主、少し顔が赤いぞ。休んだ方がいいんじゃないか?』
私は、日射に弱い体質だった。そんな私がなぜこんな地域にいるのかというのは、置いておこう。
「…軽い脱水症状かな。」
ふらふらする。思ってるよりひどいのかな。
『体を休めた方がいい。』
「うん…。」
私はユノアが見つけた日陰の狭い路地に入り、壁に背を預けてしゃがみこむ。私の頭を日傘が覆う。隙間からのぞき込むユノアをなでながら、私は言う。
「大丈夫だよ…。」
自分でも驚くほど、細い声だった。
どれくらいそうしていたのだろう、こっちに向かってくる気配を感じた。
「だれ…?」
『知らん。だが、お主に似た種の気配を感じる。』
「どういうこと…。」
やがて、足音もはっきりと聞こえた。敵意を感じないから、逃げる気力が出てこない。そうしているうちに、降ってくる声。
「どうかしたのですか、レディ?」
ナンパかな。逃げるべきだったか。続いて降ってくる声いわく。
「失礼するよ。」
彼はゆっくりと傘を退けた。あーあ。
「あ、ごめんね。」
私が目を覆ったからか、彼は傘を持ち直して、私の前にしゃがみ、私に傘を傾けた。そして私の顔を見た瞬間、彼は驚愕した。そうなるのがわかっていたから、傘の中にいたのに。
「すぐに医者に診てもらおう!」
「大丈夫…。」
そんな私の言葉が彼に届くはずもなく、彼は強引に私を抱き上げた。
「すぐに楽にしてあげるから!」
医者に診られたら、私自身認めたくないこの体質について、知らなければならなくなる。自分にも、他人にも秘密にしておきたいのに。そんな私の思いを他所に、彼は私を助けようとまっすぐだった。
目の前の少年は、覚悟を決めた顔で私にこう言った。
「付き合ってください。」
そして、手を差し出した。
しかし、私がどう答えようか考える間もなく、少年の手は下げさせられた。
「だめだ。」
私の夫、シャト君によって。
「なんで⁈」
「おれのだから。」
彼は少年相手でも私のこととなれば、容赦ない。
「や…やっぱりそうなの、シェラ様…?」
少年は潤んだ瞳で私を見つめた。少年は、全てを知っていたはずなのだ、私が既婚者であることも。
「僕には、シェラ様しか、いないのに!」
周りの目を引きたくて、少し悪いことばかりやって問題を起こしてきた少年を正すように頼まれ、私は少年の相手になっていた。そんな少年が、私にこう言ってくるのは仕方ないだろう。
「…ごめんね。」
私がそう言えば、少年の顔は真っ青になった。
「シェラ様の、ばか‼︎」
少年はそう叫んで、どこかに駆けて行った。
「…行っちゃったよ、アイシェル。」
「そうだね。」
「追わないの?」
「シャト君のせいだよ。」
彼はやれやれといった感じで、少年を追って行った。その背中を見送りながら、私は魔法を放つ。『やさしい雨を降らせる魔法』だ。少年とシャト君は、この雨をどう感じるだろうか。
好きな人に、私のことが好きだよって言ってほしい。でも、君は言ってくれないから。だから私が言おうと思った。それなのに、君を目の前にすると、私は緊張して伝えることができなかった。
気づいたら簡単には会えない距離になっていて、会えるのに会わなかった日を、自分のいくじなしと後悔した。次会うときは言うんだって決意した。
いざ次が来て、すごいじゃんとか頑張ってねとか、私が努力したことは認めてくれて褒めてくれるし、励ましてくれた。そして君は言う、寂しいね、と。私はうなずいた。私だって、そうだよ。好きだから。言え、言葉に、口に出せ私。
「あのっ」
「どうしたの?」
「…大好き、です。」
君はうすく驚いて、でもすぐに私を抱きしめてくれた。私の名前を呼んで、応援してるからね、と言った。嬉しかった。でも、私がほしいのは、その言葉じゃない。
どうしたら君はそう言ってくれるのだろう。それとも、君にとって私はその程度なのだろうか。
見知らぬ長い金髪の女性が、私の前に、魔物の視界から遮るように現れた。
「大丈夫。」
凛とした声で彼女はそう言い、槍を構えた。
急に現れた彼女に対して、魔物は魔法攻撃を繰り出す。空気が震えるような感覚に、先程まで私を襲っていた魔法とは桁違いの威力であることがわかる。恐怖に私は震え上がる。
「へぇ…ちゃんと私の強さを読めるんだ。」
彼女はそう感心したように言った。
「でも、判断を間違えたね。」
彼女は槍を振るった。
何が起きたのかわからなかった。ゆっくりと顔を上げてみれば、魔物は姿形もなく消えていた。
「た、助かった?」
彼女は私に寄ってくる。
「もう大丈夫。魔物はもういないよ。怪我はない?」
彼女は手を差し伸べてくる。
「お、お姉さん、何者?」
「旅人。」
「どうやって、倒したの?」
「強化魔法。」
「!」
私は彼女を警戒する。魔法は恐ろしいものだ。村を魔法使いの役人に奪われ、隣町への旅路で家族は魔物に殺された。
「どうかした?」
「お姉さん、魔法使いなの?」
「そうだね。…魔法が怖い?」
私が警戒していることに気づいていないはずがない。相当な魔法使いなことは、さっきの一瞬でわかっている。それなのに、彼女は終始穏やかだ。
「怖くない。怖いんじゃなくて、嫌い。嫌だ。」
私の全てを奪って、私自身を奪おうとした魔法なんて、大嫌いだ。
「そっか。」
彼女は、自分の武器を嫌と言われたのに、何ともないようにうなずいた。
「『怪我を治す魔法』。」
彼女がそう言った瞬間、私は体が軽くなった気がした。彼女を見れば、にこりと笑った。
「これも、魔法なんだ。便利でしょ?」
「…。」
私は何も言えなかった。
「ここは魔物の縄張りだから、とりあえず森を出ようか。」
私はうなずいた。彼女は手を差し伸べてくる。私はその手をとった。
「ねぇ。」
「なに?」
「魔法って…何なの?」
「なんだろうね。私は、人によって解釈は変わるとは思うよ。」
「…私は、魔法に全てを奪われた。」
「そう。」
彼女は私の話なんて興味なさそうだった。だから、すーっと言葉が出てきた。
「でも、お姉さんの、魔法に救われた。」
「そうだね。」
「魔法は、嫌いだと思ってたけど…魔法がなんなのか、知らないだけだった。」
「そっか。」
「お姉さん、私に魔法を教えてください。」
彼女は穏やかに微笑んだ。
…暑い…?違う、熱い。体が、熱い。
『目覚めたか。』
脳内に直接響く、低く聴き慣れた声。契約聖獣のユノアだ。目を開ければ、真っ暗闇。匂いからして、医務室だろう。
「うん…。」
『何があったか思い出せるか?』
『うん。ひどくやられたんだよね。大丈夫、記憶の混濁はないよ。ただ、体が熱い。』
『それは仕方ないと、ユーエンが言っておった。』
ユーエンは私を治療してくれた医者だ。
『わかってる。』
私はゆっくりと体を起こした。目が暗闇に慣れてくる。
『ユノア、スリッパとってくれる?』
私が言えば、器用にくわえて私の足元まで持ってきた。
『どこへ行く?』
『少し外に。』
寝てないといけないことはわかってるけど、こうも熱いと眠れない。ユノアは否定せず、静かに私のそばにいる。
医務室の扉を開ければ、東の空が明るくなり始めていた。
「黎明。」
私はつぶやいた。そうだ、戦いは終わった。
「アイシェル。」
名前を呼ばれて、私は肩を揺らした。
「驚かしたみたいでごめんよ。」
振り向くと、頭に包帯を巻いたレイメイがいた。
「体は大丈夫なのか。」
「うん…。」
「そっか。」
私たちは、揃って夜明けを迎えた。
「静かだ。」
「…みんな、満身創痍だったからね。」
「こんな夜明けも、悪くないな。」
いつもはしゃいでうるさいレイメイらしくなく、静かに笑った。また、ここから始めよう。