私は今日も、ひとりぼっち。
もうここに来てからは、人とも喋ってもいない。
ただ毎日、本を読む。
今のところ、その繰り返しが続いている。
そんな私に、私より2つくらい上であろう男の子が話しかけてきた。
きみもこの本好きなの?
そう言われて、驚いた。
この本を好きな人なんて、私以外いないと思っていたから。
思わず綻びそうになった顔を必死で隠したけれど、もう遅かった。
あはは、笑ってる。
で、この本のどんなところが好きなの?
ずるい。
そんな風にに聞かれたら、もう話したい気持ちが抑えられない。
その日私は、少年と夜がふけるまで話し込んでしまった。
そんな日がしばらく続いていったある日、少年から話があると言われた。
いつもの場所に行くと、小さな花束を抱えた彼が立っていた。
いつも通り話しかけると、少年が凛とした声で言い放った。
ずっと話しているうちに、きみのことが大好きになっちゃったんだ。
愛してる。
彼岸まで一緒に行こう。
愛してる。
ろくでもない彼氏に捨てられて自殺した私にとって、何よりの言葉だった。
私も彼が好きだ。
でも、それよりも先に、出てきた言葉があった。
きみも死んでるの?
とにかくそれに驚いた。
すると少年は、
僕はね、ある事故で死んじゃったんだ。
でも、きみに会って、どうしようもなかったこの死を受け入れられた。
彼岸でしか愛することは出来ないけど、受け止めきれないほどの愛をあげる。
だからこの気持ち、受けとってくれる?
こんなこと言われて、言うことはただ一つ。
喜んで。
彼岸行きの道を歩みながら、私たちは、同じ本を持った手を、そっと繋いで、微笑みあった。
私は今日、この世界に終わりを告げる。
私は、そのことを知っていた。
もう治らないと言われている病気に、到底払える額ではない手術代。
今日も自分の心音が少しずつ、少しずつ弱まっているのが、わかっていた。
わかっていたから目を閉じた。
辛いなら目を背けて仕舞えば良い。
もう2度と目覚めることがなかったとしても、痛くないならそれでも良いと、私の心のように曖昧な空を見つめながら目を瞑った。
それからどのくらいったのだろうか
私は不思議なところにいた。
恐ろしほどに美しい花畑の中で呆然としていると、白い服を着た、幼い少年に話しかけられた。
おねーさん 何してるの?
ここはおねーさんが来るとこじゃないよ?
そう言われた私が、じゃあここはどこなのかと聞くと、その少年は、くひひっと笑って答えた。
おねーさん知らないの?
ここはあの世とこの世の境目。
おねーさんは、生きれるからここにいちゃいけないんだよ。
そんな答えを突き返され、私はなんだか腑に落ちてしまった。
そうなんだ。
でもね、私は病気なの。
きっともうしばらくしたら死んじゃうから、あの世に連れてかれるまでここにいるね。
そう私が答えると、しばらく黙っていた少年が口を開いた。
おねーさん、空の色、どんなだった?
唐突な質問に、私は驚きながらも、
曖昧な空だったよ。
と答えた。
すると少年が、
もったいないよ。
曖昧な空だってことは、これからもっと綺麗になるかもしれないじゃん。
ほら、俺がこの世に送ってくれるからさ。
と言って、私の体をぐいっと花畑の中に突き倒した。
だんだん体が眠くなっていく。
ぼんやりとした意識の中で、少年が悲しそうに手を振るのが見え、思わず、あなたは戻らないの、名前は何と聞くと、
僕は雨宮透。
いつか会いにきてね。
と悲しげな声が聞こえた、、、、
目が覚めた。
気がつくと私の周りにはたくさんの人がいて、生きるか死ぬか死ぬかの瀬戸際だったと伝えられた。
みんなが部屋を出ていく時、私は看護婦さんに、あの男の子のことを聞いた。
私と同じ生と死の狭間にいたのなら、この病院にいると思った。
すると、看護婦さんは、雨宮透は、昔この病院で死んだ、空が好きな男の子だったのだと言った。
私は驚いた。
でも、彼のあの寂しそうな顔が忘れられなかった。
彼のお墓は、空を見つめられるようにと、小高い丘の上にあるのだそうだ。
いつかこの病気が治ったら、彼の眠るところへ行こう。
そうして、彼の好きな空のことを、伝えたい。
私はそう願い、生きることを決めた。
憂鬱な梅雨には、紫陽花が咲く。
鮮やかな青色をした紫陽花に、私は今日も話しかける。
大好き大好き大好き。
この花を愛するのには、私には愛する人がいたからだ。
今日みたいな梅雨の日、大好きだった彼に、別れを告げられた。
正直もう君に縛られるのは限界だと、もう愛せないと、そう言われた。
悲しくて悲しくて、憎らしくて憎らしくて、許せなくて、気がついたら、小さなナイフを握った手が、カレの体に触れていた。
今日も私は紫陽花に話しかける。
この紫陽花が生きている限り、私は彼と生きられるのだ。
だーいすきだよ、カレ❤️
甘ったるいその声で、私はつぶやいた。
好き、嫌い、好き、嫌い。
貧相な花をちぎりながら、そう呟く少女がそこに1人、佇んでいた。
なんだか、どこかで見たことがあるような、そんな感じがしたから、なんとなく話しかけた。
何をしているのと、そう尋ねると、少女はこう言い放った。
すきだったひとをね、さがしてるんだぁ
でもね、みつからないの
だから、おはなさんに、そのこのことを、おしえてもらってるんだよぉ
その瞬間、僕は小さい時に好きだった子のことを思い出した。
その子もよく花占いしてたっけな。
そうぼんやりしていると、少女にどうしたのだと話しかけられた。
僕は、ただ昔のことを思い出したのだと言い、つい詳しく話してしまった。
その時だった。
少女の姿が変わり果て、一瞬のうちに僕を飲み込んだ。
ああ、やっと見つけた。やっと一緒だと、少女は言った。
そういえばあの子は死んだはず。
じゃあこの子は、、、
その真相を、僕は知る由もなく、飲み込まれていった、、、
今日も私は屋上に立つ。
毎日毎日毎日毎日星空を見上げて呟く。
ああ、今日も見つからない
ここに越してくる前、ある少年と星空を見た。
少年は、夜空にぼんやりと輝く二つの星を、自分たちみたいだと言って笑った。
私が引っ越す時、彼は、この星が見える限り、僕たちは繋がっているのだと、また会えると、泣きながら言った。
私も、好きだと言ってあげられなかった彼にもう一度会いたかった。会いたくてたまらなかった。
だから私は星を探した。
でも、いくら探しても、あの星は見つからなかった。
どれだけ探しても、鬱陶しい音々の光に隠れて、あの星は消えてしまった。
もう彼には会えない、、、、
そんなどうしようもない現実を突きつけられた気がして、私は泣いてしまった。