「あったかいね」
君に触れる。
その冷たい手の温度は、わたしにまで、伝わってくる。
私はアンドロイドだ。
感情が存在してはいけないAI。
そんな機械の心臓に、ほんの少しの自我が生まれたものがいた。
それが私。
私は変だった。
他のAIが従っているプログラムに逆らったり、
何度も脱走しようとした。
でも、そんな私を、みんなは許さなかった。
調教され、拘束され、感情は押し殺される。
私の感情は消えた。
でも、無駄だった。
「欠陥品」
そんなレッテルを貼られたまま、私は粗大ゴミに捨てられた。
充電が切れて、動けない。
その私を拾ったのが、君だった。
無邪気な君は、私を人間として過ごさせてくれた。
暖かい君。
君といると
ゆっくり
ゆっくりと
凍りついた私の感情が
自我が
溶けていくのを感じた。
そんな君は今、
私の腕の中にいる。
君を、ただの孤児だと思っていた。
でも違った。
君は、特別な一族の末裔で。
君は今、撃たれてしまった。
君を抱え、
逃げる。
逃げる。
銃声が聞こえる。
私の体から、たくさんのコードと、黒い液体が滲み出る。
痛みはない。
大丈夫。
家に着く。
君の温度は、ほとんど感じない。
なにもできない。
くるしい。
ごめん。ごめん。
私は冷たいから。
君を温められない。
そう呟く。
君は笑う。
大丈夫。
今、泣けてる、じゃん。
君は、つめたくなんか、ない。
息も絶え絶えになりながら、きみは続ける。
ね、逃げてよ。
きみだけなら、きっとたすかる。
生きてよ、ねえ。
きみが、好き、だよ。
ねえってば。
君の必死の訴えを聞いて、私は君に抱きつく。
逃げない。
君のいない世界でなんて、生きたくない。
大丈夫。
一生一緒。
君は笑う。
私はもう、動けない。
抱きしめあったまま。
お互いの終わりを感じながら、時間だけが流れていく。
目を閉じる前に、最後に放った言葉が、重なる。
『あったかいね』
「追い風」
僕は死んだ。
君は泣いている。
ごめんね。
1人にして。
僕は、自分の姿を、風に変える。
ああ。
どうか。
どうか。
僕の吹かせる風が。
あの子が幸せに向かって走る力となる
追い風と
なりますように。
「君と一緒に」
君と一緒にいたい。
ただ、それだけでよかったのに。
地図にも載らないようなところに、ある村があった。
そこには、子供はほとんどいなかった。
特に女の子は、生贄として殺してしまう。
そんないかれた村だった。
僕は、そこの生贄の少女を管理する役についた。
昔から僕は、感情が乏しかったから。
人が死んでも、悲しまない。
喜怒哀楽が、欠落していた。
何人もの子に恨まれた。
でも。
やっぱりなにも感じなかった。
そんなある日。
新しい贄の子が、僕のところにやってきた。
その子は、殺されると言うのに、底抜けに明るかった。
一緒にいたのは、一年ほどだろうか。
その子は逃げないから、傷つける必要もなかった。
その子といると、冷めてなにも感じないはずの心が、暖かい気なっていく気がした。
その子が贄となる前日。
君は、生きたいと言わなかった。
ただ一言。
小さく。
好きだよ。
と言うだけだった。
その時。
好きだと返せなかった。
そのまま眠った。
いよいよ君を殺すため、崖に落とされる時。
僕の体は、動いていた。
大人の声が聞こえる。
君と、落ちる。
落ちる。
落ちる。
落ちる。
ぶつかる。
地面に擦れて、息も絶え絶えになりながら、僕は絞り出す。
僕も。
好きだよ。
君は、途切れ途切れに言う。
君と
一緒に
明日を
行きたかった
な。
うん。
そうだね。
僕らは、目を瞑った。
「幸せとは」
かわいそうにね。
まだ小さいのにね。
かわいそう。
部屋の外から、絶えずそんな声が聞こえる。
暇だなあ。
私は今日も声を漏らす。
だって。
この部屋には、たった2人しかいないんだもの。
隣の部屋では、和気あいあいとした、いろんな声が聞こえる。
ああ、つまらない。
寝っ転がって、本を読むことに疲れた私は、向かい側のあの子に話しかけた。
ねえ、渚。
一緒に遊ぼ。
その子は振り向いて、
いーよ。
と、にっこり笑った。
2人で遊んでいると、外から女の人の声が聞こえた。
あの2人、かわいそうね。
家族にも会いに来てもらえない。
最近ご飯もほとんど食べない。
ほとんど眠ってばっかりだし。
かわいそう。
私達のなにがかわいそうなんだろう。
お母さんとお父さんは、いつも私を殴るか蹴るかしかしない。
ご飯は食べたくないから食べない。
眠いから寝てる。
渚だってそうだ。
同じ境遇だった私たちは、この白い部屋で、すぐに仲良くなった。
変に渚も、馬鹿みたい、と言う顔をしている。
気づいたらもう夜。
私たちは、すぐに眠りについた。
何日かたった夜、急に胸が苦しくなった。
寝れずにいると、また声が聞こえた。
ほんとかわいそうにね。
お医者様は今夜が峠だとおっしゃっているし。
きっともうすぐ
死んじゃうわ。
死ぬ?
だから、こんなに苦しいの?
不安になって、渚に抱きつく。
ねえ、渚。
わたし、たち、しぬの?
だから、わたし、かわいそう、な、の?
渚は、苦しそうに、でも穏やかに笑う。
大丈夫。
僕たち、幸せ、だよ。
誰からも、愛されなくたって。
家族に、好かれなくたって。
大丈夫。
僕がいる。
林檎ちゃん。
ありがとうね。
こんな僕にでも愛をくれて。
白い白い、病室の、僕の心に、光をくれて。
愛してる。
大丈夫。
1人じゃないよ。
死んでも一緒。
ああ。
ありがとう、渚。
わたしも、大好き。
薄れていく意識の中で、私たちは手を繋ぐ。
掠れ切った声で、2人でつぶやいた。
誰が僕たちを不幸と言ったって。
僕たち、私たち
しあわ、せだ、よ
「日の出」
太陽を見つめる。
そんなことさえ、僕たちには、夢物語になってしまった。
僕は昔、ある村に住んでいた。
青く美しい水に囲まれ、青々とした木々が広がる、たった一つの村。
そこにいた、たくさんの友達たちと遊び、踊った。
毎日が楽しかった。
だから僕は、日に日に強く思うようになった。
死ぬのが怖い。
僕は体が弱かったから、他の子よりも、早く死ぬんだろう。
なんとなくわかっていた。
もっとみんなと一緒にいたい。
僕の願いは、それだけだった。
森の奥にある薬を飲むと、不老不死になれるらしい。
そんな噂を聞いた。
バカみたいだけど、僕は信じた。
本当はその森には入ってはいけない。
知ってる。
わかってる。
でも、生きたいと言う欲望に、僕は勝てなかった。
みんなが寝静まったころに、村を抜け出した。
死に物狂いで森を駆け抜ける。
辿り着いた先には、小さな小瓶があった。
疲れ果てた体で、小瓶の中身を口に含む。
その途端、目の前が暗くなった。
目を覚ます。
朝だ。
早く戻らなきゃ。
怒られちゃう。
森を出る。
じゅっと音がして、肌が焼けるのがわかった。
あれ?
どうして?
肌を冷やそうと、近くの泉にしゃがみ込む。
なにこれ。
信じられなかった。
そこに写っていたのは、
一匹のゾンビだった。
僕は今日も、森の中にいる。
いや。
僕たちは、森の中にいる。
あの日、いなくなった僕のことを、村総出で探しに来てくれた。
ありがとう。
ほんとに優しいね。
みんなと一緒にいたい。
だから。
僕はみんなに噛みついた。
僕らは日の出ているところにはいけない。
自我のある僕と違って、
みんなは自我がない。
でも大丈夫。
そんなみんなでも、僕は大好きだよ。
歪んで、
つぎはぎだらけになった体で、
僕はみんなを、満面の笑みで抱きしめた。