ゴォォォという音とともに、甲高い悲鳴が上空から下方に向かって落ち、右から左へ高速で過ぎ去っていく。
私はその悲鳴の波を、片手に風船を持ちながら眺めている。
ここは遊園地だ。悲鳴が流れていったのはこの遊園地で人気ナンバーワンとも言われているジェットコースターだ。
あんなに怖そうに叫んでいるのに、乗っている人や降りてきた人の大半は笑顔なのだ。
私はそれを羨ましそうに眺めている。
悲鳴を上げているのに笑顔になるとは、いったいどういった乗り物なのか。不思議でしょうがなかったのだ。
CMでもテレビ番組でも、怖そうな乗り物に楽しそうに乗る人たち。それを見て、私はジェットコースターに乗ってみたくて、その遊園地に行きたいと親にせがんだ。
だが、世間のルールは私がそれに乗ることを許さなかった。
『このせんよりしんちょうがひくいおともだちは、のったらあぶないよ』
ひらがなで書かれたその文字列が私を打ちのめした。
遊園地の可愛いマスコットが描かれたボードが示す数値に届かなかったからだ。
身長制限。幼い私は遊園地という楽しい場所にそういったものがあるとは知らず、ジェットコースターに乗りたいと駄々をこねた。自分の選択で乗る・乗らないがあるのはともかく、『乗れない』アトラクションがあることが不満だった。楽しい場所で、客が楽しむことを否定されるというのが信じられなかったのだ。すべてを許容してくれるはずのあの可愛いマスコットたちから、まさか否定されることがあるなんて信じたくもなかった。
親は、私が遊園地に来たがった理由がジェットコースターに乗りたかったからだとは露知らず、泣きわめく私をどうしたものかと困り果てていた。
そうして駄々をこね、泣きに泣いた私を、親は慰めるために飲み物だかデザートだかを買いに行き、私の泣き様を見咎めたあまり目立たない方のマスコットキャラクターからは風船を握らされた。
もう一人の親はどこへ行ったのだったか、いつの間にか幼い私は一人、ジェットコースターを眺めていた。
両親に一人にされたこと、あまり目立たないマスコットに握らされた風船。そのすべてが、何故だかとても惨めだったことを覚えている。慰めてもらいたかったわけではない。私はただジェットコースターに乗りたかったのだ。
「はぁ……」
前方で風を切る轟音と甲高い悲鳴が聞こえる。
後方からはメリーゴーランドが可愛いメルヘンチックな曲を流し回っている。
干支が一周回った今、私は同じ遊園地でほろ苦い思い出に浸っていた。今立っているここは、おそらくあの時とほぼ同じ場所だ。あの時と同じ、私は一人、人を待っている。
あれから遊園地にはとんと縁がない。両親が懲りて行かなくなったこともあるが、私も遊園地にはいい思い出がないと、遊びの候補から避けていたからだ。
「なに溜め息ついてんの?せっかく楽しい場所にいるのに」
ぽん、と肩を叩かれた。トイレに行っていた友人だった。
「うん。ちょっと思い出に浸ってただけ」
そう言い返し、私は再びつきそうになった溜息を飲み込んだ。
「思い出〜?にしては暗い顔してんね。遊園地に来たなら楽しまなくちゃ損損!」
友人は私の背中を音が鳴るくらいに叩いた。
そうだ、友人の言う通りだ。遊園地は楽しい場所でなければならない。
あの時空しい思いをしたボードの身長はとうに超えている。
今日も悲鳴は上から下へ、右から左へ。乗り終えた人はあんなに怖そうに叫んでいたのに、どこか楽しそうだ。
「……そうだよね。楽しまないとね!」
あの日の私の思いを払拭するために、私はアトラクション人気ナンバーワンのあれにリベンジをしに行く。
/7/8『あの日の景色』
もしも今日
織姫と彦星が出会えたのなら
私の恋も叶いますように
/7/7『願い事』
※暗い話
彼が交通事故で死んだ。
友人伝いで彼の訃報が届いた。
仕事帰りの雨の中、バイクで滑って転んだらしい。
彼の友人いわく、「あいつが単独で転ぶなんてありえないから、猫か何かでも避けて滑ったのではないか」と。
何とも優しい彼らしい理由だ。
突然のことで驚きすぎて涙も出ない。
連絡が来てから、慌てて喪服を探しだし電車に乗った。
電車に乗ってからあとは、機械的な動きだった。
会場について、案内されるままに芳名帳に名前を書き、通夜に参加した。
本来であれば、1ヶ月半後の同窓会で会うはずだった顔ぶれがほぼ揃っていた。高校卒業以来の集まり。
友人の一人が声をかけてきた。「残念だったね」と。
この友人は知っているのだ。私が彼に恋をしていたことを。
あまり話したことはないけれど、いつも優しくて、挨拶だって欠かさず声をかけてくれる優しい人。
クラスの中心ではないけれど、中心グループにだってふらっと馴染んだり、次の日には別のグループにいたりする不思議な人。
好きだった。大好きだった。
同窓会で告白するつもりだった。
そこからどうやって帰ったか覚えていない。
やっぱり機械的にICカードを改札にタッチして電車に乗ったんだろう。気付けば家の扉の前にいた。
どさりとバッグを玄関脇に置いた。
履き慣れないパンプスなんて早く脱いでしまいたかったのに、そこから足が動かなかった。
ぽっかりと穴が空いてしまった。空いた穴から行き場のなくなった『好き』が漏れ出ていく。
あの人はもういなくなってしまった。明日には焼かれて体もこの世から消えてしまう。
どうしたらいい。どうすればいい。やりばのないこの恋は。
告白する前になくなった、空っぽの恋心は置き場を探して浮いている。
7/6『空恋』
浜辺で何かを拾った。
綺麗な青色。海の奥深くのような真っ青。
それはシーグラスだった。手のひらの中心にちょこんと乗るくらいの小さな破片。
私はそれをミニタオルに包んでバッグにしまった。
家に帰ってミニタオルを開くと、青がちょこんと乗っていた。
先程の浜辺を歩いた思い出がもう青に染み込んでいて――。
「海の音が聞こえる気がする」
引いては返す波のビジョンと共に、その音が聞こえた気がした。
7/5『波音に耳を澄ませて』
暑さを積み上げたような白い入道雲
空をたくさん吸ったような青い風
自転車の荷台は
君のために空けておく
夏の訪れは青春の訪れ
7/5『青い風』
海でもいい
山でもいい
電車に乗ってコトコト揺られたり
ドライブがてらハンドルを握って
誰にも縛られず自由に寄り道してみたり
誰にも邪魔されずぼーっと留まってみたり
心を拘束されることのなく
どこか遠くへ行きたい
/7/4『遠くへ行きたい』