蝉の声。
道に群がるトンボの群れ。
アイスに素麺、スイカに海。
夏を彩るものは多数あれど、やっぱり私はあれ。
大好きな人との線香花火。
/7/15『夏』
「あのっ、実はあなたのこと、好きです……!」
ベタといえば聞こえはいいが、定番中の定番、校舎裏に呼び出された翔子は、クラスの八尋に告白されていた。しかも、
「あのね、実はも何も、わたし、あなたがわたしのこと好きって知ってたわ」
「えぇっ!?」
とても緊張していただろうに、出鼻をくじかれた八尋は、真っ赤な顔になりながら真っ青になっていた。
翔子は、
(人ってこんな顔色出来るんだ)
と感心しながら、
「でもね、付き合うことは出来ないの。わたしはあなたのこと好きでもなんでもないから」
と断った。
「おっ、お友達からでも」
「既にクラスメイトじゃない」
「そうだけど、そうじゃなくてっ……」
八尋はしどろもどろしながらも食い下がったが、無情にも下校時刻を告げるチャイムが鳴った。
翔子は「じゃ、また明日」と手を振り、後方で待っていた友人たちと帰っていった。
「翔子さん……」
うなだれる八尋を夕焼けが照らす。
しばらく俯いていた八尋だったが、その内顔を上げ、校舎裏の影を振り向いた。
「どうだった!?」
振り向いた先の茂みから、三人の男子生徒が出てきた。一人はスマホを構えている。
「バッチリ!」
スマホを構えていた男子が、サムズアップをして答える。
「いや〜、名演技!」
「凄いな。あれ、ホントに自分のこと好きだと思ってるんだろ?」
「そりゃそうだろ。そうなるように演技してたんじゃん!」
「まんまと騙されてるな、あれ。ちょっと可哀想なくらい」
「振ってるんだからプラマイゼロだろ。むしろ「わたし好かれてるわ」ってプラスなんじゃねーの?」
わらわらと四人が集まって結果報告をしている。
八尋含むこの四人、実は三ヶ月も前から翔子を謀っていたのだ。
自分を好きだと誤解させるように行動をし、告白をした。上手くいけば付き合って騙し続ける予定だったのだが、振られたのは互いにとって幸か不幸か。
すべては役者を目指す八尋のためという大義名分を得た、立派なイタズラだ。
「しかし罰ゲームのせいで、もう告白させられるなんてビビったわー。ホントはもうちょっと好きにさせてから告るつもりだったのにさー」
「可哀想なことすんなよ」
「いや、でも付き合えたらアリっちゃアリだろ。結構可愛いじゃん?」
「何にしろ八尋、三ヶ月お疲れさん!」
四人は口々に今回の計画の成功を労いながら、鞄を持って校庭に向かっていった。みな笑顔だった。
四人がいた後ろに、一人の女子生徒がスマホを構えていることを、彼らは気づいていなかった。。
/7/14『隠された真実』
大きな入道雲に真っ青な空。
夏休み。父方の祖父母の家へ帰省していたぼくは、昼食後に縁側付近の和室で大の字になって休んでいた。
両親は出掛けていて、二つ上の高校生の兄は二階の客室にいた。
「ふー」
すぐにこなれてしまう素麺が昼食だったとはいえ、三束は少し食べすぎたかもしれない。
「成長期の男の子はよく食べるねえ」なんて祖母はにこやかに言っていた。
「スイカがあるからな」と、ぶっきらぼうに祖父も続けていたが、おやつの時間に食べきれるか分からないほど、今のぼくは満腹だった。
ごろごろと何をするでもなく和室を転がってみる。いぐさの香りが心地よい。
山々に囲まれた祖父母の家は、都会のぼくの家より少し涼しく感じるのは、気のせいだろうか。昼時を少し過ぎたこの時間が暑くないわけではないのだが、クーラーがなくてもじんわり汗ばむくらいで、縁側の大きな窓を開けていれば十分風が入ってきた。
チリン、チリン。
空が口笛を吹いたかのような軽やかな音が耳をくすぐった。
閉じていた目を開けると、ガラス製のクラゲみたいな頭に鉄の棒を一本下げた風鈴が目に入った。
祖母のコレクションのひとつだった。玄関口には、なんとか鉄器という、ガラス製より音の高い鈴虫の声のような風鈴がある。
チリン、チリリン。
一度風が吹き始めると、後を追うように何度か風が吹き抜けた。
チリーン、リリン、リリーン。
大きな風が吹くと、玄関口のなんとか鉄器も音を鳴らす。
その後も、風が吹く度に涼やかな音が耳をよぎって――。
いつの間にか寝ていたぼくは、祖母の「スイカ切ったよー」の声で目を覚ました。
呼びに来た祖母はニコニコして「お昼寝気持ちよかったかね?」と言った。
/7/13『風鈴の音』
秋の午後。
14時45分。
昼食で満たされた腹もこなれてきた昼下がり。
私は温かい日差しの差す窓辺で、読書をしようとしていた。
読みかけの小説。3分の2を過ぎた今、そろそろ佳境だろうか。
お気に入りの紅茶を淹れて、小さなテーブルにはクッキーを添えたりなんかして。
正に雑誌や漫画で見るような『丁寧な暮らし』の一部を真似てみる。
窓辺の直射日光から少し影になるところに置いた椅子に腰かける。
小説のしおりを挟んだページに人差し指を挟んで、本の世界に浸る準備をする。
さて、晩ごはんを作る時間まで、少し現実からの逃避行をしよう。
/7/12『心だけ、逃避行』
◇今回は絵本チック
ぼくはカエル
この国で一番のジャンプ力
国の端から端まで跳ぶことの出来る脚力の持ち主
もちろんみんなぼくに憧れを持っている
女の子たちにはモテるし
周りもぼくには敵わないと思っている
ぼくは鼻高々だったよ
あの日 あの鳥が来るまでは
ある日 いつものように丸い空を見上げていると
空を半分覆ってしまうような
黒い何かがちらついた
それは自分をカラスという鳥だと言った
「あんたがうわさのカエルかい?」
「なんだ、この国の外まで、ぼくの名前は有名なのかい?」
「はははっ、有名だねえ。井の中の蛙ってさ」
「井の中の、なんだって?」
「世界の広さを知らずに自慢ばかりしている、馬鹿ってことさ」
「ぼくがばかだと? 無礼なきみは一体なにものだ!」
「ああ、馬鹿だね。おれの存在を知らないし、ウサギや他の動物の存在も知らないのに、自分が一番だと威張っている」
「ウサギってなんだ」
「そう易々と教えてたまるか。あんたは世界も知らない上に、危機感ってもんも足りないようだ。さすがは井の中の蛙。世の中のことを何も知らずに自分が一番だとふんぞり返り、毎晩下手な歌を響かせているだけはあるな。うるさくて眠れないと、他のやつらが言っていたぞ」
「失礼な、それはどういう意味だ! ぼくはこれでもこの国で一番、美声で勇敢で名が通っているんだぞ!」
「そういうとこさ。おれに対してまでその態度は無謀ってもんさ。今はこうして話しているが、あんた、おれにいつ食われてもおかしくないんだぞ」
「なんだって? きみはぼくを食べるのか?」
「カラスは何だって食うさ」
「夜闇のような姿のきみは、カラスというのか」
カラスは「これは気まぐれだ」と言って
ぼくを掴んで空まで連れて行った
空は丸くなくどこまでも果てしなく広がっていた
ここは狭くて暗くてじめっとしてて
世界の一端でしかなかったことを
狭い空の外を見たぼくは思い知った
ぼくのいた国は『井戸』というものだとカラスは言った
「ウサギや他の動物を見たきゃ、世界を回ってみるんだな。怖けりゃ井戸に戻んな」
カラスはそう鼻で笑って飛び立って行った
ぼくは悔しくて口を膨らませた
ぼくは世界を見てみたい
ぼくより高く飛べるやつを見てみたい
だからぼくは旅に出ようと思う
このまま『井戸』に降りずにこの場所を出て
あいつの言っていたやつらを
この目で見てやるんだ
/7/11『冒険』
前の席に座る東さんは腰まである髪の持ち主だ。
穏やかで、誰にでも優しい。髪は体を表す、なんて言葉はないが、まさにそんな感じの人だった。
本人はストレートの方が好みだそうだが、淡い栗色の緩やかなカーブを描く癖っ毛は彼女自身を表しているようで、とても似合っていた。
童話の森の中のような淡い栗色は穏やかさを、緩やかに波打つ長髪は母なる海のように誰をも受け入れる優しさを持っていた。
長い長い髪はふわふわな毛質なのにしなやかさも併せ持っていて、授業中に揺れる髪は、後ろの席の私の心をくすぐっていた。
4月の半ば。
昼休み明けの授業中。どこでくっつけてきたのか、遅咲きの桜の花びらが、東さんの髪についていた。
(珍しい。しっかりしてる東さんが、こんなのくっつけてるなんて……)
取ってあげようと手を伸ばしたところで、邪な自分の気持ちに気づいてしまった。花びらを取るついでに、髪に触れられると一瞬思ったのだ。
(我ながら気持ち悪い……)
彼女に対して、恋愛的に『好き』な気持ちはない。ただ、彼女の髪が好きなのだ。あわよくば触れてみたい。
(余計まずいっての……)
自問自答しながら、東さんの髪を見つめる。
椅子の背もたれにギリギリ触れない、まさに手が届きそうなところに花びらはまだつきっぱなしだ。
一片の花びらでさえも似合うが、これは取ってあげないとかわいそうだろう。
(これは邪な気持ちじゃない。花びらを取るだけ……)
自分に言い聞かせながら、そっと手を伸ばし、東さんの髪から花びらを取り除いた。
東さんの髪は、想像通りふわふわして滑らかだった。
「ん、なに?」
東さんが振り向いた。私は邪な気持ちではなかったのに、それまで考えていたことを見透かされたような気がして、ドギマギしながら答える。
「は、花びら、ついてたから」
指でつまんだ花びらを見せると、東さんは一瞬きょとんとしたあとはにかんで、
「ありがとう」
と言った。
その時の笑顔の可愛さったらなかった。
授業中だったからすぐに前を向いてしまったが、その時揺れた髪からはやわらかなフローラルな香りが鼻腔をくすぐった。
(あぁ、もう一度触れたい……)
この短時間で、自分の欲望と葛藤、自己嫌悪にもみくちゃにされて、私は机にバンザイするように突っ伏した。少し疲れた。
ちらりと目線だけ上げると、バンザイした指先のあと数センチ先に、彼女の髪が届きそうだった。
(届け……!触れろ……!)
塞ぎたかった願いはすぐに元気よく頭をもたげ、邪な念になった。
背伸びをするふりをして指先を懸命に伸ばす。伸ばそうとする。
(届け、もうすぐ……!)
あと三センチというところで、私の名前が呼ばれた。
「藤田ー、寝てんなー。前出てこれ解けー」
「は、はいっ」
先生に呼ばれた私は勢いよく立ち上がり、東さんの横を通って黒板に向かう。
通り過ぎざま、ふわりとフローラルな香りがした。
(残念、もう少しでもう一回触れたのに)
黒板の前で問題を解きながら、邪な私の願いは隠れもせずに文句を言っていた。
/7/10『届いて……』