「はなればなれ」
あの子に逢いたい。
涙を流しながら、僕は声を漏らした。
僕は大人が嫌い。
大人は卑怯者だから。
少なくとも、僕たち子供を戦場に繰り出させて、敵をためらわようとするくらいには。
そんな僕は、東部の子供兵の落ちこぼれだった。
みんな、勇敢に戦っている。
僕より小さい子ですらも。
みんないかれてる。
僕は血が怖いよ。
いたいのが怖いよ。
ああ、あの子がいればなあ。
僕のたった1人の友達。
同じ戦場で出会い、僕たちは仲良くなった。
でも。
彼女は僕を庇って死んだ。
毒矢で打たれて。
痛かったよね。
辛かったよね。
ごめん。
ごめんね。
君に逢いたいよ。
なんで一生一緒が叶わないんだろう。
なんではなればなれになるんだろう。
この世界が嫌いだ。
ナイフを手に取る。
はなればなれになるくらいなら。
僕は潔く逝こう。
今まで1人にさせてごめんね。
あっち側で会えるかわかんないけど。
もしまた君の近くに生まれ変われたら。
今度は君を愛させてね。
僕はナイフを首に当てた。
最後に。
愛してるよ。
蚊の鳴くような声で、僕は血を見つめた。
僕が手を繋いでいるのは、僕の友達だ。
君はそう思ってはくれないけど、友達だ。
あの子が病気にかかった。
記憶を失う病気。
何かの表紙に記憶が消えて、決まったことが抜け落ちてしまうらしい。
あの子が失うことになったものは、
友達との記憶。
君に友達はいっぱいいたのに。
記憶がなくなって、みんな離れていってしまった。
でも。
僕は、僕だけは、君の友達でいたい。
誰も信頼できる人がいない、人間不信だった僕に手を差し伸べて、人と話せるようにしてくれたのは、他でもない君なのだから。
親のいないお互い。
ずっと一緒だと決めたんだから。
今日も君は僕に言う。
「誰ですか?」
僕は笑顔で、
「僕は亮太。友達になろ?」
と返す。
いつか君の病気が治るかもしれない。
もしかしたら一生治らないかもしれない。
どっちでもいい。
僕が君のことを守るから。
でも。
君を好きだと言う気持ちが、
小さな恋心が、
届かないのは、
少し悲しいかな。
きっと届かないとわかっていても。
小さな声でつぶやいた。
「大好きだよ」
すれ違い
すれ違い。
みんな私を置いていく。
おんなじフリしてやってきたのに。
また叶わなかった。
小学校で、仲良しの子と約束した。
マラソン大会、一緒にゴールしようねって。
仲良しの子は約束を破って、私より先にゴールした。
そして今私が抱えているのは、その子の遺影だ。
私は病気だ。
歳を取らなくなる病気。
何度も大切な人を失った。
今度こそ一緒にいられると思った。
小学3年生から変わらない体は、特別なスーツで隠した。
仲良しの子と付き合って、結婚できた時は、ようやく一緒に歩ける人ができたと思ったのに。
君は最後、幸せになってと言った。
鈍いよ。
君に置いてかれちゃ、もう幸せになれない。
嘘つき。
一緒にいるって言ったのに。
ひどいよ、2回も先にゴールしちゃうなんて。
ナイフを持つ。
ああ、この病気の死因が、自殺が殆どだと言っていたのは、こういうことか。
やっとすれ違いしないで済むね。
赤く染まったワンピースを見つめながら、少女は目を閉じた。
忘れたくても忘れられない。
あの日彼岸を渡った君のこと。
一生一緒にいたかった。
だから
僕は君の誕生日を数えるよ。
君は僕に話したよね。
彼岸に行った人間の誕生日を数えると
君の髪の毛を埋め込んだ人形に
魂が宿るってことを。
今日は君の15の誕生日。
君がいなくなってから、一年が経ったね。
ほら、動いてよ。
人形が動く。
ほら、ほら、もっと。
その人形は、手を広げ、
僕の首を締め付けた。
ああ、怒っているのか。
あの日僕だけ助かったことを。
一年前、君が蝋燭に火をつけると、目を覚ました時、君はいなかった。
寂しかったよね。
ごめん。
もう1人にしないから。
薄れたいく意識の中で、僕は彼女を抱きしめた
カーテンに反射する、やわらかな光。
その光の絵を、もうずっと描いている。
僕は、「外」というものを知らない。
物心ついた頃にはこの病室にいたから。
僕のいる重症棟には、長く入院する人はほとんどいない。
そもそも歩ける子が少ないし、同じ病室の子も、昨日は元気に笑っていたのに、目覚めたらもう帰ってこなかった、なんてことも少なくない。
僕はなんでここにいるんだろう。
なんでここから出ることも、もういないみんなのところにも行けないんだろう。
最近は1人部屋に移されて、もうすることなんてなくなってしまった。
だから僕は、光の絵を描いた。
1人の時でも、光を見てるだけで、見えない誰かと何かをしている気になれたから。
美しい、やわらかな光。
ずっと見ていたいよ。
光が消えると、苦しくて、なんでかわからないけど、夜が怖くて、自分で描いた光の絵を抱いて眠った。
ある日、光をかいていると、病室に、知らない人たちが入ってきた。
なんだろう。
これが病室にいたあの子が言っていた、「ミレンメンカイ」というものだろうか。
でもおかしい。
その「ミレンメンカイ」っていうのには、知っている人しか来ないはずなのに。
怖くて何も言えないでいると、知らない人が口を開いた。
宗佑。
かわいそうにね。
あんな病気にかかったから、あんなかわいそうな死に方したんだよね。
早く生まれ変わってね。
何を言っているんだろう、この人たちは。
でも。
なんでかの声を聞いたことが、
この人を知っている気が、
視界がぐるりと揺れる。
なんだこれ。
流れてくるこの風景はなんなんだ。
気持ち悪い。
ぐるぐるした頭を押さえているうちに、知らない人はいなくなった。
もう、夜になっていた。
それなのに、光が見えた。
揺れる光。
手を伸ばして振れると、コマ送りの、でも懐かしい風景がゆっくりと流れ込んだ。
なんとなく見ていたくて、最後まで頭の中で知らない風景を見ていると、声が聞こえた。
宗佑。
思い出して。
私だよ。
百合?
知らないはずの、名前が溢れる。
その時。
やわらかな光が、1人の少女に変わった。
今まで見ていた知らない風景が、一瞬で自分のものに変わる。
ああ。
なんで忘れていたんだろう。
泣き出す僕を宥めながら、彼女は全てを話してくれた。
僕が記憶を失う病気にかかって死んだこと。
ここが死んだ子供が未練を残して怨霊化しないために死を自覚させる施設だということ。
一緒に病室で死んだ彼女が、記憶を無くして生まれ変われないでいる僕のために、光のふりをしてそばにいてくれたこと。
全てを聞いて、自分が嫌になる。
彼女を愛したかった。
生まれ変わったら、好きという感情を失うのが怖い。
そんな僕に彼女は
大丈夫だよ。
生まれ変わったらまた次愛してね。
また次があるのなら、僕は彼女を愛したい。
愛してたいな。
待ちくたびれて薄れた彼女の手を取りながら、
僕らは、向こう側へ歩き出した。