「酸素」
海の中に住む。
ゆらゆらと煌めく水の中。
ひとりぼっちで、佇んでいる。
私は、ただの少女だった。
普通に遊んで
友達がいて
恋をして
笑って。
そんな生活は、
ある日変わってしまった。
晴れた夏の日だった。
プールの後の濡れた腕に
見つけてしまったのだ
一枚の鱗を。
直感で感じたのは
「隠さなければ」
それだけ。
長袖を着て
毎日風呂で血だらけになるまで鱗を剥いで。
不安で夜も眠れなかった。
いつ知られてしまうか。
いつ「普通」じゃあ無くなってしまうのか。
その先は、
想像のつかない恐怖だった。
でも。
異変は起こってしまった。
水の中にいないと
息苦しさを感じるようになったのだ。
苦しい。
水の中にいたい。
そんな衝動は、日に日に大きくなっていった。
その頃は、分厚い長袖に、怪我をしたと言って包帯を巻いていた。
鱗も、ナイフを使って剥いでいた。
息苦しさを抑え、鱗を隠す。
でも、やってしまった。
早朝、外を歩いている時に、
落ちてしまったのだ
澄み切った川に。
包帯も巻いていない。
体は、一瞬で鱗に包まれた。
どうしよう。
途方に暮れる。
「きゃぁぁ!」
声が聞こえた。
上を見る。
そこには。
後からついてきたらしい、妹がいた。
「おかーさん!」
やめて。
そんな声は、届かない。
あっという間に母がやってくる。
「化け物!」
母が叫ぶ。
「お母さん
わたしだよ
お願い
しんじて、、、」
気づけば、叫んでいた。
心のどこかで、思っていたから。
母は、どんな姿でも、わたしを愛してくれるのではないか。
でも。
そんな希望は、あっさりと砕かれる。
何かが飛んでくる。
刺さる。
血が吹き出す。
ナイフだ。
母が
ナイフを投げたのだ。
「いたい。
痛いよ。
お母さん。」
声が掠れていく。
「お前はもう娘じゃない!
化け物! 」
ナイフは、次々飛んでくる。
ぶすり。
ナイフが、胸に刺さった。
もうだめだ。
私は、川を泳いだ。
海に向かって。
魚のようになった足を
懸命に動かして。
泳ぐ、泳ぐ。
涙と共に。
水の中にいて、心は穏やかなのに。
この痛みは、ナイフの痛みだけでは、
無い気がした。
海に着いた。
血が、流れすぎている。
寒い。
寒い。
お母さん。
乾いた涙が、もう一度噴き出す。
もう泳ぐ力もない。
体が沈む。
沈んでいく。
途切れ掛ける意識の中で。
泡になって、
誰にも聞こえない音を、
水の中に洩らした。
「酸素が吸いたい」
私は、意識を手放した。
5/15/2025, 11:49:37 AM