「ねぇ師匠!何読んでるのっ?」
私は師匠の読んでいる本をのぞき見た。年号が書いてあるのが見えたから、歴史書かな?
「…歴史書の見本だよ。」
「見本?」
師匠はふぅと息を吐いた。
「そう。これはまだ出版されていないものだよ。」
「なんでそんなものを師匠が持ってるの?」
「添削を依頼されたんだ。」
彼女は、私の魔法の師匠であり、一緒に旅をしている。
「え?師匠って旅人なのに、なんでそんな依頼が来るの?」
「私はある程度魔法使いとして評価されているから、たまに国から直接依頼が来るんだよ。」
そういえば、初めて見た師匠の魔法は、初歩に分類される『物を浮かせる魔法』だったが、私のような素人から見ても洗練されているのがわかった。
「国からって、師匠、本当は偉い人なの⁈」
「さぁ…どうだろうね。」
彼女は地位に興味はないようだ。
「師匠は歴史にも詳しいの?」
「そう思う?」
「うん。よく、古代語の魔法職読んでない?」
「あぁ、うん、そうだね。うん、詳しいっていうかさ、知ってるって言う方が近いかも。」
師匠は本のある文を指差した。
「ここ、読んで。」
「⚪︎⚪︎歴××年、魔物の封印が解け、…このあたりの歴史は知ってるよ、有名じゃん。Sランク冒険者だったパールが討伐したんでしょ。」
彼女は微妙な顔でうなずいた。
「うん、一般的にはそう言われてるね。まぁ続きも読んで?」
「…パールは討伐に尽力した。?討伐、じゃないの?」
「うん、彼は“尽力”したんだよ。」
「じゃあ、討伐したのは?」
「彼の弟子だよ。」
彼女はページをめくった。私は続きの文を読む。
「パールの弟子であったシャルガレットは、彼の犠牲の上に勝利した。…なんか、意地悪な書き方だね。」
私は思ったことを口にした。
「…そうだね。事実、彼が自分を犠牲にして作った隙に、シャルガレットは撃ち込んだ。」
「そうだとしても、この書き方…。直した方がいいよ、師匠。」
彼女は悲しげな顔で続けた。
「パールは、人のために行動してきた偉大な冒険者だった。みんな彼が好きだったんだ。でも、弟子のシャルガレットは違った。実力はあったのに、有名になることの危険を恐れて、パールの影に隠れて生きていた。みんなに慕われていなかった。」
「そんな…。」
どうして?彼女だって、魔王討伐頑張ったんじゃないの?
「その後、彼女はパールを回復させなかったことでひどく言われた。」
「それは、どういうこと?」
「やられたパールを回復して生かすべきだったと周りは批判した。彼は、それほどまでに頼りにされていたんだ。」
パールが高く評価されていたのはわかるが、シャルガレットは悪いことはしていないのに。
「客観的事実はそんな感じかな。内情をもう少し話すと、パールの判断は正しかった。シャルガレットにとどめを刺すように言ったのは、パール自身だよ。彼の力では、魔物には敵わなかった。それを彼自身もわかっていたから、彼女に頼んだ。」
「じゃあ、シャルガレットの方が強いってこと?」
「…少なくとも、彼女は彼より強かったよ。」
「じゃあ、なんで彼女は有名じゃないの?」
「言ったとおり、みんなが彼女を好きじゃなかったからかな…。別に彼女も有名になることを望んではいないし。」
何かおかしい。シャルガレットが残らない歴史も、詳しく知ってる師匠も。
「さて、シャルガレットのフルネーム、知ってる?」
「知らないよ、シャルガレットも初めて聞いたよ。」
いきなりの質問にそう返せば、師匠はまた本を指差した。
「ついにここまで解読されたんだね。」
「シャルガレットについて…シャルガレット(アイシェル・シャルガレット)は幼少期からパールの弟子であり、史上最年少、女性初のSランク冒険者となる。しかし、貴族社会を好まず、この魔物討伐まで表に立つことはなかった。また、討伐後も数十年後の魔王討伐まで名前は出てこなかった。」
私はまたページをめくった。すると、パールと幼い頃のシャルガレットの写真が載っていた。
「大人になってからは、パールとの行動も減ったからねぇ。」
彼女はぽつりとそう言ったが、私は写真に釘付けで、聞き流していた。写真の少女は、ショートカットで少年のように見えるが、その整った顔つきは女性であることがわかる。
「ねぇこれ、師匠に、似てる…。」
切れ長の瞳にすっと通った鼻筋。一度そう思えば、そうとしか思えなくなってきて、私は何度も師匠と写真の少女を見比べた。
「見すぎ。」
「師匠って、名前、なんていうの?」
私は思わず聞いてしまった。
「いまさらで失礼な質問だね。」
「し、知ってる、けど…。」
やけに詳しかったのは。
「アイシェル、だよ。」
「ほ、本人⁈」
彼女はゆっくりうなずいた。いたずらが成功した子どもみたいな、そう、写真の通りの顔で。
9/3/2025, 5:48:41 AM