箱庭メリィ

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5/16/2026, 10:09:09 AM

あの時マスターを行かせなければよかったのだろうか。
それとも無理してでもついていくべきだったのだろうか。

秘匿性の高い会議があるからと、ボディーガードは会議室に入れなかった。
私たちアンドロイドや守衛の人間は、いくつかの重厚なドアを隔てた向こうの部屋に主人が消えていくのを見送った。

会議が終わると告げられていた時刻が近づいた頃、微かに破裂音がした。
人間の耳には届いておらず、アンドロイド達には聞こえるような小さな音だった。
間もなく、銃声が聞こえた。
弾けるように私たちは部屋を飛び出した。
3枚ほどの分厚い扉を破壊しマスターたちがいる部屋のドアをこじ開けると、そこには凄惨な景色が広がっていた。

黒いスーツや白い部屋に飛び散る血しぶき、銃弾、人間だったもの。
床に転がっていたり、机に伏したりしている黒いスーツを着たもの。
赤黒く染まるその物体を主人だと認識した瞬間、各々はそれぞれ自分の主人に飛びついた。
私のマスターは、高級そうな椅子の背もたれにぐったりともたれかかり、右腕を下ろして息絶えていた。
全員、死んでいた。一人を除いて。
会議の主催者だけが、その部屋にいなかったのだ。

あの時、部屋で待機を命じられた時。嫌な予感はしたのだ。
いや、本当はもっと前からだ。マスターが会議があると言って、護衛に私を選んだ時からその予感はしていた。
人間で言う『虫の知らせ』というやつだろうか。
それに従ってマスターを会議に出さなければよかったのだ。

後悔してもしきれない。
主人を失ったものたちは、自害するものもいれば、自我を崩壊させるものもいた。呆然と立ち尽くすものもいる。
私はそのどれでもなかった。帰らなければ。
マスターの可愛い娘が、私たちの帰りを待っているのだから。

私はマスターの亡骸背負って、慟哭する部屋から静かに退出した。


5/15『後悔』


背中を押されたような風が吹き
僕はそこから飛び立った

ふわふわと風に身を任せ飛んでいく

今まで同じ場所にしかいなかった僕に
その光景は新鮮だった

色とりどりの緑や花々が咲いている
僕と同じように風に任せて飛んでいる虫がいる
空は本当はこんなにも広かったんだ
どこまでも広がる世界
どこまでも飛んでいきたい

でも僕には鳥や蝶のように羽がない
風を失った僕は地面にふわりと着地した

コンクリートと呼ばれるそこで
僕は果たして咲けるのだろうか

来年の春 お母さんみたいに
立派なたんぽぽになれるだろうか

5/14『風に身をまかせ』

5/14/2026, 7:00:41 AM

僕らがきみを見送ってから、どれくらいが経っただろう?

きみはまだ僕らを覚えているのかな?
終わらないレースに決着が着いた
​花々は色を失って萎れ、芋虫は煙を吐くのをやめて縮こまった。
帽子屋とネズミは、お茶会を開く理由すら忘れてしまった。

猫は消えたまま
みんな元気がなくなった

とうとう女王様さえクリケットの試合すら
やらなくなってしまって、
どうしようかと思っていたそんな折――

少し大きくなったきみが、また穴に落っこちてきた

こんにちは、アリス

今度は逃してあげないからね

5/13『一年後』

5/12/2026, 12:46:31 PM

夜のベンチ、自動販売機の横で、俺は缶コーヒー片手に項垂れていた。

「昔さー」
「んー?」
「おもちゃ屋のCM、あったよな」
「んー?」
「子どもでいたい、ずっとトイプラザキッズ、ってさ」
「あー、あったな」

隣で友人が同じく缶コーヒーを片手に俺の話を聞いてくれている。

昼の式と夜の二次会ですっかり疲れてしまったスーツは、ところどころシワが寄っている。

「俺たちさー、もう大人なんだな」
「そりゃ、そうだろ」

友人はブラックコーヒーを一口あおった。

「ずっと、あの頃のままでいたかったよな」
「まあ、な」

項垂れたままの俺を友人が半ば呆れているような、同情しているような目で見下ろしているのが、見なくてもわかる。

「なんで突然なんだよ」
「そりゃまあ、頻繁に会ってなきゃこういう連絡くらいしか来ないだろ」
「そうだけどさあ」

昼間の真っ白なタキシードのあいつを思い出し、はあとため息をついた。

「あんなに仲良かったのになあ」

子どもの頃のままだったら。
あんなに毎日遊んでいたのに、大人になっただけでこうも連絡を取らなくなるものか。

「ま、それが大人になるってことだろ」

俺の気持ちを見透かしたように、友人は言い、飲み終えた缶を自動販売機横のゴミ箱に捨てた。

俺は一口飲んだだけの缶コーヒーを飲めずに、昼間のあいつと同じような色をした月を見上げた。


5/12『子供のままで』


いつだったかドラマか何かで見たシーン。
海辺を2人で歩いている恋人同士がいた。
ふと男が止まり、女と距離を取った。
女が気付かずに進んでいくと、男が女の名前を呼んだ。
振り返る彼女に、男が叫ぶ。
「愛してるー!」
女は恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに口元を手で覆い、男の下へ駆けていった。
「ばか!何恥ずかしいことしてるの!」
「だって、言いたかったから――」
そのまま男はポケットから小箱を取り出し――。

「でもあれ、恥ずかしいだけだよな。人がいたら羞恥でしかない」
カフェでミルクを入れたアイスコーヒーを飲みながら言った。
「そう、かもね」
紅茶を前に若干言い淀んだ彼女の返答にはたと思い至る。
「え、もしかして、言ってほしい?」
「少し、憧れるかも」
物静かな彼女からは想像しし得なかった、思いがけない大胆な発言。
「わかった」
俺は頷いた。
「じゃあ、今度のデート海に行こう」

5/11『愛を叫ぶ。』


真っ白なドレス。
左右対称に並ぶ点は、まるであなたを見つめる両目のよう。

ひらひら、ひらひらと舞う様は、あなたを追う探偵のよう。

公園でベンチに座る私の視線の先で、モンシロチョウが舞い飛んでいる。

その先で、あなたは別の女性と腕を組んで歩いていた。

ひらひら、ひらひら、モンシロチョウは空を舞う。


5/10『モンシロチョウ』

5/9/2026, 11:03:59 AM

戦いが終わった。
あの日は、よく晴れた空だった。

マスターの声がイヤホンに響いた。

「お疲れさま、帰ってきていいよ」

それがマスターの最後の言葉だった。

みんな一斉に帰路についた。
マスターに会える。ただそれだけを信じて。
ただでさえ速度の速い足を、人間みたいに全速力で回した。
火花が散っていたけれど、壊れてもいいと思っていた。
私たちは荒野を走った。

ぽつんと建った木製の家の窓から、マスターが椅子に腰掛けているのが見えた。
1キロ先からでも分かる。
あれはいつものように窓辺の椅子に座って、マスターが自分で挽いたコーヒーを飲みながら読書をしている時の姿だ。

もうすぐ会える。
みな我先にとドアに向かった。
クリスマスツリーの下にあるプレゼントに群がる子どもたちのように、私たちはマスターのいる部屋にもみくちゃになりながら入った。
実際手足の関節が外れてあらぬ方向に曲がっているものもいた。

「マスター!」

私が目にしたのは、マスターが椅子に座っている姿だった。寝ているようにこっくりと俯いている。
そして耳にしたのは、マスターの「おかえり」という声ではなく、

「マスター?」

ひゅう、という開いた窓から吹き抜ける風の音だった。

マスターは死んでいた。
寝ているように死んでいた。
腹から血を流して、今にも起きそうな微笑みをたたえて。
テーブルの上には、使われた形跡のない拳銃があった。

「マスター?」

何度声を掛けても、マスターは起きなかった。
死んでいるのだから当然だ。
部屋には争った形跡はなかったが、見慣れない革靴の跡がいくつかあった。


私たちは、行き場を失ってしまった。
戦いが終わった今、マスターの命令なくして私たちは使命を果たせない。
数日が経つと、充電のなくなったものからぽつり、ぽつりと動きを止めていった。

私は充電の仕方を知っていたから、こっそりと生き長らえていた。

マスターのそばを離れたくなかった。
そろそろ蛆虫のわき出す彼のそばには、充電のなくなった数体の仲間が寄り添っていた。

残り数体の仲間たちの寿命もそろそろ終わる。
残された私が片を付けなければいけないだろう。
何かあった時は。マスターからもそう言われていたのだ。

「ひとりでも生きていけるね」

マスターが言った言葉。
あれはどういう意味で言ったのだろう。

またどこかの部屋で充電を求める音がする。
今日で二回目。これで最後だろう。

最後の一体が動かなくなったのを見て、私は家に爆薬を仕掛けた。
離れた場所でスイッチを押した。
マスターと仲間たちは荒野の隅で火薬と炎に包まれた。

これで私の仕事はあとひとつで終わりだ。
街に行き、家政人として自分を売り込んだあと記憶データを消す。
マスターの精巧な造りのおかげで、仕事先はすぐに決まった。
恰幅のいい紳士と身長の高い青年の元に勤めることとなった。私が勤めるのに相応しい金持ちそうな屋敷だ。マスターが昔言っていた通りの新しい主人。

家政人だというのにわざわざ部屋を与えてくれた新しい主人は、記憶データを消す耳の裏のスイッチを押すとにっこりと笑った。

「明日からよろしくね」

私は新しい主人に嘘をついた。
私はまだ、マスターのことを覚えている。
記憶データを消すには、両の耳裏のスイッチを同時に押さなければいけない。

「ごめんなさい」

人知れず私は呟いた。
明日からまっさらな家政人アンドロイドとして、演技をしていかなければいけない。
私はマスターの最後の微笑みを無くすのが嫌で、記憶データが消せなかった。


5/9『忘れられない、いつまでも。』


一年前。
よく晴れたあの日は、君を失った日だった。

寒くないのに凍えそうな空気に紅葉が赤く染まって。

君が泣きながらヒールを鳴らして去っていく。
怒っているような足取りに揺れる髪は、僕が好きなさらさらのロングヘア。
艷やかな黒髪は太陽の光を反射して輝いていた。

「なんでって言われてもねぇ」

ぼやく僕を振り返ることなく、彼女は街路樹に囲まれた道路を進んでいく。
今日で見納めだと分かっていたのなら、もっと触らせてもらえば良かったかもしれない。
そうだ、一週間前に部屋に泊まった時、もっと堪能しておくんだった。

ひりひりと痛みだした頬と心が、じわじわときみを失ったことを分からせる。
でも後悔はしていない。

僕は好きに生きたいんだ。
誰にも嘘はつきたくないんだ。
浮気した僕の頬に赤く手形がついていた。

5/8『一年前』

5/8/2026, 7:38:05 AM

風邪でもないのに熱があった気がした。
競争したあとでもないのにドキドキする。

となりのお兄ちゃんに、初めておばあちゃんちに一人で行ったことを報告した日。

「そっかぁ。よくがんばったね」

と頭をなでてくれたあの日。

あの日私は恋をした。
たぶん、あれが初めての恋だ。

まだ何も知らない、やわやわの初恋。


5/7『初恋の日』

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