ガラゴロと台所のシンクで何かが転がしている音がした。
様子を見に行くと、母がかき氷機を洗っているところだった。
うちのは巷でよくあるペンギン型ではなく、私がねだって買ってもらったヒーローのキャラクターのもの。
「なにやってるの?」
見れば分かることを問えば、
「かき氷機洗ってるの」
と、そのまま返ってきた。
「暑くなってきたからね」
続く言葉には首肯しかない。ここ最近の気温は梅雨が明けたばかりだと言うのに、真夏日の気温をゆうに超えることも多い。
部活用の水筒に氷を入れることも増えてきた日々だった。
洗って水切りかごに逆さまに置かれているヒーローを見ていると、私の口はもうどんどん“それ”になってきた。
「ねぇ、もう使っていい?」
「自分で片付けするならいいわよ」
水滴だらけのヒーローをふきんで拭き、頭頂部に氷をガラガラと入れた。
この時のコツは、フタが締まりきらないくらいいっぱいに入れないこと。見極めが大事なのである。
せっかくならと気分も涼しげにするために磨りガラスのような器を手に取り、その中にガリガリと氷を削って氷山を作った。
取っ手を回して氷を削る作業は独特の快感がある。
削り終えると、私の行動を見越していたかのように冷蔵庫に未開封のかき氷シロップがあったので、早速それを開けて氷山に頂上からかけた。
赤いいちごシロップ。
(実はシロップはみんな同じ味だというけれど、やっぱり私はいちごが好き)
そうしてかき氷が出来上がると、片付けはあととばかりにシンクにかき氷機を置いて、溶けてしまう前にとテーブルへ持っていき手を合わせた。
デザート用の少し細身のスプーンで赤い氷山の先を掬って口へ運ぶ。
「んー」
夏が来た味がした。
/6/29『夏の気配』
真っ暗闇の中。
僕は浮遊している。
もうすぐここから出なければいけない。
でも、こわい。
とてもこわい。
見知らぬ世界へ飛び込むのは、とても怖い。
あぁ、でも出なければ。
頭が割れるほどに痛い。
穴から押し出されていく。
いた、いたい!いたい……!!
「おめでとうございます!」
「元気な男の子ですよ」
新しい世界へ僕は出てきた。
これからこの世界を、生きていかなければいけない。
こわいけど、生きていかなければ。
/6/28『まだ見ぬ世界へ!』
「ゆうちゃん」
私を呼ぶ声は柔らかく、春の風のようだった。
それはいつの日か木枯らしになりすっかり枯れてしまった。
「ゆうこ」
いつからか、彼は私のことを下の名前で呼び捨てで呼ぶようになった。
彼とはクラスが変わり、そして彼の声も変わった。
彼は声変わりを迎えたのだった。
「ゆうちゃん」と呼んでくれたあの日は、私の14歳の誕生日だった。
/6/27『最後の声』
たとえば、手をつなぐこと。
たとえば、一緒にごはんを食べること。
たとえば、車道を歩いてくれること。
たとえば、ドライブ中に飴を袋から出して渡してくれること。
どれも些細なこと。
いっしょに過ごしてくれることに、
「ありがとう」と小さな返愛を。
/6/26『小さな愛』
空はこんなにも黒く曇っているが
私の心はもうすぐ晴れる
雨が上がって
虹が出る
空は
ずっと晴れてもいないし
いつか雨だって止む
/6/25『空はこんなにも』