僕らがきみを見送ってから、どれくらいが経っただろう?
きみはまだ僕らを覚えているのかな?
終わらないレースに決着が着いた
花々は色を失って萎れ、芋虫は煙を吐くのをやめて縮こまった。
帽子屋とネズミは、お茶会を開く理由すら忘れてしまった。
猫は消えたまま
みんな元気がなくなった
とうとう女王様さえクリケットの試合すら
やらなくなってしまって、
どうしようかと思っていたそんな折――
少し大きくなったきみが、また穴に落っこちてきた
こんにちは、アリス
今度は逃してあげないからね
5/13『一年後』
夜のベンチ、自動販売機の横で、俺は缶コーヒー片手に項垂れていた。
「昔さー」
「んー?」
「おもちゃ屋のCM、あったよな」
「んー?」
「子どもでいたい、ずっとトイプラザキッズ、ってさ」
「あー、あったな」
隣で友人が同じく缶コーヒーを片手に俺の話を聞いてくれている。
昼の式と夜の二次会ですっかり疲れてしまったスーツは、ところどころシワが寄っている。
「俺たちさー、もう大人なんだな」
「そりゃ、そうだろ」
友人はブラックコーヒーを一口あおった。
「ずっと、あの頃のままでいたかったよな」
「まあ、な」
項垂れたままの俺を友人が半ば呆れているような、同情しているような目で見下ろしているのが、見なくてもわかる。
「なんで突然なんだよ」
「そりゃまあ、頻繁に会ってなきゃこういう連絡くらいしか来ないだろ」
「そうだけどさあ」
昼間の真っ白なタキシードのあいつを思い出し、はあとため息をついた。
「あんなに仲良かったのになあ」
子どもの頃のままだったら。
あんなに毎日遊んでいたのに、大人になっただけでこうも連絡を取らなくなるものか。
「ま、それが大人になるってことだろ」
俺の気持ちを見透かしたように、友人は言い、飲み終えた缶を自動販売機横のゴミ箱に捨てた。
俺は一口飲んだだけの缶コーヒーを飲めずに、昼間のあいつと同じような色をした月を見上げた。
5/12『子供のままで』
いつだったかドラマか何かで見たシーン。
海辺を2人で歩いている恋人同士がいた。
ふと男が止まり、女と距離を取った。
女が気付かずに進んでいくと、男が女の名前を呼んだ。
振り返る彼女に、男が叫ぶ。
「愛してるー!」
女は恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに口元を手で覆い、男の下へ駆けていった。
「ばか!何恥ずかしいことしてるの!」
「だって、言いたかったから――」
そのまま男はポケットから小箱を取り出し――。
「でもあれ、恥ずかしいだけだよな。人がいたら羞恥でしかない」
カフェでミルクを入れたアイスコーヒーを飲みながら言った。
「そう、かもね」
紅茶を前に若干言い淀んだ彼女の返答にはたと思い至る。
「え、もしかして、言ってほしい?」
「少し、憧れるかも」
物静かな彼女からは想像しし得なかった、思いがけない大胆な発言。
「わかった」
俺は頷いた。
「じゃあ、今度のデート海に行こう」
5/11『愛を叫ぶ。』
真っ白なドレス。
左右対称に並ぶ点は、まるであなたを見つめる両目のよう。
ひらひら、ひらひらと舞う様は、あなたを追う探偵のよう。
公園でベンチに座る私の視線の先で、モンシロチョウが舞い飛んでいる。
その先で、あなたは別の女性と腕を組んで歩いていた。
ひらひら、ひらひら、モンシロチョウは空を舞う。
5/10『モンシロチョウ』
戦いが終わった。
あの日は、よく晴れた空だった。
マスターの声がイヤホンに響いた。
「お疲れさま、帰ってきていいよ」
それがマスターの最後の言葉だった。
みんな一斉に帰路についた。
マスターに会える。ただそれだけを信じて。
ただでさえ速度の速い足を、人間みたいに全速力で回した。
火花が散っていたけれど、壊れてもいいと思っていた。
私たちは荒野を走った。
ぽつんと建った木製の家の窓から、マスターが椅子に腰掛けているのが見えた。
1キロ先からでも分かる。
あれはいつものように窓辺の椅子に座って、マスターが自分で挽いたコーヒーを飲みながら読書をしている時の姿だ。
もうすぐ会える。
みな我先にとドアに向かった。
クリスマスツリーの下にあるプレゼントに群がる子どもたちのように、私たちはマスターのいる部屋にもみくちゃになりながら入った。
実際手足の関節が外れてあらぬ方向に曲がっているものもいた。
「マスター!」
私が目にしたのは、マスターが椅子に座っている姿だった。寝ているようにこっくりと俯いている。
そして耳にしたのは、マスターの「おかえり」という声ではなく、
「マスター?」
ひゅう、という開いた窓から吹き抜ける風の音だった。
マスターは死んでいた。
寝ているように死んでいた。
腹から血を流して、今にも起きそうな微笑みをたたえて。
テーブルの上には、使われた形跡のない拳銃があった。
「マスター?」
何度声を掛けても、マスターは起きなかった。
死んでいるのだから当然だ。
部屋には争った形跡はなかったが、見慣れない革靴の跡がいくつかあった。
私たちは、行き場を失ってしまった。
戦いが終わった今、マスターの命令なくして私たちは使命を果たせない。
数日が経つと、充電のなくなったものからぽつり、ぽつりと動きを止めていった。
私は充電の仕方を知っていたから、こっそりと生き長らえていた。
マスターのそばを離れたくなかった。
そろそろ蛆虫のわき出す彼のそばには、充電のなくなった数体の仲間が寄り添っていた。
残り数体の仲間たちの寿命もそろそろ終わる。
残された私が片を付けなければいけないだろう。
何かあった時は。マスターからもそう言われていたのだ。
「ひとりでも生きていけるね」
マスターが言った言葉。
あれはどういう意味で言ったのだろう。
またどこかの部屋で充電を求める音がする。
今日で二回目。これで最後だろう。
最後の一体が動かなくなったのを見て、私は家に爆薬を仕掛けた。
離れた場所でスイッチを押した。
マスターと仲間たちは荒野の隅で火薬と炎に包まれた。
これで私の仕事はあとひとつで終わりだ。
街に行き、家政人として自分を売り込んだあと記憶データを消す。
マスターの精巧な造りのおかげで、仕事先はすぐに決まった。
恰幅のいい紳士と身長の高い青年の元に勤めることとなった。私が勤めるのに相応しい金持ちそうな屋敷だ。マスターが昔言っていた通りの新しい主人。
家政人だというのにわざわざ部屋を与えてくれた新しい主人は、記憶データを消す耳の裏のスイッチを押すとにっこりと笑った。
「明日からよろしくね」
私は新しい主人に嘘をついた。
私はまだ、マスターのことを覚えている。
記憶データを消すには、両の耳裏のスイッチを同時に押さなければいけない。
「ごめんなさい」
人知れず私は呟いた。
明日からまっさらな家政人アンドロイドとして、演技をしていかなければいけない。
私はマスターの最後の微笑みを無くすのが嫌で、記憶データが消せなかった。
5/9『忘れられない、いつまでも。』
一年前。
よく晴れたあの日は、君を失った日だった。
寒くないのに凍えそうな空気に紅葉が赤く染まって。
君が泣きながらヒールを鳴らして去っていく。
怒っているような足取りに揺れる髪は、僕が好きなさらさらのロングヘア。
艷やかな黒髪は太陽の光を反射して輝いていた。
「なんでって言われてもねぇ」
ぼやく僕を振り返ることなく、彼女は街路樹に囲まれた道路を進んでいく。
今日で見納めだと分かっていたのなら、もっと触らせてもらえば良かったかもしれない。
そうだ、一週間前に部屋に泊まった時、もっと堪能しておくんだった。
ひりひりと痛みだした頬と心が、じわじわときみを失ったことを分からせる。
でも後悔はしていない。
僕は好きに生きたいんだ。
誰にも嘘はつきたくないんだ。
浮気した僕の頬に赤く手形がついていた。
5/8『一年前』
風邪でもないのに熱があった気がした。
競争したあとでもないのにドキドキする。
となりのお兄ちゃんに、初めておばあちゃんちに一人で行ったことを報告した日。
「そっかぁ。よくがんばったね」
と頭をなでてくれたあの日。
あの日私は恋をした。
たぶん、あれが初めての恋だ。
まだ何も知らない、やわやわの初恋。
5/7『初恋の日』
『明日世界が終わるなら』
幾度考えたことだろう。
明日、俺たちの世界が終わるなら。
それはこの世に平和が訪れたということ。
俺たちが戦わなくて済むということ。
けれどそれはすなわち――。
「今までよく頑張ってくれました。では、解散の儀式を行います」
俺たちの世界が、主との毎日が終わるということ。
俺たちは――俺は、主がいない世界なんて、考えられるのだろうか。
主がいない世界なんて、耐えられるのだろうか。
5/6『明日世界が終わるなら……』
君と出逢ってから、明日が来るのが怖くなくなったんだ。
太陽が昇ることに背を向けて、布団のなかで丸まってたあの頃が嘘みたいだ。
「太陽が眩しいなら、私が遮る雲になってあげる」
普通は「きみの太陽になってあげる」とかじゃないのかなぁ、なんて思ったけれど、その少し後ろ向きな前向きさが僕に勇気をくれたんだ。
光なんてまぶしいものじゃない。
僕が布団から出るための勇気をくれたひとつの灯。
手を差し伸べるわけでもない。
くぐもった声が聞こえた優しい灯。
毎日じゃない。少し日を空けて。僕が外を嫌がらないように。少しずつ、少しずつ。
そうして見た君の顔は、天女のようだった。
5/5『君と出逢って、』