『あの花の下で待ってるね』
彼女はそう言い残して僕の前から姿を消した。
約束の木、キンモクセイ。
待ち合わせの場所に来た僕は、甘く強い香りの下でずっと君を待っている。
今年も、甘やかな香りが鼻をくすぐる。
待ち合わせの場所に近づく度に、君の残した香りが寂しさを増させる。
/10/4『キンモクセイ』
「やだ!やだよ!行かないでよ!」
悲痛な叫び声が木霊する。
女の声は高く震えている。
「離れないで!ずっと一緒にいるって言ったじゃん!」
服の袖を掴まれている男は申し訳なさそうにしながらも、体は女とは反対の方向を向いている。
「言ったけど……。ごめん。でも俺行かなきゃ」
「いや!離さない!」
「すぐ戻ってくるから!」
「でも!」
二人の言い合いを通りすがる人が見ている。
痴話喧嘩か何かと思ったが、男の次の一言で集中していた視線や野次馬は解散となった。
「君のことは離さないよ!けど、トイレだけは行かせてくれ!」
女がすがる袖を振りほどき、男は限界と言わんばかりに足早に男子トイレへと向かっていった。
/11/3『行かないでと、願ったのに』
ぷすっとピンを打つ。
剥がれたモノを丁寧にケースの中に入れて、ぷすっ。
これは私の心の剥離。
薄皮や剥けた殻は私だった証。
それらを無くさないように、この大事な標本の中に保存する。
/11/2『秘密の標本』
「冷たっ!?」
思わず声が出るほどの衝撃だった。
足に氷が貼り付いたのかと思った。
突如覚醒させられた頭でぼんやりと意識を足にやってみれば、なんてことはない、彼女の足だった。
「なんだ……」
氷ではなかったことに安堵の呟きが漏れる。
ちらりと枕元にあるデジタル時計を見れば、なるほど、外気温はかなり冷え込んでいた。
(道理で……)
彼女は、冬が近づくとこうして自分の冷えた体を人の体温を使って温めに来るのだ。
(もうこんな時期なのだな)
そしてその度に、幾度目かの季節を数えられることを、幸せに思うのだ。
/11/1『凍える朝』
光と影。
太陽と月。
はたまた僕と君を表すもの。
君が輝けば、僕は君の影となって君を支えてあげられる。
影が濃ければ濃いほど、君は強さを発揮できる。
だからどんどん輝いてほしい。
僕は君の影に隠れれば隠れるほど、真価を発揮するのだから。
/10/31『光と影』