「どんなに離れていても」
あなたに会いたい。
僕の願いは、ただ一つだけ。
僕の家族は、近くにいない。
みんな、みんなとおくに行ってしまった。
かなしい。
さみしい。
会いたい。
それしか頭になかった。
もういっそのこと、旅立ってしまおうか。
授業を抜けてたどり着いた教会で、僕はふと思う。
そうだ。
それがいい。
泣きながら、手を伸ばした時、あの子は現れた。
なにしているの?
少女は無邪気に話す。
驚いた。
だって、ここには僕しかいないはずだったから。
震える声で問う。
君は誰?
少女は少し考えた後、
なにであってほしい?
そう
答えた。
その子の目に、光はなかった。
君は何になりたい?
気がつけば話していた。
わっかんない!
少女は弾けるように声を漏らした。
だって、ほんとうのことをいったこは、
殺されちゃうもん。
最後の言葉は、ほとんど消え入るようだった。
どうせころされちゃうならね、
じぶんでおわりにしようとおもったの。
ほら、これ!
少女は僕が使おうとしていたナイフを手に取った。
さよなら。
首筋に光るナイフの先に
赤黒い液体がまとわりつく。
僕は
気づけば駆け出していた。
少女の手からナイフを弾き飛ばし、押さえつける。
はなして!
消え入る声で叫ばれた。
何か言わなければいけない。
言わないとこのこはいつか、死んでしまう。
混乱し切った僕の頭脳から搾り出された言葉は、
僕の神様になってくれ。
これだった。
少女は目を丸くしている。
僕は死にたかった。
神様なんていないと思ったから。
でも、君が神様になれば、僕は生きることができる。
僕は、君に神様になってほしい!
饒舌な口で言い放った。
とにかく、この子に生きる意味を与えなければ。
少女は少し黙った後、
いいよ。
と言った。
そうして、死にたがり2人の、奇妙な関係が始まった。
何ヶ月の間か、この教会で、2人きりで過ごした。
僕は、少女を神様として、拝んだり、敬語を使ったりした。
その間に分かったことが、いくつかある。
少女は、誰かを待っていること。
話を聞くに、その子は死んでいるらしいこと。
この少女は、何か異端な存在であること。
それに気づいても、何か言う気はなかった。
この日々が、永遠に続けばいいと思った。
ある日、2人で教会を出た。
その時。
少女は撃たれた。
急いで駆け寄る。
即死。
心音は止まっていた。
溢れる拍手。
周りにいる住民は、奇妙な笑顔で笑っていた。
葬儀の日。
少女は、贄として殺されるはずの、天使の末裔だそうだ。
火がつけられる。
「これあげる」
後ろに、聞き覚えのある声がした。
振り向く。
そこには、体の透けた少女が立っていた。
ありがとう。
僕は受け取る。
いつも通りにしなければ。
少女は笑う。
「ありがと。」
少女は消えた。
涙が溢れる。
どうして。
どうして。
ふと、少女から守らった手紙に目がいく。
手紙をあける。
あなたへ。
いままでありがとう。
あなたのかみさまでいられてよかった。
たのしかった。
いろんなことができて。
しあわせだった。
いきて
わたしより。
もうダメだった。
気づけば僕は教会にいて、あの子への祈りを捧げていた。
僕の神様へ。
小さな小さな、僕の生きる意味への祈りを。
僕は今も、教会に住んでいる。
あの子の手紙の言葉を守れるように。
どんなにあの子と離れたって、大丈夫。
あの子は神様だから。
あの子のくれた手紙に触れながら、僕は今日も祈りを捧げた。
願いは一つ。
かみさまに、会えますように。
「あったかいね」
君に触れる。
その冷たい手の温度は、わたしにまで、伝わってくる。
私はアンドロイドだ。
感情が存在してはいけないAI。
そんな機械の心臓に、ほんの少しの自我が生まれたものがいた。
それが私。
私は変だった。
他のAIが従っているプログラムに逆らったり、
何度も脱走しようとした。
でも、そんな私を、みんなは許さなかった。
調教され、拘束され、感情は押し殺される。
私の感情は消えた。
「欠陥品」
そんなレッテルを貼られたまま、私は粗大ゴミに捨てられた。
充電が切れて、動けない。
その私を拾ったのが、君だった。
無邪気な君は、私を人間として過ごさせてくれた。
暖かい君。
君といると
ゆっくり
ゆっくりと
凍りついた私の感情が
自我が
溶けていくのを感じた。
そんな君は今、
私の腕の中にいる。
君を、ただの孤児だと思っていた。
でも違った。
君は、特別な一族の末裔で。
君は今、撃たれてしまった。
君を抱え、
逃げる。
逃げる。
銃声が聞こえる。
私の体から、たくさんのコードと、黒い液体が滲み出る。
起動限界は、とっくに超えている。
でも痛みはない。
大丈夫。
走る。
走る。
家に着く。
君の温度は、ほとんど感じない。
なにもできない。
くるしい。
ごめん。
ごめん。
私は冷たいから。
君を温められない。
そう呟く。
君は笑う。
大丈夫。
今
泣けてる
じゃん。
君は
つめたくなんか
ない。
息も絶え絶えになりながら、君は続ける。
ね、逃げてよ。
きみだけなら、きっとたすかる。
生きてよ
ねえ。
ねえってば。
君の必死の訴えを聞いて、
私は君に抱きつく。
逃げない。
君のいない世界でなんて、生きたくない。
大丈夫。
一生一緒。
君は笑う。
私はもう、動けない。
抱きしめあったまま。
お互いの終わりを感じながら、時間だけが流れていく。
目を閉じる前に、最後に放った言葉が、重なる。
『あったかいね』
「追い風」
僕は死んだ。
君は泣いている。
ごめんね。
1人にして。
僕は、自分の姿を、風に変える。
ああ。
どうか。
どうか。
僕の吹かせる風が。
あの子が幸せに向かって走る力となる
追い風と
なりますように。
「君と一緒に」
君と一緒にいたい。
ただ、それだけでよかったのに。
地図にも載らないようなところに、ある村があった。
そこには、子供はほとんどいなかった。
特に女の子は、生贄として殺してしまう。
そんないかれた村だった。
僕は、そこの生贄の少女を管理する役についた。
昔から僕は、感情が乏しかったから。
人が死んでも、悲しまない。
喜怒哀楽が、欠落していた。
何人もの子に恨まれた。
でも。
やっぱりなにも感じなかった。
そんなある日。
新しい贄の子が、僕のところにやってきた。
その子は、殺されると言うのに、底抜けに明るかった。
一緒にいたのは、一年ほどだろうか。
その子は逃げないから、傷つける必要もなかった。
その子といると、冷めてなにも感じないはずの心が、暖かい気なっていく気がした。
その子が贄となる前日。
君は、生きたいと言わなかった。
ただ一言。
小さく。
好きだよ。
と言うだけだった。
その時。
好きだと返せなかった。
そのまま眠った。
いよいよ君を殺すため、崖に落とされる時。
僕の体は、動いていた。
大人の声が聞こえる。
君と、落ちる。
落ちる。
落ちる。
落ちる。
ぶつかる。
地面に擦れて、息も絶え絶えになりながら、僕は絞り出す。
僕も。
好きだよ。
君は、途切れ途切れに言う。
君と
一緒に
明日を
行きたかった
な。
うん。
そうだね。
僕らは、目を瞑った。
「幸せとは」
かわいそうにね。
まだ小さいのにね。
かわいそう。
部屋の外から、絶えずそんな声が聞こえる。
暇だなあ。
私は今日も声を漏らす。
だって。
この部屋には、たった2人しかいないんだもの。
隣の部屋では、和気あいあいとした、いろんな声が聞こえる。
ああ、つまらない。
寝っ転がって、本を読むことに疲れた私は、向かい側のあの子に話しかけた。
ねえ、渚。
一緒に遊ぼ。
その子は振り向いて、
いーよ。
と、にっこり笑った。
2人で遊んでいると、外から女の人の声が聞こえた。
あの2人、かわいそうね。
家族にも会いに来てもらえない。
最近ご飯もほとんど食べない。
ほとんど眠ってばっかりだし。
かわいそう。
私達のなにがかわいそうなんだろう。
お母さんとお父さんは、いつも私を殴るか蹴るかしかしない。
ご飯は食べたくないから食べない。
眠いから寝てる。
渚だってそうだ。
同じ境遇だった私たちは、この白い部屋で、すぐに仲良くなった。
変に渚も、馬鹿みたい、と言う顔をしている。
気づいたらもう夜。
私たちは、すぐに眠りについた。
何日かたった夜、急に胸が苦しくなった。
寝れずにいると、また声が聞こえた。
ほんとかわいそうにね。
お医者様は今夜が峠だとおっしゃっているし。
きっともうすぐ
死んじゃうわ。
死ぬ?
だから、こんなに苦しいの?
不安になって、渚に抱きつく。
ねえ、渚。
わたし、たち、しぬの?
だから、わたし、かわいそう、な、の?
渚は、苦しそうに、でも穏やかに笑う。
大丈夫。
僕たち、幸せ、だよ。
誰からも、愛されなくたって。
家族に、好かれなくたって。
大丈夫。
僕がいる。
林檎ちゃん。
ありがとうね。
こんな僕にでも愛をくれて。
白い白い、病室の、僕の心に、光をくれて。
愛してる。
大丈夫。
1人じゃないよ。
死んでも一緒。
ああ。
ありがとう、渚。
わたしも、大好き。
薄れていく意識の中で、私たちは手を繋ぐ。
掠れ切った声で、2人でつぶやいた。
誰が僕たちを不幸と言ったって。
僕たち、私たち
しあわ、せだ、よ