桜井呪理

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「青く深く」

青いビー玉。

それがぼくの、

たからもの。




僕は今日も目を覚ます。

「おかあさん、おはよ」

おかあさんは答えてくれない。

そっと、となりの部屋に入る。

「あさごはん、たべられる?」

返事はない。

昨日より、具合は良くなさそうだ。

「ここに、おかゆ置いとくね」

そっと器を置く。

こうして、

僕の一日が始まった。



僕のお母さんは病気だ。

お父さんはいない。

ずっとひとり、お母さんのお世話をして生きている。

「いってきます」

家を出る。

今日は確か、お仕事もなかったはず。

珍しく、自由な日。

口元に、何ヶ月ぶりであろう微笑みを浮かべて、


僕は走り出した。




まずは買い物。

お米と

お薬と

それから


青色の飴の袋を手にとる

いや

この前怒られたばっかだし

やめとこ。


次は洋服。

お母さんに頼まれていた。

きらきらのやつ。

僕のは、、、。

自分のボロボロの

まぜおり服を見る。

やっぱりいいや。

さあ、これで買い物は終わり。

海にでも

向かおう。


浜辺に着く。

        「きれー、。」

海は、青く輝いていた。

そっと

青いビー玉のついた

ネックレスを取り出す。

むかし

むかしのはなしだ。

今よりもっともっと元気で

もっともっと優しかった

お母さんがくれたもの。

そっと、落ちかけた夕日にかざす。

この宝物は不思議なのだ。

いつか喋りだすのではないか。

そう思うほどに美しい。

もう時間だ。

少し早いけど、

僕は家に向かった。




「ただいま」

部屋には電気がついている。

「!おかあさん!」

おかあさんは、きらきらの服を着ていた。

「なんで帰ってきたの?」

え?

「あんたは、一生私に従って生きればいいのよ。
 なんで帰ってきたの。
 仕事は?
 休みなんてあげてない。
 せっかく男と遊びに行くのに。
 戻れよ。」

「 どうして?
 おかあさんは病気なんでしょ?
 どうして? 
 僕のことキライ? 
 僕はこんなに好きなのに?
 どうして?」

パン!

しょうげきがはしった。

痛い。

痛い。

パン!

また

痛い。

殴られたようだ。

「お前なんていらない!
 せいぜい反省しろ!」

部屋に引きずられる。

扉が閉まる。

痛い。

身体中がジンジンする。

何ヶ所か血が出ている。

骨も折れているかもしれない。

おかあさんは

おかあさんは

病気じゃなかったんだ。

僕は騙されていた。

服も

食べ物も

全部

全部

他の誰かと一緒に遊ぶためだった。

僕はもう、、、。

涙が溢れる。

いっそ、このまま、、。

その時だった

『こんにちは』

驚いた。

あのネックレスが。

話しかけてきたのだ。

「ビー玉さん?」

『そう。
 大丈夫だよ。
 私がいるから。
 自分に正直に生きて。
 大丈夫。
 私はあなたのそばにいるから。
 あなたの味方だから』

「本当?」

『本当だよ』

その言葉は、今まで聞いたことのないほど

暖かく

やわらかかった。



気づけば僕は、泣き疲れて眠っていた。

どれほどの時間が経ったのか。

鍵を隠しておいた針金で開け、外に出る。

そこには、

おかあさんがいた。

キッチンには黒焦げの何か。

「ちょうどよかった。
 さっきはごめんね。
 さあ、はやくご飯を作って。」

驚いた。

母の切り替えのいい加減さに。

でも

それよりも先に浮かんだのは。

『自分に正直に生きて』

あの言葉。

「本当?
 おかあさんは僕のこと愛してる?
 僕のためならなんでもしてくれる?」

「ええ。もちろんよ。
 だからはやくご飯を」

       「うれしい!」

青いビー玉から、

たくさんの青い水が溢れ出す。

気づけば体が動いていた。

水の中。

お母さんの体を押さえつけ、

沈む

沈む。

「ごめん 
 でもいいよね 
 おかあさんは僕を愛してるんだもん
 今までずっと我慢してたけど
 もういーや!
 ね
 ずぅっといっしょ。」

ふたり

落ちていく

1人は絶望し、怒り

1人は快楽と喜びに顔を歪め

青く

深く

ここがどこかもわからず

消えていった。

 






6/30/2025, 12:46:21 PM