「アイシェル。」
盲目の弟子が深妙な声で私を呼んだ。
「何?」
私がなんてことないように返事をしたからか、弟子は少しムッとしたようだ。
「…わかってるんでしょ。」
「そうだね。」
「強大な魔力が近づいてくるよ。」
「まったくだ。身の程知らずだね。」
おそらく、弟子を狙う賊だろう。彼は、それなりの身分の嫡子だ。私は肩をすくめる。こういう仕草は、盲目の彼には見えていないのだろう。
「…討伐するの?」
「まさか。いつも通り逃げるよ。」
「…なんで捕えないの?」
「なんで捕える必要がある。」
私たちは極力音を立てずに移動する。手を引かずとも着いてくる彼は、さすがだ。
「僕は、魔法戦を知らない。」
「…君の魔力視が、どのくらいのものなのかわからないけど、そんなきれいなもんじゃないよ。」
「…僕は、見たい。知りたい。」
「…でも、君の見た景色に争いはなかったんでしょ。」
彼は、まれに少し未来を夢みたいに見ることができる。彼は、幸運にも争いのない時代に生まれてきた。
「…。それは、アイシェルが、力を使ったからじゃないの?」
思わず頬が緩んだ。彼は、賢い。
「私が見る景色は。」
私は魔法を放つ。遠くで悲鳴が聞こえてくる。
「邪魔が入らない世界。」
決して、きれいな世界ではない。
「君が望む景色と、夢に見る世界ではないんだよ。」
「すごい…。戦いにも、ならない。」
彼は、圧倒的強者としての私に、感服していた。
君は、その目に、何を見た?その頭に、何を描いた?私は、君が欲するものを、与えられているだろうか。
敵の策略にはまり、仲間が捕えられてしまった。もしかしたら、傷つけられているかもしれない。
おれはまっすぐ走った。
「おや、1人で乗り込んできたのですか。」
敵の大将と思われる不気味な風体の人物は、おれを見つけてそう言った。
「そんなわけあるか。みんながおれを行かせてくれたんだ。仲間はどこだ!」
「あの子をかえすわけにはいきません。あの子は危険すぎる。」
敵はいきなりおれを襲ってきた。
⁉︎
完璧に避けたつもりだった。それなのに、頬に走ったピリッとした痛み。敵は不敵に笑う。やられたままではいられるかっ!
「あなたの実力はこの程度ですか?」
おれの攻撃は全て当たらない。どうして?
「…まさか。」
よく考えればわかったはずだ。こいつの攻撃は、捕らわれた仲間のものに似ている。なるほど、普通に戦ってはおれは絶対に勝てない。こいつに勝てるのは、それこそ同じ属性で戦う仲間だけだ。じゃあおれができることは。
「何を!」
おれはねらいをやつの頭上に光る謎の球体に定めた。
「それが、仲間を苦しめているんだろ!」
「待て!」
やつは今までで1番強力そうな技を繰り出した。やばい。でも、早くあの玉を壊さないと!早く!
「よっしゃ!」
球体が弾けたと同時に、おれは防御の体制をとる。
その瞬間、風を感じた。
やつは吹き飛び壁に衝突した。風が吹いてきた方を見れば。数十メートル先に、捕らわれた仲間の姿があった。徐に立ち上がり、しっかりとした足取りでおれの方に向かってくる。
「おそいよレイメイ。」
彼女は静かに言った。足取りはしっかりしていたが、かなりやられているようだ。服がぼろぼろだった。
「わるい。相性が合わない。」
彼女は息を吐いた。
「それもそっか。」
「勝てるか?」
「もちろん。でも、強いよ。」
「共闘といこうか。」
おれたちは殺気が膨れ上がっている敵にねらいを定めた。
目を閉じていても入ってくる日の光に、私は目を覚ました。んー、今日もいい天気!そのおかげか、昨日の失敗なんてすっかり思い出せなくて、良い1日の始まりだ。私は寝袋をたたみ、いつも通り早起きな師匠を探す。
いつもは近くで朝ごはん作ってくれているのに、今日はなかなか見つからなかった。海岸に出て、ようやく師匠を見つけた。
「おはよう師匠!何してるの?ご飯は?」
私は師匠に駆け寄る。師匠は私の呼びかけに反応せず、海のその先までぼんやりと眺めているようだった。何か様子が変だ。師匠は生き物の気配に敏感なはずなのに。
「師匠?」
私は彼女の顔をのぞき込む。
「…ごめん、ちゃんと聞こえてるよ。」
彼女は私の頭をなでた。今にも泣きそうな顔で、穏やかに笑っている。
「何、してるの?」
「…なんでもないよ。先、ご飯の準備しててくれる?」
「…一緒にする。」
こんな今にも崩れそうな顔をした人を、1人にしておけない。相手が逆らえない師匠であっても。
「…そっか。」
彼女の顔が困り顔になったのがわかった。それでも、私の考えは揺らがない。
ふと、彼女が左手に持っているものに気づいた。
「それ何?お酒?朝から飲むの?」
師匠がお酒飲むのは見たことない。子どもの私に遠慮してただけで、本当は好きなのかな。
「違うよ。」
彼女はしゃがんで私と目の高さを合わせた。
「これは、メッセージボトルって言ってね。中身は手紙だよ。海に流して、その先の誰かに届けるんだ。」
「その先の誰かって?」
「ちょうど流そうと思ってたんだ。ココル、流してみる?」
私の質問には答えずに、彼女は手紙の入ったボトルを差し出した。
「これ、ちゃんと届くの?」
「そう思う?」
彼女はまゆを下げて情けない顔で言った。その瞬間、私はわかってしまった。誰に宛てたものかはわからないけど、それを言いたくないということ、そして届かないだろうこと、さらにそれをわかっているからこそ、流す勇気がないのだろうこと。
「わかった、私が流してみる。」
私はボトルを丁寧に受け取った。
「ありがとう。」
彼女は安心したように顔を緩めた。
彼女にとってこのメッセージボトルはどういう意味があるのか、わからない。でも、あんな顔をするのだから、きっと深い意味があるのだと思う。
「放すよ…。」
「うん。」
彼女返事を聞いてから、私はボトルを放した。波に飲まれ、すぐに見えなくなった。
誰がこのメッセージを待っているのか、わからないけど。お願い、ちゃんと届いて…..
日がカンカンに照っている。ここはとにかく暑い地域。日傘をさしていても、効果があるのかわからないくらいだ。
『アイライネ。』
私の足元を歩く契約聖獣のユノアは、念話で私の脳に話しかけてくる。
「…。なに?」
『お主、少し顔が赤いぞ。休んだ方がいいんじゃないか?』
私は、日射に弱い体質だった。そんな私がなぜこんな地域にいるのかというのは、置いておこう。
「…軽い脱水症状かな。」
ふらふらする。思ってるよりひどいのかな。
『体を休めた方がいい。』
「うん…。」
私はユノアが見つけた日陰の狭い路地に入り、壁に背を預けてしゃがみこむ。私の頭を日傘が覆う。隙間からのぞき込むユノアをなでながら、私は言う。
「大丈夫だよ…。」
自分でも驚くほど、細い声だった。
どれくらいそうしていたのだろう、こっちに向かってくる気配を感じた。
「だれ…?」
『知らん。だが、お主に似た種の気配を感じる。』
「どういうこと…。」
やがて、足音もはっきりと聞こえた。敵意を感じないから、逃げる気力が出てこない。そうしているうちに、降ってくる声。
「どうかしたのですか、レディ?」
ナンパかな。逃げるべきだったか。続いて降ってくる声いわく。
「失礼するよ。」
彼はゆっくりと傘を退けた。あーあ。
「あ、ごめんね。」
私が目を覆ったからか、彼は傘を持ち直して、私の前にしゃがみ、私に傘を傾けた。そして私の顔を見た瞬間、彼は驚愕した。そうなるのがわかっていたから、傘の中にいたのに。
「すぐに医者に診てもらおう!」
「大丈夫…。」
そんな私の言葉が彼に届くはずもなく、彼は強引に私を抱き上げた。
「すぐに楽にしてあげるから!」
医者に診られたら、私自身認めたくないこの体質について、知らなければならなくなる。自分にも、他人にも秘密にしておきたいのに。そんな私の思いを他所に、彼は私を助けようとまっすぐだった。
目の前の少年は、覚悟を決めた顔で私にこう言った。
「付き合ってください。」
そして、手を差し出した。
しかし、私がどう答えようか考える間もなく、少年の手は下げさせられた。
「だめだ。」
私の夫、シャト君によって。
「なんで⁈」
「おれのだから。」
彼は少年相手でも私のこととなれば、容赦ない。
「や…やっぱりそうなの、シェラ様…?」
少年は潤んだ瞳で私を見つめた。少年は、全てを知っていたはずなのだ、私が既婚者であることも。
「僕には、シェラ様しか、いないのに!」
周りの目を引きたくて、少し悪いことばかりやって問題を起こしてきた少年を正すように頼まれ、私は少年の相手になっていた。そんな少年が、私にこう言ってくるのは仕方ないだろう。
「…ごめんね。」
私がそう言えば、少年の顔は真っ青になった。
「シェラ様の、ばか‼︎」
少年はそう叫んで、どこかに駆けて行った。
「…行っちゃったよ、アイシェル。」
「そうだね。」
「追わないの?」
「シャト君のせいだよ。」
彼はやれやれといった感じで、少年を追って行った。その背中を見送りながら、私は魔法を放つ。『やさしい雨を降らせる魔法』だ。少年とシャト君は、この雨をどう感じるだろうか。